七不思議の七番目、爆発の怪
七不思議。それはどの学校にも存在する。花子さんなんかは王道中の王道だ。八坂中学校にも七不思議は存在し、それは花子さんなんて生ぬるいものではない。
一日が終わり、放課後になった二年三組の教室では二人の少年が話しをしていた。
「なあ、新島。七不思議のあの話しは知ってるか?」
「あれだろ? 学校の前の道路で三日間事故が多発したっていう......」
「それは七不思議の一番目だよ。俺が言っているのは七番目の話しだよ」
「七番目? まだ七番目は空白で埋まってないはず......高田、話しを創作したな?」
「違うよ。歴とした事実だ。先月の一年生の学年集会の時、どっかのバカ職員が煙草を一本口にくわえて、マッチに火を着けたんだ。その時は風が強かったのに外でやってたから、火の着いたマッチが風で飛ばされた。そのマッチの火は消えることなく家庭科教師の榊原の背中に落ちた。そして、あっという間に榊原の背中が大爆発を起こしたんだ。マッチじゃあんな爆発は起こらないから、もう大騒ぎ。そして、その一件が、長らく空いていた七不思議の七番目になったというわけだ」
「そんなことがあったのか」
「知らなくて当然だよ。なんたって学校側が箝口令(かんこうれい)を出したんだからな」
「なのに七不思議になっているのか? その点が非常に不思議なんだが?」
「......まあ、細かいことは気にするな」
「ああ。んで、なんで急に七不思議の話しを?」
「それは簡単な話しだよ。数学科の課題プリントの謎を解いてからもう一週間! 謎なんていうものはなかった。なら、自分から探すしかないじゃないか」
「なぜ、探す......」
「そりゃ、気になるじゃん」
「探さなきゃ気にはならないよ」
「そうだけど、知りたいじゃん」
「なんでだよ」
「別にいいじゃないか」
「まあ、先輩がいいって言ったら俺は良いがな。......それよりも、なんかそういう話しは『七』がつくものが多いよな」
「ん?......例えばなんだ?」
「七つの大罪だ」
「あれか。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰」
「怠惰、か......」
「怠惰がどうした?」
「いや、身近な謎を謎のままにするのは怠惰かなぁ、と思ってね。そう考えると......」
「そう考えると?」
「七不思議の七番目。解決してみるか」
「おっ! いいね」
「まあ、まずは先輩の意見だ」
「そうだな。部室に行こう」
二人はカバンを持って教室を出た。七階に上がると、奥の部屋の扉を開いた。そこには、椅子に座って本を読んでいる土方がいた。
「遅かったね、二人とも」
「部長! 七不思議の七番目の話しは知ってるっすか?」
「ああ、あれか。それなら、マッチを飛ばしたバカ職員は隣りにいるよ」
隣り。文芸部部室の階段側の隣りは職員室になっている。
「職員室の新人職員、片岡(かたおか)さん」
「新人?」
「ええ。それにしても短気で有名な榊原がよく怒らなかったよね。そちらの方に私は驚いた」
「そうっすね」
「それで、先輩。七不思議の七番目を調べてみる気はないか?」
「非常にある。その時の動画も入手してある」
土方はUSBを取り出すとノートパソコンに差し込んだ。再生された動画での爆発はマッチ一本では到底起こせないほどのものだった。
爆発の威力から考えると、直撃をくらった榊原は軽傷ではすんでいないだろう。動画を見た三人は、少しの間凍りついた。
「あの......俺、わかちゃった気がするっす」
「高田、本当なのか?」
「ああ。新島は知っているだろ? 『粉塵爆発』だ」
「粉塵爆発?」
土方は首を傾げた。
高田は説明を続けた。「一年生の三月の全校集会。校長の話しの時に、榊原が爆発した。そのことと、動画を考慮に入れて考えると、粉塵爆発が妥当っすね。実験したことあったよな、新島?」
