第12話

 メアリたちが出て行った後、ぼんやりと吉見を見ながら物思いにふける。


「吉見、か」

 最初に来るのはもちろん、アイツの態度だ。ハッキリとわかるのは、吉見がオレがここに居るってことを窮屈に思っているってこと。茶髪に無理強いされる形で受け入れたものの、全然納得してないってのが伝わってきていた。


「イヤならイヤって言えばいいのにな……」

 でもそんな風に言える性格ではないのだろう。友達が本気で自分を心配してくれているがわかるからこそ提案を無碍にすることはできないってやつ。心情的にはわかるけど、正直気持ち悪いって思っちまうのは、きっとオレの性格が捻じ曲がっちまってるからだろう。そんなことを考えた瞬間、ゾクっと背中を這いずる嫌な感覚がした。

「……」

 視線だけ動かす。態度には出さない。これは鉄則みたいなもん。こっちを観ている誰かに変につけあがらせないための所作みたいなもんだ。

 しかしやはりと言うべきか、おかしな動きをしているやつは見受けられない。少し気を張っているせいかもしれないかとため息をついた。

「あの教授……確か……」

 不意に視界の隅に見知った顔が過ぎて行った。ボソボソ喋るあの教授、正確には准教授らしい。あんなヤツでもこんな時間に騒がしい場所に出歩くんだなと思った瞬間、オレの視界に影がかかった。


「やぁ、コウジロウ。しばらくぶり!」

「……」

「何さ。無視するなんて酷いよ、コウジロウ」

「ホント、よく声かけて来れんよなお前は」

「僕らの仲じゃないか。そんな怖い顔するなって」

 ケラケラ笑いながら男が一人、オレの前に腰掛ける。

 彫の深い顔、琥珀色の瞳、小麦色に焼けて、よく鍛え上げられたしなやかな身体は、この国の人では生み出せない神秘的な感覚を覚える。事実、周囲にいた誰もがそいつをうっとりと見つめている。そんなのが優しく笑おうもんなら誰もがイチコロだろう。実際オレもそうだった。


「……何しにきたんだよ、ケイ?」

 ケイ。コイツの名前。多分あだ名みたいなもんだ。オレもコイツのちゃんとした名前を知らない。

「つれないねぇ、君は。少し前はすごく素直な男の子だったのに、すっかり擦れちゃって」

 ケイはクスクスと笑いながらご機嫌に続ける。余計なお世話だと言わんばかりに顔を背けて、ケッと息を吐く。


 そもそも『こうなった原因』を作ったやつに言われたくはない。まあ今は関係のない話だけど。


「また厄介ごとを抱え込んだみたいだね」

「別に」

「なるほど。何言っても無駄かな?」

「わかんだろ?」

 そう。どんだけ擦れようが粗暴になろうが、投げやりになっちまおうが、オレの根っこは変わらない。それに気付いたのも、コイツが引き起こした『あの件』があったから。


 オレは背けていたままの顔をケイに向け、ジロッと睨んでやる。でもさ、分かってるんだよね。こんな時、ケイがどんな風に返してくるかなんて。


 浮かべていたのはうっとりするような、ホント誰もが見惚れて、虜になっちまうような笑みを浮かべるケイ。


「あぁ、本当に君は面白いね」

「は?」

「あぁ、本当に面白い。『面倒だ』『やってられない』って言いながら、同じ口で『困ってるなら話してみろ』なんて言うんだろう? 無関心なふりして、知らないなんて強がりを言いながら、必死になって他人のために動くんだ。普通の人なら見て見ぬふりをするようなことでもわざわざ首を突っ込んでいく。いやぁ本当にお人好しを絵に描いたような奴だよ」

「……」

 何も言い返せない。頭の隅にある自分でも理解していなかった気持ちを言葉にされているようなむず痒さを覚えつつ、オレはケイを変わらず睨みつけていた。


 ホント気に食わない。あぁ、ホントにその感情しか浮かばない……いや、思わないようにしないとオレがオレじゃなくなってしまう。コイツは天然のたらしなんだ。だから心を開こうもんなら暇つぶしの道具にされる。前のオレがそうだったように。でもケイ自身もオレが拒絶するって分かってるんだろう。こうやって毒を吐き、そしてケイはまるで愛の言葉を呟くように、オレに顔を寄せて続ける。


「愛おしくて、反吐がでるよ」

 言葉が違えばすっかり騙されてるかもな。実際隣にいるマダムはもう惚れ惚れしながらケイを観ている。

 不思議の気持ちは凪いでいた。カッとなってもおかしくないかもって状況。

「言ってろよ。カンケーないね」

 そう言って顔を背けるオレにやっぱりケイはひどく色っぽい表情を浮かべながらこう返す。

「あぁ、そうだね。別に僕たちは友達ってわけんじゃないんだ」

 そしてたち立ち上がって立ち去って行こうとするケイ。名残惜しそうに周囲の人がヤツの背中を目で追っている。ホント、どんな風に立ち振る舞っても易々と敵を作らないヤツだ。


「あぁ。一つだけ、アドバイスしておいてあげるよ」

 そう言ってケイが振り返る。

「暗いところには気をつけなね」

 仕草は色っぽいのになんて物騒な言葉なんだろう。正直予想してなかった言葉だけについついぼんやりとしてしまった。


「お待たせ、しました……」

 呆然としていたオレに、オドオドとした声が降ってくる。視線だけを上げて声の方を見るとバイトを終えて、着替えてきた吉見がそこに立っていた。

 周囲にいる人からの視線が痛い。ケイに続いてまあ美形にカテゴライズされる女子が声をかけてきているんだ、やっかみを受けても仕方ないけど、気持ちの良いもんじゃないな。

 ザッとわざと大きな音を立てて立ち上がり、店の外に向きながら吉見にこう言う。

「あぁ、全然待ってねぇよ……帰るかい? どっか寄るところとかは?」

「ない、です……」

「じゃぁ行くか」

 ひどく居心地の悪くなったファストフード店をそそくさと出て行く。


 とばっちりばっかりだよ、今回は。

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カミガハラ R&G 桃kan @momokwan

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