第7話 彼女の戦場は空に在りて


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 カルニア州都プルーメントを発って丸一日。峡谷の合間を縫って進む列車の速度は一向に上がらず、壮大だが大味な景色にも早々に飽きてしまう。暇を持て余して寝台車から展望車に来てみたものの、併設されたショップで買ったコーヒーを飲み終えれば、後はユベールと会話する以外にすることもない。

「もっとまっすぐ線路を引けば、速度も出るのでは?」

 問いかけられたユベールが苦笑する。

「お前さんの国とは事情が違うんだ。比べてやるなよ」

 ユベールが言っているのはルーシャの鉄道のことだ。草木も生えない永久凍土がどこまでも続くルーシャでは、線路は目的地へ向けて直線で引かれる。

「峡谷を迂回するか、トンネルを掘れないのか?」

「迂回するとなると、軽く一千キロは延伸する羽目になるからな。トンネルも当時の技術では難しかった。何しろ、この線路が開通したのは六十年前だ。ダイナマイトも発明されたばかりで、扱いを誤って大勢が死んだそうだ」

「この線路は、そこまでして引く価値があったのか?」

「あった。この鉄道がもたらす大量の物資は、幌馬車以外にまともな交通手段がなかった東部開拓を加速させる最初のきっかけになったからな。とは言え、工事のやり方に問題がなかったわけじゃない。むしろ問題だらけだったと言っていい」

「工事の問題とは?」

「鉄道の権益を鉄道会社が独占しないよう、二つの会社に敷設距離を争わせたんだ。西端のプルーメントからユニオン鉄道、東端のイスタントからセントラル鉄道がそれぞれ内陸部を目指した。六十年前の一月一日、真冬のアルメアでのことだ」

「真冬に? アルメアの冬はそんなに暖かいのか?」

 長大な線路は気温差による伸び縮みの影響を受けやすい。資材の運搬、氷雪の除去、氷点下の金属に生身で触れる危険性。あえて冬に起工するメリットはどこにもない。フェルの疑問を肯定するように、ユベールも肩をすくめる。

「アルメアでも雪は降るさ。それでも工事が強行されたのは、敷設した距離をそのまま各鉄道会社の持ち分とする取り決めと、当時はアルメアに限らず移民の命が軽視されていたのが原因だ。実作業を受け持ったエウロパ系やシャイア系の移民たちは、相次ぐ事故と寒さでバタバタ倒れていったらしい」

「……酷い話だ」

 ルーシャでは重罪人や政治犯、戦争捕虜に鉄道の敷設を労役として課していた。元老院の提言を受け、フェル自身がその許可を出したのだ。当時はそこまで気が回らなかったが、彼らの人権が尊重されていたとは思えない。粗末な食事と過酷な労働で命を落とした者も多かったはずだ。彼らの死はフェルの責任だった。

 唇を噛むフェルの様子を知ってか知らずか、ユベールが続ける。

「過酷な労働に加えて、生活圏を脅かされた先住民族による襲撃もあったそうだ。我慢強い移民労働者も、これには流石に音を上げた。事故で死ぬならともかく、毒矢で苦しみ、手斧で頭をかち割られるんじゃたまらないってわけだ」

 モルハ国立公園でアーロンやサンディから聞いた先住民族と植民者の確執が、ここでも顔を出す。加えて、植民者の中でも一定の地盤を確保した者と、後発ゆえに危険で過酷な仕事を選ばざるを得ない者とに分かたれ、分断はさらに深まる。植民地時代のアルメアは、現在の隆盛からは考えられないほど苦難と血に塗れていた。

「それでも工事を続けたのか?」

「止めていたら、俺たちはここにいないだろうな。工事現場には鉄道会社が雇った狙撃手が配置され、銃声が響き渡る中で工事は続けられたらしい」

 出発駅で手に入れたパンフレットに目を落とす。アルメアを表す輪郭線に、路線を表す線がいくつも走っている。二人が乗る列車が進む線路も見つかった。曲がりくねった線のそれぞれに、今は語られざる歴史が秘められているのだろう。

「じきに昼飯時だ。席が埋まる前に食堂車に行くか」

 取り留めのない思考は、ユベールの声で断ち切られた。



 パンとバター、ステーキとフライドポテト。決して味は悪くないのだが、アルメアに来て以来、もう何度目か分からないメニューにフォークを持つ手が止まる。

「どうかしたか?」

「……いや、大丈夫だ」

「ペトレールのことで悩んでいるのか?」

「それもあるが……」

 先の仕事では、フェルの判断が原因でペトレールの喪失を招いてしまった。航空図を見る必要も、風と天気に気を配る必要もなく、手持ち無沙汰なまま列車に揺られてユベールと向き合っていると、嫌でもそのことを思い出さざるを得ない。

 飛行機の建造にいくらかかるかは見当もつかないが、専用機として改修を施したペトレールには相応の資金がかけられていたことだろう。この先、フェルがどれだけ働けば弁償できるのか、あるいは弁償しきれない額なのかも分からない。

「俺も色々考えてるが、どんな機体にしたいか、どういう装備が欲しいか、フェルも考えておけよ。次はお前の能力をより活かせる機体にしたいからな」

「え?」

 ペトレールを壊した責任についての話かと身構えていたところに、新造する機体の話を振られて戸惑う。そんなフェルを見て、ユベールが怪訝そうな顔をする。

「どうした。乗り換えの予定が数年早まったから、今まで以上に稼ぐ必要があるんだ。フェルの能力には期待しているんだから、しっかりしてくれよ」

「でも、わたしのせいでペトレールは……」

「ああ、ペトレールを壊したことに責任を感じているのか? あれは、お前の能力をどこかで過信していた俺の責任だ。お前の気が回らないところをカバーするのが俺の役目だって分かっていたのにな。そういう意味では、謝罪するのは俺の方だ」

 迷惑をかける、と頭を下げるユベールの姿に、視界が滲む。

「ユベール、わたしは、どうやって償えばいいかと……」

「……フェル、お前、泣いてるのか?」

 鼻をすすり上げる。流れ落ちる涙はもう止まらなかった。顔を伏せると、頬を伝った温かい水滴が膝に落ちて、スカートに染みを作る。

「あー、すまん、悪かったよ。お前さんがそこまで気に病んでいるとは思わなかった。そうだよな、機体の喪失なんて初めてだもんな……」

 困惑と動揺を隠せない様子のユベールが続ける。

「けどな、フェル。寿命にしろ事故にしろ、飛行機が機械である以上、いつかは壊れるもんだ。遅かれ早かれ、この仕事を続けるならこういう日は来ていたさ」

「でも、ペトレールはまだ飛べたのに……」

 フェルの判断ミス、見通しの甘さが機体の喪失を招いたのは動かしようのない事実だった。自分よりも付き合いが長く、機体に対する思い入れもあっただろうユベールに慰められている情けなさもあって、視界が滲む。

「なあ、フェル」

 ユベールは落ち着いた口調で話題を変える。

「飛行機の初飛行から今日まで、何年の歴史があるか知ってるか?」

 声を出すと涙声になりそうだった。黙って首を振る。

「三十五年。このアルメアで最初の動力飛行が行われてから、まだ三十五年しか経っていないんだ。それから今日まで、航空機は目覚ましい発展を遂げてきた。数十メートル飛ぶのがやっとだった飛行機が、今では大陸間を無着陸で飛べるんだ」

