間章~夏月~

第12話

 誰もいない自室で、星野夏月は物思いにふけっていた。今日学校で起こった出来事が、夏月の頭の中で徘徊している。

 どうして太一は紗雪と付き合うようになったのか。二人が付き合っているという事実に、夏月は納得がいかなかった。太一は高校生になってから変わったはず。それなのにどうして振られた翌日に新しい彼女を作るのか。変わったはずの太一を知っているからこそ、余計に理解に苦しむ。

 夏月はベッドに横になると、お気に入りのクマのぬいぐるみを抱え、顔を埋めた。ほわほわとした感触が気持ちを落ち着かせる。

 本来、他人の恋路なんて口を挟むべきことじゃないのかもしれない。でも口を挟まずにはいられなかった。夏月にとって太一は大切な人なのだから。


 太一と初めて会ったのは近所の公園だった。最初の印象は、家が隣でよく一緒に公園で遊ぶ友達。それ以上でもそれ以下でもない存在だった。それでも小さい頃から一緒に遊び、家族ぐるみの付き合いをしていたからなのかもしれない。中学校に上がる頃には、夏月の中で太一は特別な友達に変わっていった。

 幼馴染という関係を意識し始めたのは、中学二年生の頃。


「二人って付き合ってるの?」


 仲のよかった友達に質問された夏月は、当然否定した。


「付き合ってないって。太一は幼馴染なだけ」


 実際に太一とは付き合っていなかったし、そんな関係に発展するとは思ってもみなかった。だって太一は幼馴染。普通の友達とは少し違うだけ。そう夏月は思っていた。

 太一も夏月に対して、恋愛対象として好きということは思っていなかったと思う。小学生の頃から中学生までの間、太一は気になった女の子がいるとすぐに告白をしていた。自分が興味を持った女の子に好きな気持ちを伝え、そして振られる。その工程を何度も繰り返していた太一は、チャラ男と言われるくらい同学年の間でも噂になっていた。

 もし太一が夏月のことを好きだったら、必ず告白してきたはずだ。それなのに太一が何も言ってこないということは。既に答えは出ているようなものだった。

 中学二年生の頃、そんな太一と毎日一緒に登校していた夏月は、振られて落ち込む太一の姿をみるたびに、叱責していた。


 ――好きな人がすぐにできるのはおかしい。


 何度注意をしても太一はから返事をするだけで、自分の行動を直そうとはしなかった。忠告しても、数週間後には好きな女の子を見つけてきて告白。その行動はもはやずっと変わらないと夏月は思っていた。

 しかし高校生になって間もない頃、太一は急に変わったのだ。


「好きな人ができた」


 そう言われた時は、またいつものことが起こると思った。すぐ告白をして振られる。そして落ち込む太一を慰める。そんな当たり前の未来がやってくることを、夏月は信じて疑わなかった。

 でも太一は告白をすぐにすることはなかった。ずっと静観して動こうとしなかった。

 どうして動かないのだろう。

 太一のいつもと違う行動に夏月は面を食らった。思い描いていた当たり前の未来がぼやけはじめる。どこかで安心していたのかもしれない。太一と付き合う女性はいないと。昔の太一のままなら、絶対に付き合うことはないと言い切る自信があったから。

 でも太一は変わった。好きになった子のことを本気で考え始めたのだ。

 自分が言っていた意味をようやく理解してくれた。最初はほっとした気持ちを抱いた。しかしそんな気持ちはすぐに消えてしまった。太一を変えたのは誰なのか。そのことが気になりだした。

 相手はすぐにわかった。柊綾乃。学年でもトップクラスの美少女として知られている、有名人。太一の視線を見るだけで、好きな相手が柊だと知ることができた。小さい頃からずっと隣にいたら嫌でもわかってしまう。

 でもどうして柊に気持ちを伝えないのか。

 普段感じることのない不安を、夏月は抱き始めていた。

 月日は流れ、高校二年生になって一週間が経ったある日。太一の親友で小学生の頃からの付き合いである手塚から、衝撃的な話を聞いた。


「柊さんと太一、付き合うことになったらしい」


 その話を聞いた瞬間、夏月の心中を徘徊していた不安が痛みとなって襲いかかってきた。

 ずっと近くにいたから気づかなかったのかもしれない。でもその関係が当たり前だった。物心ついた時から、太一は夏月の隣にいたのだから。

 最初は信じられなかった。だから夏月は太一の元へ真っ先に駆け寄った。そして太一から本音を聞きだした。結果は手塚の言う通り。太一は柊と付き合うことになった。その時、夏月は初めて自分が馬鹿だったと自覚した。

 いつも隣にいた大切な存在を失った。周囲の人達に仲の良さを問われても、幼馴染と言って本当の気持ちを隠し続けていた。その罰が下ったのかもしれない。

 太一は一年も自分の気持ちと向き合い、真剣な思いを柊に伝えた。だからこそ夏月が口を挟む隙はなかった。

 中学生の時みたいに、強気の発言を太一に言う資格はない。幼馴染として、一人の友達として太一の幸せを願うこと。それしか夏月にできることはないと思っていた。

 太一が紗雪と付き合うことになるまでは。

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