第37話 露見!

まだ仄かに明るさの残る紫色の夕暮れ時、繁華街のそこかしこの看板に、ポツリポツリと店の明かりが灯り出す。

そんな時刻、鹿島興業のビルの階段を組の若衆が駆け上がる足音が響いた。

その男は勢いよく事務所のドアを開けて、奥に座る鹿島の元へと平たいダンボールを差し出してきた。


「ご苦労さんです!オヤジ、クリーニングなんて出しましたか。今下でバイク便がこれを親分にって言付かりましたが」

「クリーニング?覚えがねえな。オイ!誰か何か出したか?」


誰も返事はない。

訝しげな顔をして、鹿島は用心深くダンボールに耳を当てた。箱からは何の音も無い。

先日本部に爆弾入りの段ボール箱が届いたばかりで、用心深くなるのも仕方ないことではあった。

箱を閉じているクラフトテープに鹿島の指がかかった時、すかさず箱を持ってきた若衆がそれを制した。


「待って下さい!オヤジ、これは自分が…っ、」


若衆が手を出すよりも早く、鹿島は既に勢いよくテープを剥がしていた。


「おぉぉっ!」


一同が揃ってどよめいた。

そんな中で鹿島はボールペンの先で箱の蓋を恐る恐る開けてみた。蓋を開けた途端に爆発して指がすっ飛んだ組員を知っているからだ。

だが、幸にして箱は危険物という訳ではなく、鹿島はただの箱にびくついた自分が癪に触った。


「なんだ、脅かしやがって!胸糞悪い!」


勢いよく蓋を開けると、中にはドライフラワーの様な赤黒い薔薇の花束と、その下にビニール袋に入った衣類らしき物が畳まれている。一同、肩から力が抜けた。


「んだよっ、驚かせやがって。それ、花屋のプレゼントっすかねえ?」

「さあな…、何でもねえから皆んな散れっ!」


嫌な予感がしているのは鹿島だけだ。散れと言われれば組員は再び自分の居場所に戻って行った。


一人鹿島が箱の中身を取り出し、覆っていたビニールを外すと見覚えがある物が現れた。

撫川が着ていたシャツとズボンだ。

鹿島は黙したまま瞬時に怒髪する自分を感じる。

同封されていた枯れた花束を持ち上げると、渇いた音を立てて花びらと共にひらひらと何か紙切れが落ちて来る。

鹿島はそれを拾い上げて視線を落とした。

すると鹿島の顔がみるみる般若の形相に変わっていき、花束を持つ手が怒りに震え出した。

その花束をにべもなく手の中で握りつぶすと硬く鋭い棘が強か鹿島の手指を傷つけた。


「…っ!!」


普通、薔薇を贈る場合、棘は全て取るのが普通だ。

だがそれは、わざわざ贈った相手を傷つける意図を以って仕組まれていたとしか思えなかった。


バァン!!


鹿島はその花束を勢いよく床に叩きつけると、気持ちの良いくらい花はバラバラに床に散らばった。


「〜〜くっそ!!」


その突然の激昂に組員達が驚いた。


「どうしたんです!オヤジ!」


鹿島は目を剥いて肩で激しく息をしていた。今まで見た事も無いようなその形相に誰もが固まった。


「俺が出掛けて二時間経っても帰ってこなければゴマキのところに知らせに行け!」


そう言って勢いよく出て行こうとする鹿島の後を若衆がついて行こうと立ち上がる。

だが、鹿島は来るなと一喝して猛然と飛び出して行った。

何が起きたのか全く分からずに呆気に取られる組員の所へ、血相を変えた組員が、鹿島と入れ替わりに飛び込んできた。


「おい!何があった!オヤジいま日本刀持って出て行ったぞ!」


ヤクザ事務所が騒然としたのは言うまでも無い。

二時間も待てないとばかりに一人の若衆が慌ただしく引き出しから拳銃を取り出し、さらしを巻いて懐に突っ込み立ち上がった。


「お前らゴマキだ!誰かゴマキに連絡付けろ!」


そう言い置いて、若衆はかっ飛んで外へと出て行った。

いくらヤクザが息巻いたところで、今はこんな状況ではこれ以上、どうにもならなかった。





情夫の命が惜しければ

裏面に書かれた場所まで来い。


一、子分は連れて来ない。

二、警察を連れて来ない。

三、拳銃やドスは持って来ない。

四、探知機、盗聴器、GPSの使用禁止。

五、この紙を燃やす事。


以上!