 この場では関係ない話題のように思えたが、ユベールがフェルのために喋っていることは伝わってきた。ハンカチで涙を拭って、顔を上げる。

「だから?」

「ペトレールの初飛行から五年。技術の粋を尽くした世界最高の飛行機がありふれた飛行機になるには十分な時間が経った。実際、大きな航空会社は機材の更新時期を迎え、より高性能な航空機を投入してきている。俺たちみたいな零細がいい仕事を取ってくるには、さらに高性能な飛行機を使うしかない」

「だが、資金はあるのか?」

「安心しろ。いくらか時期が早まったとは言え、積み立ててきた金がある。保険金が下りればそれも足しにできるし、足りない分は融資を受ければいい」

 ユベールの口にした言葉の中に、聞き捨てならない単語があった気がした。

「保険金?」

「ん? ああ、航空保険だよ。事故や戦争で、機体もしくは貨物に損害を受けた場合、一定の割合が補償されるんだ。これがないと、うちみたいな零細会社は大きな事故を起こしたら一発で破産だからな。こっちの書類と証拠の写真は揃えて、アーロンに預けてある。調査機材の被害額をまとめてから一緒に投函してもらうよう頼んだから、保険会社の査定を受けた後に被害額の大半は戻ってくるはずだ」

 平然と話すユベールに、無性に腹が立った。

「フェル? なんで隣に……って痛いな、おい、どうしたいきなり」

 向かいの席に座っていたユベールの隣に移動し、その肩に拳をぶつける。

「どうしてそんなに重要なことを黙っていたんだ」

 声音に含まれた怒気に、ユベールも気付いたらしい。

「書類を揃えたのは湖上塔から戻った直後で、その時お前さんは衰弱して寝こんでたんだよ。言われてみれば、その後も何かと忙しくて、つい話すのを忘れていたな。なんだ、資金のことを心配していたのか。そりゃ悪かったよ。そう怒るなって」

 どうも温度差があると思ったら、そういうことだったらしい。責任を取ってパートナーを解消することまで覚悟していたのが、急に馬鹿らしくなってきた。

「ユベールは、いつもそうだ」

「拗ねるなよ。保険が下りるって言ったって、海千山千の保険屋どもは書類や写真にちょっとでも不備があれば難癖を付けて、保険金を減らそうとしやがる。実際に振りこまれるまで、変に期待させない方がいいと思ったんだよ」

「その理由、いま考えただろう?」

 下から睨み上げると、ユベールがすっと視線をそらす。

「……お前さん、だんだん手強くなってきたな。ともかく、新造機についての計画や情報は今後できるだけ共有する。それで手打ちにしてくれよ」

「了解した。わたしも考えてみよう」

 新造機の計画。飛行機について知識の浅いフェルに求められているのは、持ち場である航法士の業務に関わる装備と、魔法に関する意見だろう。

 おそらく、魔法の力を飛行機の設計に盛りこんだ例は過去にない。参考にできるものはなく、全ては自分の発想次第だと思うと責任重大だった。完成後に追加で取り付けられる装備ならよいが、アイデアによっては機体設計の段階で盛りこまねばならない。魔力の観測に加え、魔法を業務に役立てる方法について考えを巡らせる。

「ユベール、聞いていいか?」

 ログブックにアイデアを書き留めていると、いつか尋ねようと思っていたことがふっと頭をかすめた。いい機会なので、思い切って口にしてみる。

「わたしがペトレールに乗る前、後席に座っていたのはどんな人なんだ?」

「うん? そこにいるのはユベールじゃないか」

 通路からの声に振り返る。フェルの頭越しにユベールに声をかけたのは、旅慣れた様子の小柄な女性だった。彼女は歯を見せて笑うと、親しげに話しかけてくる。

「子供連れで旅行かい? まさかぼくと結婚中に作った子供じゃないだろうね」

 快活で中性的な印象を漂わせる彼女は、そう口にするのだった。


2


「冗談はよせよ、ヴィヴィ。それにしても、こんな場所で会うとは思わなかったぞ。列車の旅なんて、似合わないことをしてるな」

 きつい冗談をあっさりと受け流すユベールに、ヴィヴィと呼ばれた女性が肩をすくめる。遠慮のない言葉は、二人の付き合いが深いものであることを伺わせた。

「ぼくは仕事中だよ。そういうユベールこそ、列車になんて乗ってどうしたんだよ。ペトレールはオーバーホールでもしてるのかい?」

 ごく自然に向かいの席に陣取るヴィヴィに対して、ユベールが頭を下げる。

「お前に隠しても仕方ないな。すまん、ペトレールは壊しちまった」

「……ふうん、そっか。壊れたんだ」

 淡々とした語調に惜別を滲ませ、ヴィヴィが言う。

『ユベール、彼女は誰なのですか?』

 二人の間に漂う親密な空気に、思わずルーシャ語で尋ねてしまった。そんなフェルに怪訝そうな顔をするユベールが答える前に、ヴィヴィが言う。

「ぼくはヴィヴィエーヌ・ヴェルヌ。ユベールの元相棒だよ」

 ヴェルヌ。そして元相棒。衝撃的な単語に思わず振り向いてしまった後で、その挙動で自分が共通語を理解していること、その上でルーシャ語を口にしたことが相手にも知られてしまったと察するも、後の祭りだった。

 共通語が使えるのに、あえてこの場面でルーシャ語を使う意図などいくつもない。フェルが、ユベールにだけ聞かせるつもりでルーシャ語を口にしたことは、ヴィヴィにも伝わってしまっただろう。羞恥に顔が熱くなり、思わず顔を伏せる。

「あー、ユベール? ぼくは何か失礼なことを言ってしまったかな」

「いや、いきなり話しかけられて驚いただけだろう。フェル、お前どうかしたのか?こいつはヴィヴィ。昔、俺と組んで仕事していた腕利きの飛行機乗りだよ。そうそう、俺の下手くそなルーシャ語はこいつに習ったんだ」

 脳天気な発言をするユベールに少しだけ腹が立った。

『わたしの名はフェル……フェルリーヤ・ヴェールニェーバと申します。航法士として、彼の相棒を務めております。ごきげんよう、ヴィヴィエーヌさん』

 最初にルーシャ語を口にした手前、退くに退けなくなってしまった。そのままルーシャ語で続けてしまい、自分の器の小ささに自己嫌悪へと陥る。一方のヴィヴィはそれを気にした風もなく、屈託のない笑顔を浮かべて言う。

「ヴィヴィって呼んでよ、フェルリーヤ」

『では、わたしのこともフェル、と』

「君と知り合えて嬉しいよ。よろしく、フェル」

 差し出された手や言葉から隔意や悪意は感じられず、彼女は純粋な親愛の情から握手を求めているのだと伝わってきた。これ以上は意地を張っても恥の上塗りになるだけだと悟って、深呼吸をひとつしてから共通語に切り替える。

