第11話

 うちらの大学は山を切り開いた途中にある。なんでも世間様の間では『最も美しい景観をもつ学校』だなんて言われているそうな。そんな風に言われているもんだから、景観を損なうものだとかそういうのは忌み嫌われて、俗っぽいモノはなく、住宅以外の建物はなかったりする。何をするにも、少し大きなモールとかは少し離れたターミナル駅まで行かない。買い物だとか、バイトだとか、そう言ったことをするためには結構な移動になるわけだ。面倒な話だけど。


 例に漏れず、吉見もモールの中にあるファストフード店でバイトをしていた。レジに立ってぎごちないながらも接客をこなす姿は、見るヤツが見れば惚れ惚れするんだろう。実際、チャラいヤツがしつこく吉見に話しかけて、支払い以外の何かを渡しているのを見たのも一度や二度じゃない。


「吉見ってかなりモテるの?」

「あ、気になっちゃいますぅ? 気になりますよねぇ?」

 二ヒヒと笑う茶髪の馴れ馴れしさに辟易しつつ、どうなの? と、問いかける。なぜか視線を合わせるとパッと逸らしてくるあたり、オレは相当怖がられてるんだろうか。まあいつもの事だし別にいいけど。


「春は結構……いえ、かなりモテますね。結構男子から繋いでくれって頼まれる事多いですもん」

「そうなの。オレはあんまりだけどね。それよりはオマ……まぁいいや」

 返ってきたのは予想通りの答え。まあああいうのが好きなヤツらは多いだろう。そんなのだったからスルッと本音が漏れそうになったけど、途中でやめたから大丈夫だ。チラッとボブとトムに目をやり、そうだろって首を傾げたけれど、二人とも何故か呆れ顔。誤魔化せてないぞって、暗に言われてるみたいだ。


「なるほどね。でも誰ともそーゆー関係にはなってないと」

「ねー。ホント勿体ないですよ。でも……」

「あ?」

「でも、春がちゃんと幸せだーって思わせてくれる人とお付き合いできるのが一番です」

 そう口にして、恥ずかしそうに頭を掻く茶髪。やっぱコイツ良いヤツだなと内心ほくそ笑む。茶髪の隣にいるメアリだって、愛おしそうにやつの頭を撫でてるんだから、この考えは間違ってないだろう。


 ひどく穏やかな気持ちだった。

 騒がしいのは好きじゃない。荒くてギザギザした雰囲気に悩まされることの多かったあの時のことがあるから、できる限り一人でいるようにすることが多かったから。でも匠や本井、メアリたちほなんだかんだでオレのことを気にかけてくれたり、バカな話を持ってきてくれたりする。騒がしいけど、でも嫌な気持ちにはならないんだ。


「こういうのも、たまには良いかもな」

 ワイワイとする空間に、誰にも聞こえない小さな声で呟く。ホント、たまには良いだろう?


「コージロー先輩って、普段は何してるんですか?」

 店の席を占有して一時間と少し。茶髪がオレに尋ねてきた。まあベタな話題って言えばベタだ。

 でもね、オレはそう尋ねられた時、答えるのは一つだけなんだ。

「何もしてないをしている……とか言ったらぶっ飛ばすわよ?」

 ビシリとメアリが楔を打ってくる。コイツにだって何度もされた話題なんだ。そう返されるのもしょうがない。でもニヤニヤするのは正直言っていただけない。

「おい、メアリ……横の双子がめっちゃ嬉しそうにこっち見るからそういうのはやめろって」

 この姉弟はやっぱりよく似てるんだなと内心思う。揶揄ってるようにも見られるけど、コイツらなりに気を遣ってくれているんだから笑って誤魔化そうと、ニヤッと口元を吊り上げて水の入ったカップを呷った。


 でも今日はちょっとボタンをかけ間違ったのか、ムッとしながらメアリが続ける。

「アナタ……あの件からこっち、ずっとブッソウな事ばっかり——」

 あぁ、分かるよ。本気で心配してくれてる表情、声色、視線。全部ちゃんと伝わってくる。


「……あのさ」

 でもダメだ。

「すまんけどさ、まだあの話の事は出さねーでくれねない?」


 まるで口から雹が飛び出たみたい。一瞬で周囲を凍てつかせ、そして傷つける。でも口にした自分も同じように傷ついて、どうしようもない。

 自分でだってまだあの、オレの何もかもを変えちゃったあの事件の事を消化できていないのだ。でも誰かに促されて飲み込んで良いもんじゃないって、そう思っている。ホント、気にかけてくれているメアリには申し訳なかったけど。


「……ゴメンね」

 またこんな風に謝らせた。双子だって頼りなく視線を泳がせている。オレも居た堪れなくて、もう空っぽになっているコップを飲んだフリするようにグイッと呷って見せていた。


 ダメだ。こんな風にするつもりじゃなかったのに。嫌な空気がオレたちの間に流れた時、茶髪が必死に場を取り繕おうと声をあげたんだ。

「ま、まあ気を——あぁ! もうこんな時間! すいません、コージロー先輩。私もバイト行かなきゃ!」


 正直、めちゃくちゃ助けられた気分だ。申し訳なさそうに冗談ぽく笑うなんてのは、オレにはきっとできない。羨ましさを感じつつ、オレはあぁ、そうかいと、感情を表に出さずに返してこう続けた。


「あぁ、吉見はオレが見とくから心配すんな。んじゃメアリ、そっちは頼んだぞ」

「……」

 なんだよ、その顔は。ボンヤリ顔も整っているのをムカつくが、返事されないのはもっとムカつくもんだ。

 ジロッとメアリを見据え一言。

「んだよ、ビックリした顔しやがって」

 すると満面の笑みを浮かべて、メアリが言う。

「コージローあなた、ちゃんと人に頼み事できるようになったのねぇ」

「おい双子! お前らも親戚のおっちゃんみたいな顔してんな!」

「オーライ」

「ワカッタ。マタナコージロ」

「ん〜二人ともズイブンモノオジセズに話せるようになったねぇ」

 もうなんだよ、このノリ。ってか今までの寡黙キャラどこいったよ双子!

「メアリ、早く行けって。悪目立ちしてんだろ? お前も早く行かないとバイトに遅刻すんぞ?」

 そう手を振って、出発するように促すオレ。

「じゃぁコージロー先輩、また明日ね!」


 そう言って四人は足早に店を出て行った。仲良さそうに去っていく後ろ姿に、オレの口からはこんな言葉がこぼれた。


「何がまた明日だよ……」


 自分でも分かる。これは強がりだって。

 でもさ、茶髪の言葉がひどく嬉しかったって言うのは……まあ言わなくてもいいか。

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