野良僵尸
凜
野良僵尸誕生
第1話 野良僵尸誕生
「……あっ」
どういうことだ。全く身に覚えがない。ここに来るまでの記憶も無い。いつから、どうやってここに。
「ぅ……体のあちこちが軋む」
しかし、ここで寝転がっている場合ではない。早いところ体を回復するべく、丹を集中させて体全体へ巡らせた。
「ふぅ」
首を回して、ようやく安堵の息を吐く。この分ならすぐにでも歩き出せそうだ。頬を掻いたところで、違和感に気が付いた。
「痛い……爪?」
人差し指の爪が頬に刺さった。何気なく目を遣る。驚きで体が震えた。
「爪がこんなに伸びて、え、あ、この服……嘘だろ……ッ!?」
ついで目についた服が、絶対に着用しないそれで、思わず破く勢いで引っ張った。漢服ではあるが、謝思凛が生きる時代より少し前のものだ。煌びやかな模様が胸元に施された、紺色の服。それは彼にとって見慣れたもので、端的に言えば、現代の死者に着せる服だった。
「馬鹿な! それじゃあまるで、まるで俺が」
――死んだみたいじゃないか!
謝思凛は伸びた爪を見つめた。
伸びた爪、死者の服装、山奥という場所。心当たりがあり過ぎた。
「
言葉にした瞬間、ざわざわと頭の中が蠢いた。僵尸を扱う、従える側の人間が僵尸になってしまった。そもそも、死んだ記憶すらないのに。震える右手で口元を押さえる。
「いつ死んだ? 最後の記憶は、いや、おかしい。おかしいぞ。それなら、俺の体は硬直しているはずだ。それに、まだ丹がある」
腹に手を置く。丹が扱えるのは、つい先ほど実践して分かっている。八つで内丹を終了させ、今の師匠の元で道士となった。これは死ぬまで無くならない。つまり死んでしまえば無くなるはずである。
もっとおかしいのは、魂もこの体に留まっていることだ。こうしてモノを考えているわけだから、魂もここにある。状況からして、死んでいないと言われた方が正しい気がしてくる。しかし、手からは温度を感じられず、脈も無かった。謝思凛は息を吐いた。
「これからどうしたら……ああ、
よほど慕ってくれた者がいたのか、身近な全てを傍に置いていてくれている。ちゃんと埋葬されていればの話だが。それでも
「顔でも洗いに行くか」
ついでに、己の顔がどんな状態か確認しておきたい。よもや他人の顔ではあるまいが、狂暴僵尸のように崩れた状態であったら、町へ下りることが難しくなる。死んだ体となってどうして町へとは思うが、ずっと山奥に潜んでいるのも精神が参りそうだった。
野兎や鳥の方向を確認しつつ、川があるだろう方向へ歩く。ものの数十歩で目的の場所が見つかった。川のすぐ手前に腰を下ろし、服を濡らさないよう、上着を脱ぎ捨ててから顔を覗かせた。
「顔は……俺だなぁ。うん」
顔色が悪そうな感じがするものの、鏡のように正確な色は分からない。とりあえず自分自身であることを確認してから、顔を洗った。特に爛れた個所は見当たらず、死んですぐなのだろうと仮定した。
そういえば体の方は、そう思って胸元を広げたところで固まった。左胸に、何かで貫かれた傷跡があった。死因は、恐らくこれだ。それは何者かに殺害されたことを示していた。
「殺された? 俺が……誰に、いや、それくらいしか最初から原因はなかった。僵尸に殺される確率は低い、病気でもなかったし」
まだ二十代の若い道士でありながら、百年に一度の天才と評されていた謝思凛が僵尸退治で命を落とすのは考えにくい。しかし、殺される程の殺意を向けられていたとは知る由も無く、しばし呆然とする。
――誰に恨まれていた? 道士連中のやっかみか? それで殺す?
そもそも町の中で道士はいても数人、大人数で仕事に向かうことは少なく、才に恵まれた謝思凛を妬む者がゼロではないにしろ、小さな仕事まで取られるようなこともないので、いくらなんでも殺す動機としては些か弱い気がする。失敗して僵尸を放置し、依頼者に迷惑をかけたこともない。考えれば考える程、首を傾げるばかりだ。
「なんか腹が立ってきた。知らない奴に殺されたの? 俺」
いつの間にか殺され、挙句は山奥で僵尸として目覚める始末。これが魂が抜け出た、怨みで蘇った僵尸だったなら、確実に狂暴僵尸になっただろう。道士の成れの果てが狂暴僵尸など、お笑い種になってしまう。
「うん。町に行く理由が出来た……俺を殺した犯人捕まえてやる!」
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