「わたしもだ。よろしく、ヴィヴィ」



 自然な流れで向かいの席に腰を落ち着けたヴィヴィに頼まれ、ペトレールを失うに至った顛末をユベールが語った。もちろん、魔法については伏せる。幸い、ヴィヴィの興味はもっぱらペトレールへと向かい、深く追求されることはなかった。

「そっか。引き揚げてレストアも難しいとなると、諦めるしかないね。で、次はどんな飛行機にするの? よかったら計画を聞かせてよ」

「時間も惜しいし、艇体の基本設計はそのままでいくつもりだが、エンジンは今のまま単発でいくか、双発にするか悩んでる。ヴィヴィはどう思う?」

「ペトレールのストームⅥエンジンが九百馬力だったよね。エンジンの小型化も進んでるけど、これより大馬力のエンジンを積もうとすると流石に径が厳しいんじゃないかな。トルクもきつくなるから、今以上に離水が難しくなるよ」

「となると、双発か。手頃なエンジンが見つかるといいけどな」

「それなら……おっと、これは言っちゃダメだった」

「開発中の新型エンジンでもあるのか? 心配しなくても、信頼性と燃費を度外視したレース用エンジンなんて頼まれても積まないさ」

 息の合ったやり取りに、口を挟む隙がなかった。ペトレールが墜ちたと聞いて、すぐに次の機体へと話題が移るのを見ても、ヴィヴィがユベールと同じ飛行機乗りという人種であることは明らかだった。そのことに、少し寂しさを覚える。

「レースと言えば、オフシーズンとはいえこんなところで油売ってていいのか?」

「それそれ。あの設計屋ども、試験機で無茶な操縦するなとか、感覚的な表現じゃなくて具体的に説明しろとか、うるさいったらないんだよ。挙句の果てに、お前はテスパイに向いてないから、最終調整の段階まで帰ってくるなって」

「テスパイ?」

 耳慣れない言葉に疑問の声を上げると、ユベールが答えてくれる。

「テストパイロット。試作機で各種テストを行って不具合を洗い出す、命知らずの飛行機乗りだよ。ヴィヴィみたいなレーサーを兼ねてる場合も多いな」

「レースということは、スピードを競うのか?」

 今度はヴィヴィが答えてくれた。

「レースによるね。単純に最高速度を競うレースもあるし、航続距離で勝負したり、射撃の正確さも評価に加えたり。ぼくの参加するシュナイデル・トロフィーは水上機限定の国際大会で、三百キロを飛んで平均時速を競うんだ」

「ヴィヴィはアルメア代表なのか?」

 フェルの問いに、ヴィヴィが軽く首を振る。

「アルメアっていうか、航空機メーカの代表だね。世界最速の水上機を決めるために、国同士はもちろん、国内のメーカ同士も火花を散らすんだよ」

「近年は陸上機に対する水上機の優位性が揺らぎ、開発費も高騰したことで参加メーカは徐々に絞られて、実質的に国同士の代理戦争の様相を帯びていたけどな」

 余りにシンプルなヴィヴィの説明に、ユベールが補足を入れる。

「そもそも、今年は開催できるのか? 参加できる余力のある国なんて、最初から不参加のシャイアを除けば、アルメアくらいだぞ」

「そこなんだよね。開催費が集まるかも怪しいって噂になってる。どう、ユベールもスポンサーになってみない? カーライト社の機体に社名が載るよ」

「冗談だろ。そんな金があるなら自分の機体に注ぎこむさ」

「だよね。ぼくだってそうする」

 会話が一区切りついたところで、元の話題に戻る。

「で、ぼくがここにいる理由なんだけど、一言で表せば工場の視察だね」

「工場って、カーライト社のか?」

「ううん、アディントン・エアクラフトのイスタント工場だよ。社長さんに請われて、一時的に出向してるんだ。ぼくのファンなんだって」

 イスタントの地名はパンフレットで見覚えがあった。大陸横断鉄道の東端、この列車が目指す終着駅の名前で、北央海に面する都市だ。

「イスタント工場ではローカストを生産してるんだけど、エングランドやケルティシュに送るために、まず西部の港まで持っていく必要があるわけ。けど陸送なんてしてたら需要に追いつかない。だから一機ずつ飛ばして、西部の輸出港まで運んでるんだけど、そうするとパイロットたちの帰りの足がなくなるだろう? 列車で戻るんじゃ間に合わないから、ぼくが輸送機でまとめて送り返してるんだ」

「それが工場の視察とどう繋がるんだ?」

「まあ聞きなよ。三日前、いつも通りローカストの編隊が飛んでくるのをぼくは待ってたんだ。ところが、いつまで経っても姿を現さない。まさか悪天候に見舞われて全機墜落したかと思って工場に連絡を入れたら、ちょっとしたトラブルで出荷が遅れているという。それだけならさして珍しい話でもないけど、それから三日経ってなお一機のローカストも送られてこないんだ。兵站部の中尉は大激怒だよ」

「工場はなんて言ってるんだ」

「機材のトラブルで出荷が遅れる、の一点張りさ。再開の見通しを聞いてもはぐらかされちゃうし、これはもう直接乗りこんで状況を確認するしかないだろう」

「ふうん……大変だな。ま、がんばれよ」

 冷めたコーヒーをすすって、ユベールが言う。

「なんだよ、他人事みたいに。もうちょっと親身になってくれてもいいだろう」

「実際、他人事だからな」

 ユベールがそう言った瞬間、列車が制動をかける。どこかの駅に着いたらしい。機嫌を損ねて頬を膨らませていたヴィヴィは、急に笑みを浮かべて席を立った。

「給水みたいだね。ぼくはちょっと席を外すよ」

 しばらくして列車が動き出すと、戻ってきたヴィヴィが言い放った。

「どうせ暇なんだろ? 君たち二人を臨時雇いにしたから、よろしくね」


3


 ヴィヴィの言い分はこうだった。

「どうも工場でトラブルが起きてるのを隠してるっぽいから、飛行機じゃなくて列車と徒歩で不意打ちしようと思ってたんだけど、よく考えたら、ぼくは工場の人間に面が割れてるんだよね。君たちに会えたのは渡りに船だったよ。飛行機を操縦できるならすぐに雇ってもらえるはずだから、内部を偵察してきてくれないかな」