鹿島が手にした紙切れにはそう書かれてあったのだ。

とうとう、あの写真を送りつけた何者かが動き出したということなのか。

分かっている事は鹿島は何者かに宣戦布告を受けたと言う事だ。

勿論、これは金でも物でも無い。標的は鹿島一人。それは百も承知の上だった。

相手の見当もつかないが、この所横行している刺青連続殺人の事が頭を過ぎる。

まさか自分の背負っている不動明王に白羽の矢を当てたのではあるまいか。

そして撫川はどうなっているのか。

生きているのか死んでいるのか、例えどんな事になっていようと、命を取られようとも鹿島は引き下がる訳にはいかなかった。


鹿島が導かれたのは下町の廃工場だった。入り組んだ路地を抜けた先に、まるで影のように立っている廃工場。

入り口らしき場所にはひとつだけ明かりが灯され、闇を内包した口が鹿島を地獄へと誘い込んでいた。

月はとうに東の空に登っていた。

鹿島は躊躇なく廃工場へと足を踏み入れていた。




一方でその頃、撫川のマンションと花屋のある辺りを警戒しながら歩いているガニ股の男の影があった。後藤だった。


「おかしいな、調べではこの辺りで電波が途絶えたと言う事なんだが?家に携帯を置き忘れてでもいるんじゃないか?ったく、色ボケオヤジめ、情事のもつれとか抜かしたらただじゃおかんぞ!」


ぶつくさ文句を言っていると、何処かで見たような鮮やかな青い車が撫川のマンションに入って来るのが見えた。

暗がりに目をこらすと、マンションの駐車場の一角に止まったその車から、撫川らしき男が降りてくるのが見えた。


「ちっ!いるじゃねえか!どこの坊ちゃんと浮気したんだ?人の気も知らんと、まったく」


続いて運転席から背の高いイケメン風な男が降りて来ると、他に誰もいないのを良い事に、その男が撫川の腰を引き寄せ壁に押し付けるように口付けている。


「けっ!なんだよ、ラブラブじゃねえか。流石の鹿島の親分もこれじゃ撃沈だな」


違う車の影からこっそり覗き見ていた後藤の肩が可笑しそうに揺れ動く。


「先に鍵開けとくから…ゆっくり来て」


そう撫川がその男に言うと、一足先に駐車場のエレベーターへと消えて行った。

男は後部座席から買い物をしたのだろうか、白いビニール袋を二つガサガサと出してきてドアを閉めた。

デバガメの気持ちで後藤が男の顔を見てやろうと目を凝らす。

これまた何処かで見たようなシルエットだった。

後藤は考えるように眉を顰めた。


「青い車…。イケメンの長身…」


一人だけ思い当たる人物が浮かび上がったが、そんなまさかと首を振る。

しかし、その男が明るいエレベータードアの前に立った時、はっきりと後藤の目にその男の顔が飛び込んできた。


「久我…?何で久我が…?」


エレベーターのドアが開き、男が中に入って行く。後藤は思わずその後ろ姿に叫んでいた。


「久我!!おい待てコラ!!」


その怒号はエレベーターに乗り込んだ久我の耳にも届いていた。

ダッシュして来る人物はすぐに後藤だと分かって反射的に後ずさり、久我は「あっ、」と思わず言葉が漏れた。

閉まるドアの隙間から見えた久我の顔が後ろめたさと驚きに引き攣っている。そこへ目掛けて後藤の腕が勢い任せに突っ込まれた。


「きさま!!どう言う事だ?!」





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