第32話 フューレアの決意
翌朝、公爵家は天地がひっくり返るほどの大騒ぎになった。
何しろ客人であるフューレアが公爵家の嫡男と同じ寝台で眠りから覚めたのだ。
朝食を終えた後、二人は公爵夫妻の元に呼び出された。
公爵夫妻を目の前にしたフューレアは小さく身じろぎをした。なんだろう、このなんともいえないむず痒い気持ちは。いたずらがバレてしまったときとは違う種類の後ろめたさがある。
昨日の行動に後悔はないのだが、それでも年配者二人を前にすると目を合わせられない。
「おまえはもっと理性的な男だと思っていたよ」
レーヴェン公爵が重たい息を吐きながら口を開いた。
「ギルフォードを責めないで。わたしが彼の部屋に行ってしまったの。メダイユを見つけてくれて。わたしにとって一番に大切な宝物だったの。お母様がくれたものだったから。だから、どうしても彼に会って気持ちを伝えたかったの」
今回のこれはギルフォードだけの責任ではない。むしろフューレアが時間も考えずに彼の元を訪れたのが始まりだった。そして寝落ちをしたのはフューレアの責任だ。
彼はただ寝台を貸してくれただけ。どうやらフューレアはギルフォードの着衣をぎゅっと握って離さなかったようなのだ。乳幼児のような所業にフューレアは起きてすぐに彼に謝った。それはもう盛大に。
「いえ。私の不徳の致すところです。フューは悪くない」
「ギルフォードは悪くないわ。彼の腕の中が心地よくて、眠ってしまったわたしがいけないの!」
それを聞いた大人三人が黙り込み、奇妙な沈黙が生まれた。
「彼女の名誉のために言っておきますが、彼女の身は未だに清いままです」
ギルフォードが付け足すと、レーヴェン公爵は黙り込み、それから背もたれに深く身体を預けた。
「神に誓えるか?」
「もちろん」
レーヴェン公爵親子がぴりぴりとした空気を出している。
確かに結婚前に同じ寝台で眠るのはよろしくなかった。フューレアは後ろめたくてさきほどから少し落ち着きがない。
「フィウアレア様」
レーヴェン公爵に名前を呼ばれた。彼がこの名前を呼ぶのはいつ以来だろうか。
フューレアは慌てて背筋をぴっと伸ばした。
「はい」
「あなた様はこの、ギルフォードで本当によろしいのでしょうか」
フューレアは自分の体に力が入るのを感じた。すっと息を吸って、それからお腹に力を込める。まっすぐにレーヴェン公爵に視線を合わせる。
言いたいこと、言わなければならないことを今伝えなければならない。
「わたしは、ギルフォードと一緒に未来を歩みたい。だから、わたしは自分の歩む未来のためになんだってする」
「では、決断をしたということですね」
「ええ」
フューレアはすっと顎を引いた。
ギルフォードと未来を歩みたい。彼の手を取りたい。
そのためにフューレアは前に進む決意をした。
レーヴェン公爵はゆっくりと頷いた。
「わかりました。では、そのように取り計らいましょう」
「待って。フュー、きみは一体何を決めたんだ」
隣に座るギルフォードが話に割って入った。
そういえば、レーヴェン公爵は彼の口からギルフォードに話すと言っていた。この様子ではフューレアが決断をする今この瞬間までギルフォードには知らされていなかったようだ。
「わたし、名前を取り戻すの」
「なっ……」
ギルフォードが絶句した。
フューレアと己の父とを交互に見やる。
公爵夫人は口をはさむことなく、彼女の夫の隣で成り行きを見守っている。
「フュー、何を考えているんだ。リューベルン連邦の皇帝は何を考えているかわからないんだ」
「でも、きっと悪いようにはならないはずよ。それよりもフィウアレアが行方不明という方が不安要素だもの」
「しかし」
物事はその時によってさまざまに変化をする。そのときは、それが最善だと思っていたことが情勢によって変化する。
「これはフィウアレア様の決められたことだ。ギルフォード、おまえが口をはさむことではない」
「ですが私は彼女の夫です」
「まだ違うだろう」
「今日にでも結婚契約書に署名をするつもりでした」
「まったくおまえは」
呆れかえったレーヴェン公爵が嘆息した。
「わたし、あなたがいてくれるから前に進めるのよ」
フューレアはギルフォードの手にそっと己のそれを重ね合わせた。
彼の熱がじんわりと伝わってくる。
「だから、わたしの隣にいてね。ギルフォード」
フューレアがふわりと微笑み、彼を見つめるとギルフォードはしばしの間黙り込んだ。
やおらゆっくりと瞳を細めて唇の端を持ち上げた。
「私はきみの味方だ」
「大好き。ギルフォード」
あなたが隣にいるからわたしは勇気をもらえる。
前に進もうと思えた。
強さをくれてありがとう。
フューレアは沢山の気持ちを込めて隣に座る愛おしい人に向けて微笑みを返した。
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