 聞けば、給水で停車した隙に電話でアディントン・エアクラフトの社長と話を付け、二人を雇う許可を取り付けたらしい。傍若無人、電光石火の振る舞いだった。

「昔から直感で生きてるからな、あいつは」

「よかったのか?」

 目的地のイスタントに着き、すでにヴィヴィとは別行動を取っている。フェルが投げた曖昧な質問に、ユベールが答える。

「この仕事を請けたことか? まあ、長くても数日のロスだからな」

「それもあるが、ユベールはヴィヴィと結婚していたんだろう?」

「気まずくないのかって? とは言っても、あいつはああいうやつだしな」

 確かに、ヴィヴィは憎めない人物だった。強引に仕事を押し付けられたのに、話している内にいつの間にか納得させられてしまっていた。

「ユベールがいいなら、構わない。ただ、ひとつだけ聞きたい」

 彼女の前では口にできなかった問いだ。

「なぜ、わたしの名前をフェル・ヴェルヌにした?」

 聞かれることを予期していたのだろう。ユベールが気まずそうに目をそらす。

「ちゃんと答えて欲しい」

「あー、その、あの時は名前を考える時間がなかっただろ? ヴェールニェーバとヴェルヌ。響きも似てたし、ふっと思い浮かんだんだよ。だから……」

『だから、昔の女の名前を付けて、その後も訂正しなかったと? 余りにデリカシーに欠ける振る舞いなのではありませんか、ユベール?』

「悪かったよ……けど、訂正しようがないだろう、そんなの」

『それはそれとして、貴方はきちんと謝罪するべきです』

 並んで歩くユベールの横腹に肘を入れて、こちらへ向き直らせる。

「……申し訳ありませんでした」

 頭を下げるユベールを見て、少しだけ溜飲を下げる。

「忘れちゃいないだろうが、お前さんは表向きには行方不明の要人だ。ヴェールニェーバを名乗るのは難しいだろうが、改めて好きに名乗ればいいさ」

 ユベールの言葉にうなずき、それから予め決めていた言葉を口にする。

「では、これからもフェル・ヴェルヌと名乗ることにしよう」

「……自分で選んだ結果がそれなら、好きにすればいいさ」

 満足げに言うフェルを見て、ユベールは変な顔をしつつもそう言うのだった。



 イスタントの街を歩いていると、アディントン・エアクラフトの求人ポスターが目に入った。軽飛行機の操縦経験者を対象としたもので、飛行機を操縦する女性が描かれている。私たちの戦場がここにある、というコピーも添えられていた。

「ヴィヴィの話じゃ、人は足りてるって話だったがな」

「その話だが、アルメアでは飛行機乗りが不足しているのではなかったか?」

「製造した飛行機の輸送や新兵の訓練にも人は要るから、全員が戦場へ向かったわけじゃない。特にローカストは軍用機だし、優先的に人を回されててもおかしくない。本人が戦場で飛ぶことを望んでも、希望通りに行かなかったりもするしな」

「そういうものか」

「ともかく、俺たちは仕事を探してる体で工場に入って状況を確認。ヴィヴィに報告したらそれで終わりだ。原因を突き止めろと言われたわけじゃないから、無理する必要はない。そこから先、どうやって解決するかはあいつの仕事だ」

「了解した」

 タクシーを拾って、行き先を告げる。アディントン・エアクラフトのイスタント工場は郊外にあり、飛行場も併設された中規模の工場だった。門衛に来訪の目的を告げると、そのまま応接室に通される。簡素な作りを派手な調度で取り繕った、ちぐはぐな印象の部屋だった。しばらく待つと、スーツ姿の中年が入ってくる。

「工場長のハイアットだ」

「初めまして。操縦士のユベール=ラ・トゥールです」

「航法士のフェル・ヴェルヌだ」

 ユベールと握手を交わしたハイアットは、フェルにはちらりと視線をよこしただけだった。あからさまに軽んじる態度にむっとするものの、表面には出さない。

「勘違いのないよう最初に言っておくが、こちらが欲しいのは操縦士だけだ。ユベールと言ったか。給料は一人分しか出さないから、そのつもりでいたまえ」

「承知しております」

 高圧的なハイアットに対して、ユベールはにこやかな態度を崩さない。

「パスポートはあるかね? 敵国のスパイや不法移民ではないと証明したまえ」

 差し出しされたパスポートを検めたハイアットが、鼻息を漏らす。

「ユベール。誇りあるアルメア人としての君にひとつ尋ねたいのだが、その飛行技術を祖国のために活かす気はないのかね? 我らが同胞が今この瞬間も血を流す戦場で、国家への忠誠を示したいとは思わないのかという意味だが」

「この国に徴兵制が敷かれたというニュースは耳にしていませんが」

 ハイアットの嫌みを平然と受け流すユベールだが、フェルは思わず彼の横顔を見上げていた。彼がアルメア国籍だというのは初耳だったからだ。

「……まあ、よかろう。人手が足りんのも事実だ。明日から働いてもらう」

 話は終わりだと言いたげに立ち上がったハイアットが、付け加えるように言う。

「経験を考慮して、君には他の者より高い給料を出すよう指示しておく。くれぐれも誘惑や脅迫には屈さず、職務に忠実であることを望む。私からは以上だ」

 それだけ言うと、ハイアットは不機嫌な様子で退室していった。言葉の意図が読み取れず、ユベールと顔を見合わせる。入れ替わりで事務員が入室したため話し合うのは後回しにして、まずは雇用契約を済ませて格納庫まで案内してもらう。

「事務員さん、飛行機の輸送って話は聞いたが、詳細は誰に聞けばいいんだ?」

 ユベールが歩きながら尋ねると、ぼそぼそとした声が返ってくる。

「私はただの事務員なので、なんとも……」

「俺以外のパイロットは仕事中か? 戻ってきたら会いたいんだが」

「さあ、私は知りません」

 まともに話してくれる気はないようだった。格納庫が見えてくると、あれがそうだと指差して早々に踵を返してしまう。仕方がないので二人で歩き出す。

「ユベール、ハイアットの言葉だが」

 事務員が離れるのを待って、ユベールに話しかける。

「誘惑と脅迫か。いくつか可能性は思いつくが、予断は禁物だな」

「それもあるが、ユベールはアルメア人だったのか?」

「国籍はな。生まれはユーシヤだよ」

「ユーシヤ?」

 聞き覚えのない国名だった。

「シャイアに委任統治されている小国だ。聞き覚えがなくて当然だ」

 特に感情のこもらない淡々とした語調に、どう返せばいいのか分からなかった。

「それよりフェル、気付いてるか?」

「……完成した飛行機が、シートもかけないまま野晒しになっている」

 遠目にも真新しい飛行機が、格納庫の側に何機も停められていた。話題の切り替えは、それ以上詮索するなという意思表示とも取れた。

「生産ラインは問題なく稼働してるってことだな。滑走路も見たところ問題ない」

「やはりパイロットが足りないのか?」

「頭数が足りないだけなら、一機も飛んでこないのは妙だな」

「つまり、飛べないのではなく、飛ばないのか?」

「その可能性は高いな」

 二人が話をしながら格納庫に近づくと、中から数人が姿を現す。手には工具。何やら不穏な雰囲気を漂わせて二人を睨みつけるのは、全員が女性だった。

「貴方、工場長に雇われた飛行機乗りでしょう?」

 敵意を隠そうともしない態度。前に出ようとして、ユベールに制された。

「そうだが……工具を構えて取り囲むとは、穏やかじゃないな」

「このまま大人しくイスタントを立ち去って。そうすれば危害は加えない」

 リーダー格らしいブロンドの女が、そう言い放った。


4


「こっちも生活がかかってるんでね。理由も分からないまま、素直に引き下がるわけにもいかない。事情くらい説明してくれてもいいんじゃないか?」

 ユベールの言葉を受けて、リーダー格の女がフェルを見る。この年齢差と容姿では、恋人とも親子とも見られないだろう。訳ありの関係だと思われたのか、微妙な憐憫の混じった視線を向けられるのに黙って耐える。