「ああ。小麦粉とかホットケーキミックスとかが宙に舞っているところで火を着けると大爆発が起こる、あれだろ?」
「そうだ。動画では、強い風が吹いていて砂が宙に舞った。そこに火を着けちゃったんすよ。砂埃に火が燃え移って爆発。あとは、その実験をするばかりだ」
「なるほどね。高田、やるじゃないか」
「そうっすよね?」
「ええ。亀くらいには成長したんじゃない?」
新島は少し考えてから、椅子に座って説明を始めた。
「まず、大きな間違いを言うぞ。砂埃に火は燃え移らない。砂塵爆発なんて、起こらないぞ。まあ、実験するか?」
新島は机の引き出しをいじってマッチを取りだした。マッチを胸ポケットに入れると、話し出した。
「実験するから外に行くぞ」
三人は校庭に出た。
「俺が言い出しっぺだ。砂埃に火を着けるのは俺がやる」
土方と高田は両手で砂をつかんで新島に投げつけた。新島は急いでマッチのリンの部分を擦って、砂埃に火を着けた。結局、爆発は起こらなかった。
「はあ。爆発が起こらなかったな。俺の説もこれで駄目になったか」
「高田は他に考えはあるのかしら?」
「ないっすね。新島はどうだ?」
「アルカリ金属の爆発は有名だ。水を分ければすぐに反応するが、話しを聞いた限りでは水が出てくる要素はなかったな。となると......油が服に染み込んでいたかどうか。あとは人体発火現象の説として有力なプラズマとかはどうかな?」
土方と高田の二人は、頭を抱えて悩み始めた。
部室に戻り、三人とも椅子に座って脱力していた。七不思議の名は伊達ではないようだった。
「職員室は隣りだし、片岡先生に聞けないのか?」
「そうだな......。俺も気になるし、行きたいぞ」
「私は近くだし、待っているよ」
高田と新島は職員室の扉を三回叩いて、中に入った。
「失礼......。片岡さんはいますか?」
すると、奥から長身の男が歩いてきた。
「俺が片岡だが?」
「文芸部の者ですが、二ヶ月前に榊原先生に火を着けて爆発を起こしましたよね?」
「あったな」
「その時のことをくわしく説明してください。文芸部は今、そのことを調べているんです」
「わかった、仕方ないか。......あれは晴れた日のことだ。家を出るときにライターを探したけど見つからなくて、マッチを数本持って学校に向かったんだ。そして、朝の学年集会。校長の長ったるい話しに呆れてポケットに手を入れると煙草とマッチがあった。箱から煙草を一本手に取って口にくわえ、マッチを箱の側面に擦って火を着けた。そして、運悪く強い風が吹いて手からマッチが飛んだ。そのマッチは火が消えることなく榊原先生の背中に引火。で、爆発したんだ。
次の日、入院したと知って病院に見舞いに行った。背中に包帯を巻いていて、火傷で全治二ヶ月。深々と頭を下げて謝った。だけど、傲慢で有名な榊原先生は笑って許してくれた。意外だったが、職員になってすぐに辞めることにならなくて安心したんだ。これでいいか?」
新島は顎に手を当てて考えた後で、頭を下げて職員室を出た。
「新島! 何かわかったのか?」
「......わかったことはなぜ爆発を起こした片岡がまだ学校にいるのか、ということだ」
「確かにそうだな。だが、それだけじゃ事件は解決できないな」
「だよな......」
部室に戻って、高田は土方に片岡の話しを説明した。土方はうなずいていたが、納得はしていないようだった。
「先輩......。他に話しが聞けそうな人物はいるのか?」
「そうだな......。人物じゃなくて団体なら一つだけある。八坂中学校の部活でオカルト研究部と同じくらい奇妙な部活『七不思議研究部』というものなんだが」
「七不思議研究部って?」
「B棟五階に位置している。我が校の七つの奇妙な事件を解決するための部活だが、今年で創設十五年。しかし、七不思議のひとつも解決できていない」