「……そうね、いいでしょう。中へ入って」

 格納庫に案内されて驚く。人数の多さもそうだが、大半が女性だったからだ。

「女ばかりで驚いた? あ、言葉は分かるのかしら?」

 フェルがうなずくと、女が続ける。

「この工場の飛行機乗りは女しかいないの。整備士は半々ってところかしら」

「なるほど、手は足りているというのはそういう意味か」

 日常の足として飛行機が生活に密着したアルメアならではの光景と言えるだろう。危険の少ない輸送業務などに女性を就ければ、男性を前線に振り向けられる。

「アンネマリー・ローズよ。さっきはいきなり脅して悪かったわ」

 謝罪するアンネマリーと握手を交わし、自己紹介を済ませる。

「それで? まさか男と一緒に飛ぶのが嫌だって訳じゃないんだろう?」

 ユベールが言うと、アンネマリーが首を振る。

「私たちはストライキ中なの。だから貴方にも飛んで欲しくないのよ」

「ストライキね。実際にドンパチやってるのは海の向こうとはいえ、アルメアは戦争中だ。それなりの理由はあるんだろう? 聞かせてくれないか」

「もちろんよ。私たちはもうあの工場長……ハイアットの指示では飛ばない」

 アンネマリーが宣言すると、周囲から同調の声が上がる。

「貴方の言う通り、今は戦争中よ。だから私たちもあの男の差別的な発言やアルメアを端から端まで往復する過酷な長距離飛行、一向に上がらない安月給にだって我慢してきた。けど、あれだけは許せない。許してはいけないのよ」

 口調に怒りを滲ませ、アンネマリーが続ける。

「五日前のことよ。同僚のアネットは、前日に子供が熱を出して一睡もしてなかったの。本人も熱っぽかったし、どう見ても飛べる状態じゃなかった。けど、ハイアットはそんなアネットにネチネチと嫌みを言って、本人の口から飛べるって言うよう仕向けたの。結果、離陸した直後に墜落。機体は大破して、本人も足を折った」

「酷い話だな」

「本当に酷いのはその先よ。ハイアットはあろうことか、全ての責任をアネットに被せて、彼女に賠償金を請求したの。そんなの、払えるわけがないでしょう?」

 ローカストは軽飛行機クリケットの派生型で安価だが、それでも給料から気軽に賠償できるような額ではない。足を折ってしばらく働けないとなればなおさらだ。

「ユベール、彼女たちは正しい」

「ああ、そうだな。大体の事情も把握できた」

 二人のやり取りに、アンネマリーが首をかしげる。

「もしかして貴方たち、私たちに協力してくれるの?」

「その必要はないよ」

 疑問を呈するアンネマリーを遮って割りこんできたのは、ヴィヴィだった。

「話は聞かせてもらった。ハイアットの横暴、ぼくから本社に報告するよ」



「どうしてああなるかな、もう」

 その晩のことだ。ユベールとフェルから報告を受けたヴィヴィは、食べ終えた食器の並ぶダイナーのテーブルに肘をついて愚痴をこぼす。

 ただ報告を待つのに飽きた彼女は、工場に侵入して内情を探っていたらしい。フェンスで区切られているわけではないので侵入は容易とはいえ、大胆にも程がある。

「そもそもお前が出てきたら、俺たちを雇った意味がなくなるだろうが」

 呆れたようなユベールの声に、頬を膨らませるヴィヴィ。

「だって、あそこで登場した方が格好いいだろ?」

「だってじゃねえよ。お前、アンネマリーたちに全然信用されてないじゃないか」

 格納庫に姿を現したヴィヴィに向けられたのは、警戒の視線だった。アンネマリーたちの会社への不信は強く、タイミングよく現れて救いの手を差し伸べるヴィヴィは内部の結束を切り崩すための差し金として受け取られてしまったのだ。

「ちょっとくらいフォローしてくれてもいいのに」

「失敗したら俺たちまで同類扱いされて、ストの内情が分からなくなるだろう」

「あ、じゃあまだ協力してくれるんだ」

「仕事だからな。今週一杯は協力してやる」

「その先は?」

「お前がなんとかしろよ。仕事だろ」

「冷たいなあ」

「強引に巻きこんでおいて言う台詞かよ」

 ユベールの言葉には遠慮がない。それが少しだけ羨ましい。

「彼女たちを工場まで送り返してたのはヴィヴィだろ。会話とかなかったのか?」

「アドバイスはしたよ。みんな着陸が下手だし、燃料もやたら食ってるしさあ」

「自家用機をちょっと乗り回してた人間を相手に無茶言うなよ。燃料消費が多いって言っても、一滴を惜しんで長距離飛行記録に挑戦してるわけじゃないんだぞ?」

 彼女の操縦する機内で交わされた会話が目に浮かぶようだった。容赦ない指摘を入れるヴィヴィと、内心で反発しながら聞いているアンネマリーたち。

「アネットと言ったか。最後に飛んだ時は一人少ないことにも気付かなかったのか」

「えっ、乗客の数とか興味ないし、全員乗ったって言うから」

 つまり、普段よりも一人少ないことには気付いていなかったらしい。

「ヴィヴィ、アディントン・エアクラフトは保険に入っていないのか?」

 アンネマリーの話を聞いたとき思い浮かんだ疑問を口にする。

「それだよ。仕事中に事故って大破した飛行機を弁償なんて、本人によっぽど酷い過失がなけりゃあり得ないだろ?」

「どうだろう。入ってると思うけど、機体の大破はもちろん、ストが起きてるって報告も本社に上がってきてないし、これって工場長が情報を止めてるってことだよね。まさか予算をケチって入ってなかったりして」