そのヘッポコ七不思議研究部は部員が三人しかいないらしく、文芸部と同じ人数だ。土方も仕方なく着いていくことになった。
「うう。ちょっと、疲れたわね。休もうかな」
「先輩、あと少しだから頑張ってくれ」
新島は土方を支えてB棟五階に向かった。高田は先頭を歩いていた。
「文芸部ですけど......七不思議研究部さんはいますかね?」
「何だね? 今は忙しいんだが?」
「部長さんはいますか?」
「その部長さんがこの俺、富津(ふっつ)だが、何か?」
「そうでしたか、失礼しました。それで、話しがあるんですが......いいですか?」
「駄目なんだよ。今は、とある謎を解いている最中なんだから」
「謎、ですか」
「ああ。明日にでもまた来てくれ」
「わかりました」
高田はため息をついて扉を閉めた。待っていた土方と新島に合流して、今の話しをした。
「せっかく来たのに、明日なの......」
「すんませんね、部長。俺が行こうなんて言ったから」
「大丈夫。私が七不思議研究部の話しをしたからだ」
「それより、これからどうするんだ?」
「もうやることもないし六時。私は帰ってもいいと思うけど」
「俺も大丈夫だ」
「俺も」
「んじゃあ、今日は家に帰ろうか」
三人は帰路についた。
次の日の放課後。新島は高田と一緒に部室に向かった。
「来たか。遅いぞ」
土方はすでに準備ができていた。
三人で七不思議研究部を訪ねた。
「文芸部部長だが、昨日言っていた謎は解けたのかな?」
「それが、まだなんだよ」
富津は眉間に皺(しわ)を寄せて腕を組んだ。
「では、富津君。我が文芸部がどんな謎でも七不思議でも解決してあげよう」
「七不思議? 違う違う。もっと重大な謎だ。推理小説好きの朝日(あさひ)という部員がいるんだが、現在は本を読むために学校を休んでいるんだ。朝日は有名作家の作品、特に芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)や太宰治(だざいおさむ)、夏目漱石(なつめそうせき)みたいな奴のは絶対に読まないんだ。だけど、休んでまで読んでいる本は夏目漱石の『吾輩は猫である』なんだ。休む前日に部室で『吾輩は猫である』の本を自慢していたんで、もう意味がわからなくてな。なぜ朝日がそんな本を読むのか話し合ってたんだ」
「確かに、不思議だな。その件が解決するまで話しは聞いてもらえないんだな?」
「もちろん」
「じゃあ、その件の解決は文芸部も手伝わせてもらおう」
「いいのか? だったら俺達も願ったり叶ったりだよ」
「新島。今の話しでわかったことはあるか?」
「もう少しキーワードが欲しいな。推理小説好きの朝日は『吾輩は猫である』を読むために休んだ......。それはなぜか」新島は円を描くように回ってから、指を鳴らして口を開いた。「『「吾輩は猫である」殺人事件』だ。奥泉光さんの推理小説で、『吾輩は猫である』の小説のその後の話しだ。密室殺人で、この物語を読むには必須ではないが『吾輩は猫である』を読んだ方がいい。つまり、朝日は『「吾輩は猫である」殺人事件』を読むために『吾輩は猫である』を読んでいるんだ」
新島は説明を終えても、話しを続けた。
「文芸部は七不思議の七番目を現在は調べています。先程、あなた方が気になっていたことはこちらが解決したので、七不思議について教えてください」
「わかった。中に入ってくれ。こちらが知っていることは全て話そう」
土方、高田、新島の三人は椅子に座った。富津は急いでインスタントコーヒーを三つのコップに注いで三人に渡した。富津と、もう一人の部員である市原(いちはら)は三人の正面に座った。
「では、七不思議研究部が知り得た七番目の情報を全て話す。まず、こちらの考えからだ。おそらく、マッチの火が榊原の背中に着いて引火。爆発した原因は『ホットケーキミックス』にある。家庭科教師の榊原は家庭科の授業でホットケーキをつくっている。ホットケーキミックスの粉が背中に付着していてもおかしくない。寒がりの榊原はカイロを背中に貼っていたらしいし、マッチの火でカイロの袋が破けて燃え上がる可能性がある。どちらも調べている最中だが、完璧だろう?」