「もしそうなら事故やストを伏せてもみ消そうとしている説明もつくか」

「うーん、社長に聞いてみないと分かんないよね。明日電話してみるよ」

「ところでヴィヴィ、アディントン・エアクラフトの社長とはずいぶん懇意にしてるんだな。こんな案件を任されたり、電話一本で俺たちを雇ったり」

「社長はやたらぼくを気に入ってるみたいで、オフシーズンで暇ならどうだって出向の話をくれたのも彼なんだよ。給料がいいから、ついオッケーしちゃった」

 煙草に火を付けたヴィヴィがにやりと笑う。

「あれ? 嫉妬してるの?」

「馬鹿言えよ。仕事の伝手で、社長の息子と知り合ってな。手紙を預かってるから、機を見て繋いでもらおうかと思っただけだよ」

「ふーん、覚えとくよ」

 気のない返事を返すヴィヴィ。興味がないのがありありと伝わってくる。

「……とにかく、内情の調査は続ける。一応これでも仕事だからな」

「わたしたちはどう動くんだ?」

「アンネマリーたちには同情するが、彼女たちの事情は把握した。今度は俺かヴィヴィが工場長の事情を探りたいところだが」

 ユベールが視線を向けると、ヴィヴィが迷いなく首を振る。

「ぼくは腹芸とかできないから、よろしくね」

「俺と会わなかったらどうする気だったんだ、お前……」



 朝が早かったから、と眠そうなヴィヴィを見送り、コーヒーを追加で二杯頼んだ。熱くて苦いそれは、少なくとも目を覚ますのには役立ちそうだった。

「フェル、お前は明日からどうする?」

「どう、とは?」

「あの工場長に取り入るなら、俺だけでいい。イスタントはそう見所の多い街じゃないが、治安はいい。休暇も兼ねて一人で観光しててもいいぞ」

「わたしだけ遊んでいるわけにはいかない」

「遊んでていいんだぞ。実際、お前は働き過ぎだ」

「でも……」

 言い募ろうとするフェルを、ユベールが遮る。

「あの工場長、フェルを無視していただろう? はっきり言うと、工場長に近づくためにはお前がいると邪魔なんだ。すまないが今回は我慢してくれ、相棒」

「……了解した」

 邪険にされたとは思わなかった。相棒だからこそ、忌憚のない意見を伝えてくれているのだと信じられた。その上で、自分の考えを言葉にする。

「ヴィヴィが言っていた。彼女たちの飛行は燃料消費が激しいと」

 ユベールは黙ってうなずき、続きを促す。

「わたしは航法士だ。効率的なルートを選定し、風を読んで飛べる。その価値を示せば、工場長の考えを変えられるのではないだろうか」

 フェルの言葉を検討するように、ユベールが目を閉じる。

「……航法士の価値は、編隊を組んだとき最大限に発揮される。あの工場長がアンネマリーたちを使わず、新しく飛行機乗りを集める気なら、売りこみも不可能ではない、か。だがな、目的を忘れるなよ、フェル。俺たちはここに長居する気はない。アンネマリーたちは気の毒だが、あくまで他人事であることを忘れるなよ」

「了解している」

「売りこみもやってはみるが、工場長が難色を示したら深追いはしない。その場合、お前は宿に戻って休暇を取る。その条件でいいな?」

「了解した。ありがとう、ユベール」

 航法士として、きちんと意見を述べられた。

 そのことが、無性に嬉しかった。


5


 翌日、工場へ向かうと守衛に呼び止められ、工場長の指示を告げられた。ストライキ中のアンネマリーたちとの接触を避けるためだろうと思いながら指定された第二格納庫へ向かうと、予想に反して数名の女性パイロットが待機していた。顔に見覚えはないが、早くも数人が引き抜かれてきたらしい。

 話しかけられたくないとばかりに視線をそらす彼女たちと世間話はできなかったが、飛行ルートの打ち合わせには参加してくれた。聞けば、彼女たちは大陸横断鉄道の線路と海岸線を頼りに地文航法で飛んでいたらしい。

 長距離飛行の経験豊富な人間がいないためにそうせざるを得なかったのだろうが、ルートの制約が多い上に悪天候だとランドマークを見失う可能性がある危険な飛び方だった。ユベールと相談しつつ、内海を横切って目的地のホーンズまでほぼ直線で飛ぶルートを選定する。目印となる島も多く、迷う危険性は少ないはずだ。

「じゃあ、先導は任せていいのね?」

 集まった女性パイロットの一人がほっとしたような声を上げる。

「今まではアンネマリーが引き受けてくれてたから、どうしようかと思ってたの」

 きっと、この仕事に就くまでは編隊飛行などしたこともなかったに違いない。リーダー格のアンネマリーしか先導役を務められなかったため、彼女がストライキを言い出したら誰も逆らえなかったのかも知れない。

「初めて飛ぶルートだ。落ち着いて、先導機を見失わないよう注意してくれ」

 ユベールの言葉にそれぞれうなずき、機体へ向かう。こちらも引き抜かれてきたのか、数人の整備士が機体の最終チェックを行っていた。その内の一人が女性パイロットに話しかけているのが視界の端に映る。

「人それぞれ事情はある。ストを抜けたことについて俺は何も言わんし、整備を受けない機体で飛ばすわけにもいかん。飛ぶからには、無事に帰ってこい」

 パイロットは黙ってうなずき、フェルもユベールに呼ばれて機体に乗りこんだ。



 行程の消化は順調に進んだ。思えば編隊を組んで飛ぶのは初めてで、普段よりもゆっくりと大きな円を描いて旋回しているのが分かった。円の外側にいる後続機が無理なく追随できるようにそうしているのだとユベールが教えてくれた。

 鮮やかな新緑の草海が広がる大平原を抜け、イランド内海に出る。特徴的な形状の島を目安に、風も考慮して進路を決定。名前が示す通り、大きな半島の突端に位置する都市ホーンズを目指す。太陽が中天を過ぎる頃、エングランドやケルティシュに運ばれる物資が集積される貿易港ホーンズに到着した。

 こんなに早く到着したのは初めてだと喜ぶ女性パイロットたちが、それぞれ自己紹介してくれた。エイミー、ベッキー、クレアと名乗った三人と出発時間を確認してから、遅いランチのために別行動を取る。少しだけ打ち解けられたらしい。

 彼女たちの話を聞いて浮かんだ疑問をユベールに投げてみる。

「ヴィヴィは航法についてアドバイスしなかったのだろうか?」

「あいつのことだからな。地文航法で飛んでるなんて思ってもいなかったんだろ」

 ヴィヴィならそういう思いこみもあり得るだろう、と納得できてしまった。根っからの飛行機乗りで、基準が一般人から大きくズレているのだ。

 帰路も大きな問題は発生しなかった。ヴィヴィが操縦していたという中型輸送機に乗りこみ、日没前にイスタント工場に着陸する。格納庫までタキシングして整備士に引き渡したところで、アンネマリーが憤然とした様子で詰め寄ってきた。エイミーたちは彼女と顔を合わせるのが気まずいのか、足早に立ち去ってしまった。

「貴方たち、どういうつもりなの?」

 怒鳴りつけるアンネマリーからフェルをかばうように、ユベールが前に出る。

「どうもこうも、仕事をしているだけだ」

「今日、ハイアットが交渉に来たわ。ストライキを抜けても罰則は与えない。ただし人数が半分を切ったところで残りのスト参加者を全員クビにするって」

「そりゃ悪辣だな」

 ユベールの言葉にアンネマリーが激昂する。

「何を他人事みたいに! 貴方が来たせいで結束が乱れたのが分からないの?」

「俺が何かしたわけじゃない。抜けた人間は、自分の判断でそうしたんだろう?」

「違うわ。彼女たちはそうせざるを得ないよう追いこまれたのよ」

 苦々しげに言うアンネマリーに、ユベールが疑問を呈する。

「どういうことだ?」

「あの工場長、あれでも街では名士で通ってるのよ。その伝手を使ってあることないこと吹聴して、私たちを悪者に仕立て上げたの。おかげで、今では私たちが街を歩くだけで石だの卵だの投げつけられて、娼婦か人殺しみたいな扱いよ」

 そこで言葉を切って、アンネマリーが続ける。

「それでも、私たち自身が中傷されるならまだいいわ。最悪なのは、矛先が子供にまで向いたこと。学校から帰ってきた子供が、額から血を流して泣いているのを見て、平気でいられる親なんているはずないでしょう!」

 思わず嫌悪感に顔をしかめる。ユベールもそれは同様だった。

「折り合えないのは、アネットのことがあるからか」

 あの工場長の性格を考えると、自らの非を認めて譲歩するとは考えにくい。ストライキ側から人員を引き剥がして輸送を再開させた現状を踏まえても、アンネマリーの要求を認めさせるのは困難だと思えた。アンネマリー自身もそれは理解しているだろう。それでも、彼女が揺るぐ様子はない。