どうやら、七不思議研究部たちも粉塵爆発について考えていたようだ。
「何でホットケーキミックスが燃えると?」
「粉塵爆発というキーワードで調べてみると、小麦粉やホットケーキミックスが燃えると知ってな。それに、小麦粉は指定可燃物だ」
「えっと、その考えは間違いなんだ。確かに小麦粉とホットケーキミックスは燃えるが、粉塵として宙に舞っているときだ。カイロは袋が破けても熱いだけだな」
「そうなのか? だとすると、七不思議研究部の知っている情報は他と変わらないな」
「そうですか」
新島はがっかりした。土方はインスタントコーヒーの入ったコップを口元に運んで、コーヒーを口に注いでいった。
「七不思議研究部としては以上だ。市原は何かないのかな?」
「ないな。俺もホットケーキミックスが原因だと考えていたから......違うとするともうお手上げだ」
「一応、参考になった。これで失礼しよう」
それからは何も進展せず、本日は解散となった。
次の日の放課後。新島はポケットから使用済みの使い捨てカイロを取りだした。
「なあ、高田。今日、文芸部の部室で爆発実験をやる」
「それで七不思議の七番目が解決するのか?」
「おそらく、解決する」
「なら、ぶちかませ!」
「そのつもりだ」
二人は走って文芸部部室に向かった。部室には土方がいて、ソファに座っていた。新島は実験の主旨を説明して、実験を始めた。
「家から酸化銅粉末を持ってきた。結構値の張る物だったよ。そして、アルミニウム粉末。これら二つを混ぜて、一つの混合物をつくる。袋にその混合物と火のついたマッチを入れて、窓から──」
投げた。すると、すぐに空中で大爆発が起こった。
「この爆発は『テルミット反応』という。金属酸化物と金属アルミニウムを混ぜることでできる反応だ。だが、別に酸化銅だけでなくても爆発はする。ポピュラーなもので酸化鉄粉末とアルミニウム粉末を混ぜても問題はない。酸化鉄は、言わばサビだな」
新島は酸化鉄粉末とアルミニウム粉末を混ぜて袋に入れて、火の着いたマッチを入れて窓から投げた。すると、また爆発が起こった。
「でも」土方は考えながら言葉を発した。「まさか榊原の背中に酸化鉄粉末とアルミニウム粉末の混合物があったとでも言うの?」
「そのまさかだ」
「!?」
「カイロだ。さっきまで俺が使っていたカイロだが、これに火を着けて空中に投げる」
すると、たちまち大爆発が起きた。
「おい、新島。カイロって燃やすと爆発するほど危険なのか?」
「それは私も気になるところだ」
新島は咳払いをして話し始めた。
「普通のカイロは危険ではないんだ。内容物は『鉄粉』『活性炭(かっせいたん)』『バーミキュライト』『水』『木粉』『塩類』だ。そもそも、カイロが熱を発生させるのは鉄が酸化する時に出る熱を利用している。これを発熱反応という。『水』は鉄と酸化するから、『木粉』や『バーミキュライト』は保水として、『活性炭』は炭素成分が酸化反応を高めて、『塩類』は酸化を進める。袋を開けると鉄が酸素と触れて発熱反応が起こる。つまり、カイロを使い切ると酸化鉄ができる。そのカイロの中にアルミニウム粉末を入っていたとして、そこに火が着いて爆発した。
榊原先生が怒らなかったのは自分が他人を驚かす為にカイロにアルミニウム粉末を入れたからだな。カイロに事前にアルミニウム粉末を入れても、カイロは温かくなる。カイロとしての機能も果たし、使い切ってからは爆発もするってわけだ」
「なるほど」
三人は後に榊原に今の新島の推理を説明した。すると、榊原の顔が青くなったという。
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