「そうよ。これだけは曲げられない。それをしたら、私は本当の卑怯者だから」

 そこだけは『私たち』ではなく、ただ『私』とだけ言ったアンネマリーの覚悟が伝わってきた。彼女はきっと、一人になっても戦う気だろう。

「ユベールさん、工場長がお呼びですが」

 恐る恐る、といった感じで事務員が声をかけてくる。

「少し待ってくれるか?」

「行きなさいよ。飼い主がお呼びなんでしょ」

 侮蔑を滲ませたアンネマリーの言葉に、ユベールは何も言い返さなかった。



 工場長の部屋に向かう途中、ユベールに話しかける。

「ユベール」

「ハイアットの前で平然としている自信がなければ、先に帰っていいぞ」

 アンネマリーの言葉に思うところがあったのか、機先を制するような返事だった。

「祖国のために戦うアンネマリーが、なぜあのような目に遭うんだ?」

 自らの持てる能力を活かして、祖国に貢献する。前線にこそ出なくとも、それは立派な戦いだった。そんな彼女が不当に貶められることに憤りを覚える。

「戦うから、だろうな。女が戦争に関わることをよしとしない、古臭い考え方の人間は少なくない。アルメアが自由の国だと言っても、それは同じだ」

 それが推察だとしても、ユベールの言葉には反感を覚えた。

「性別は関係ない」

「フェルなら、そう考えるだろうな」

 一国の女王であった彼女に、ユベールは同意を示す。

「だが考えようによっては、女性が軍隊における後方任務へと進出したことで、誰かの夫や息子が前線へと振り向けられた、という見方もできる。家族が前線へと向かう不安、あるいは戦死した悲しみは、どこかに捌け口を求める」

 料理に洗濯、事務やタイピング、電話交換。性別に関係なく遂行できる非戦闘領域の仕事は男性から女性に置き換えられつつあるのだとユベールは言う。

「でも、それは……」

 思ってもみなかった切り口に、すぐに言葉が出てこない。

「間違ってるさ。けど、冷静に割り切れる人間ばかりじゃない」

「仕方ないと言うのか?」

「そうは言わないさ」

 首を振り、ため息をついたユベールが言う。

「フェル、やっぱり先に戻ってろ。今のお前は連れていけない」

 反論しかけて、唇を噛む。冷静じゃない、という自覚はあった。

「了解した。また後で」

 黙ってうなずくユベールと別れ、ため息をつく。

 見上げた先に広がる夕暮れの空は、常と変わらず美しかった。


6


 ユベールの操縦する中型輸送機と、その後ろについて飛ぶローカストの編隊は日に日に数を増やしていった。それはストライキに参加し続ける人間が減っていることを意味する。半分を切ったら残りをクビにするというハイアットの宣言もあり、どこかで一気に加速するだろうとユベールが予測していた。

 事態の変化を受け、ヴィヴィとも改めて話し合った。従業員の間に遺恨を残す工場長のやり方には賛同できない、というのが共通の見解だった。事態を収束に向かわせるため、彼女は一度イスタントを離れている。

 ストに参加する人間が半分を切ったのは、イスタントを訪れてからちょうど一週間が経った日だった。その日、ハイアットは仕事を終えたパイロットたちを集めると、全員を引き連れてアンネマリーたちが拠点とする格納庫へ向かった。

「愚かで無意味な抵抗を続ける貴様たちに告げる」

 すっかり数を減らしたスト勢力と対峙し、満足げにハイアットが言う。

「会社に損害を与えるのみならず、自由と平和を守るための祖国の戦いをも妨害する貴様たちは社会に必要とされていないクズどもだ。宣言した通り、本日をもって貴様らをクビにする。文句があるなら法廷闘争でも何でもするといい」

 解雇を宣言されたアンネマリーたちだが、彼女たちは小揺るぎもしなかった。むしろ余裕の笑みさえ浮かべているのを見て、ハイアットが不審げな表情になる。

「やせ我慢か? それともすぐに次の仕事が見つかるとでも? いいか、貴様たちクズにはもうイスタントに居場所などないと思い知るがいい。再就職などしてみろ。たちどころに手を回して、すぐクビになるよう仕向けてやるからな。改心したところで手遅れだ。泥水にひざまずいて許しを請うなら考えてやらんでもないが」

「いいえ、そうはならないわ。許しを請うのは貴方よ、ハイアット」

 アンネマリーの言葉の、ハイアットがせせら笑う。

「私が? おもしろい冗談だな。だがすまないな。この工場は関係者以外立ち入り禁止なんだ。私物をまとめて、三十分以内に出ていってもらおう」

「本当にいいのね? 戻ってきてくれと懇願する羽目になっても知らないわよ」

 あくまで余裕の態度を崩さないアンネマリーに、とうとうハイアットが激高する。

「くどい! 今さら妙な揺さぶりをかけたところで私の態度が変わると思ったら大間違いだ。一刻も早く私の工場から立ち去りたまえ」

「そうまで言うなら仕方ないわ。実は、次の就職はもう決まってるの。人が足りないから、すぐにでも来てくれって頼まれているのよ」

「ほう、どこの会社だ。いや、言わなくてもいい。探偵を雇って捜し当てるからな。辞めれば済むなどと、生易しい考えを持っているなら後悔させてやる」

「ちょっといいかな、ハイアットさん」

 予想と違うアンネマリーの態度に憤激するハイアットに、ユベールが声をかける。

「なんだ。お前たちは黙って私に従っていれば……なんだこれは」

 ユベールが差し出した紙束に、不審の目が向けられる。

「辞表ですよ。俺を含め、パイロット全員分の辞表がここにある」

「……笑えない冗談だ。今すぐその紙クズを破り捨てろ」

 辞表を突き出すユベールと、受け取ろうとしないハイアット。膠着するかと思われた状況を打開したのは、威厳のあるバリトンの一声だった。

「その辞表、僕が受け取ろう」

「誰だ、貴様……は……」

 ハイアットの声が尻すぼみになって消える。ハンチングの下から覗く鋭い眼光、貫禄のある立ち姿の中年男性の横には、親指を立てるヴィヴィの姿もあった。

「ふむ、見覚えのない顔も多いようだ。こんにちは、そして初めまして、親愛なる従業員の皆さん。僕はバートン・アディントン。分かりやすく言えば、君たちの務めるアディントン・エアクラフトの社長、ということになる」

 愛想のいい笑みを浮かべて自己紹介をしたバートンは、硬直するハイアットに向き直ると一転して厳しい経営者の表情となる。

「ハイアット君。この状況について説明したまえ」

「はっ、その……一部の身勝手なパイロットが待遇に不満を訴えて強硬なストを実施したため、こちらとしてはやむなく解雇の判断を下さざるを得ず……ですが残ったパイロットに加え、新たに増員も図って、早急に出荷計画の遅れを取り戻すべく尽力している最中でして、もう一か月、いえ一週間いただければ……」

「尽力とは、不調のパイロットを無理に飛ばせて危うく殺しかけることかね?」

 必死に弁明するハイアットを、バートンが切って捨てる。

「ヴィヴィ君の調査で大方の事情は把握している。それから忘れているようだが、君の配下のパイロットはつい先ほど、全員が辞表を出したのではなかったかね。それでどうやって出荷の遅れを取り戻すつもりなのか、教えてもらおうじゃないか」

「それは……おい、ユベール。貴様どういうつもりだ。賃金に不満があるなら言え。馬鹿なことを考えていないで、さっさと辞表を撤回するんだ」

 押し殺した声で詰め寄るハイアットに、ユベールが肩をすくめて応じる。

「できない相談ですな。彼女たちは全員、我がトゥール・ヴェルヌ航空会社への転職が決まっています。航空機の輸送でしたら、仕事の依頼として承りましょう」

 最後までストライキを続けたアンネマリーたちはもちろん、一度は会社側についたパイロットたちもハイアットの横暴なやり口に不満があるという点では同様だった。ユベールとフェルによる説得工作はスムーズに進み、ストライキのきっかけであり、怪我で休業中のアネットも含めた三十人のパイロットは全員がトゥール・ヴェルヌ航空会社への転職を快く承諾してくれた。

「な……独立だと? 馬鹿な、上手くいくとでも思っているのか」

 吐き捨てるハイアットに、バートンが応じる。

「ユベール君と言ったね。よろしい。我が社と契約を結ぼう」

 バートンの言葉に、ハイアットが愕然とする。

「社長! 本気ですか? 彼らは我が社のパイロットを丸ごと引き抜いたのですよ。その上で契約を結び直そうなどと、そんな虫のいい話が……」

「では、明日までに必要な技量を備えた飛行機乗りを三十人、揃えたまえ」

 絶句し、うなだれるハイアット。ただでさえ飛行機乗りが不足している現状、たった半日で三十人ものパイロットを集めるのは不可能だった。

「……ハイアット君、息子さんのことは聞いたよ。電信技師として軍に志願したそうだね。親として、心労は察するに余りあるよ。しかし、彼の後任が女性だったことは、技術を持つ女性労働者を不当に差別する理由にはならない。理解できるね?」

「私は……そのような……」

 力なく言うハイアットに、バートンが首を振る。

「残念だが、今の君にはイスタント工場を任せられない。君の故郷、ノースゲートに営業所長の席を用意した。そこでしばらく頭を冷やしたまえ」

 ノースゲートは北方の田舎町で、営業所と言っても数人規模の小所帯のはずだ。誰が見ても明白な左遷に、ハイアットが悄然とうなだれた。


7


 ハイアットが工場長を解任された翌日。イスタントの駅にはフェルとユベール、ヴィヴィとバートン、パイロットを代表してアンネマリーの姿があった。

「世話になったな、ユベール君。フェル君も、これからよろしく頼むよ」

 バートンと握手を交わす。彼はヴィヴィの操縦でアディントン・エアクラフトの本社に戻る前に、わざわざ二人を見送りに来てくれたのだった。

「手紙は受け取ったよ。ユベール君がヴィヴィ君と知り合いだったことにも驚いたが、我が息子アーロンも世話になっていたとはな。君とは縁があるらしい」

「今後ともトゥール・ヴェルヌ航空会社をご贔屓くだされば幸いです。もっとも、今はパイロットばかりで飛行機のない航空会社という有り様ですが」

「その話も聞いたよ。息子の恩人に大した力添えもできず、申し訳ない限りだ」

「いえ、成り行きとは言え、仕事を頂きましたから」

 二人の視線を受け止めたアンネマリーが黙ってうなずく。彼女は新たにトゥール・ヴェルヌ航空会社の所属となった三十人のパイロットのまとめ役として、イスタントに残ってくれる。戦争が続く限り、ローカストの輸送業務も続くのだ。

「しかし、よろしかったのですか?」

「何がだね?」

「結果として、アディントン・エアクラフトのパイロットを引き抜く形になってしまったことです。ハイアットは彼女たちを買い叩いて安く使っていました。契約を結び直したことで、かなりのコスト増大に繋がったのではありませんか?」

 ユベールの言葉を聞いて、バートンがふっと笑う。

「正直だな、君は。こちらへ来たまえ。煙草でも吸おう」

 場所を変えようとする二人にフェルがついていこうとすると、何か言おうとしたバートンに先んじてユベールが言葉を発する。

「こいつは俺の相棒です」

「そうかね。ならば構わんだろう。来たまえ」

 ヴィヴィとアンネマリーとは少し離れた場所で、二人が煙草に火を付ける。

「……我が社のみならず、アルメアは今、一人でも多くの飛行機乗りを必要としている。その通りだ。ところでユベール君、この戦争はいつまで続くと思うかね?」

 バートンの唐突な切り出しに、ユベールが落ち着いて答える。

「新聞によれば、連合軍はディーツラントの首都に迫っているとか。シャイアがこのまま静観を続けるなら、そう長くは持たないでしょう」

「そう。遠からずディーツラントは降伏する。運良く生き延びた飛行機乗りは、乗機と一緒にアルメアへ戻ってくる。すると、どうなるかね?」

「……仕事にあぶれた飛行機乗りが大量に発生し、軍から払い下げられた航空機が市場に溢れて値崩れを起こす。新造機の需要は極端に落ちこむでしょう」

 考えを述べたユベールが、はっとしたような表情を見せる。

「素晴らしい、その通りだ。つまり我々航空機メーカは、確実に存在する戦勝という名の崖に向かって目隠しをしたまま突っ走っているに等しいのだよ」

 戦争に勝った先に待ち受ける大不況。バートンの言葉は確信と説得力に満ちていて、思ってもみなかった考え方にただ驚かされた。彼は淡々と続ける。

「私はアディントン・エアクラフトの従業員の生活を守るため、戦争に勝ったその先に備えなければならない。多過ぎるパイロットは会社にとって負債となるリスクに他ならない。本来、我々は航空機メーカであって航空会社ではないのだからな」

 航空機の設計や開発、量産を行う製造会社と、完成した飛行機を運用して旅客や貨物の輸送を行う航空会社。ローカストの輸送業務は、あくまで戦時中の応急処置であり、本業ではないというのがバートンの認識なのだろう。

「いつでも契約を切れる外部委託に切り替えるのもリスクヘッジの一環だと」

「有り体に言えば、そういうことだ」

 トゥール・ヴェルヌ航空会社に転職したパイロットたちの多くは、給与面など待遇がよくなることを喜んでいる。一方のバートンは、表向きにはパイロットの引き抜きと再契約を許容する寛大さを見せつつ、穏やかな笑みの裏では将来を考えた冷徹な判断を下していた。今後、ローカストの需要が縮小して輸送業務がなくなり、彼女たちの仕事がなくなったとしても、それはアディントン・エアクラフトの問題ではなく、トゥール・ヴェルヌ航空会社の問題となるのだ。

「君たちをアーロンの友人と見こんでの忠告と受け取ってくれたまえ。彼女たちの処遇については、今からよく考えておくことだ」

 バートンはユベールの肩を軽く叩くと、気負わない足取りでヴィヴィたちの元へ戻っていく。その背中は、一代でアディントン・エアクラフトを一流の航空機メーカーへと押し上げた敏腕な経営者のそれだった。

「ユベール」

「大丈夫さ。抱えちまったものは何とかするよ」

 脳天気に手を振るヴィヴィと明るい表情のアンネマリーが、二人を呼んでいた。

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