第164話 パーティーを抜け出して二人だけのダンスを楽しむアリアとロザリオ

 アリアはパーティーの喧騒から離れようと、ロザリオの手を引いて静かな場所を探して歩いた。バルコニーには人影があったので、奥に進んで娯楽室に向かう。そこでは飴色のランプが灯っており、中央に立派なビリヤード台があった。それでも全体的に薄暗くて、周囲がよく見えない。


 と、アリアが足を止まる。後ろにいたロザリオは、アリアにぶつかりそうになり、ぐっと顔を引いた。とアリアが振り返る。


「やっぱり外に出よ」


 小声で言うとロザリオを押して部屋から退出させる。

 ロザリオは気づいてなかったのだが、部屋には先客がいたのだ。


 本棚に寄りかかり、紳士と淑女がキスしていた。変な汗が出た。パーティーの最中に薄暗い部屋に踏み込むリスクを軽く見ていたらしい。気を鎮めようと深呼吸しながら、開け放ってある両開きの窓から庭園に出る。


 こちらの木陰でもカップルの身体検査が始まっている気配がしたので、恋人たちが好まないだろう湿気た脇道を選んで進んだ。彩る花はなく、日陰の常緑樹に囲まれたひっそりとした場所に出ると、アリアの緊張もやっとほぐれてきた。


(まったく、お盛んすぎやしません?)


 怪しげな仮面パーティーならいざ知らず、今夜の主役は今年社交界デビューする少年少女たちだ。王宮主催の気品ある会場のはずなのに、ちょっとでも薄暗いとつつきあう輩があちこちにいるらしい。


 ロザリオが変なものを目にしてないといいけど、と視線をやると、彼はアリアと目が合うのが嬉しいというように、にっこりと微笑む。ピュアな王子様スマイルに、アリアはとっても癒された。


 しかしロザリオだって周りがロマンチックな花を咲かせている気配くらい気づいていた。そしてアリアがそれを嫌がっているのも読み取っている。


 ロザリオは姉のシャルロッテから恋愛指南と称して、あらゆるませた情報を叩きこまれていたので、知識だけはある。


 今日のパーティーも、シャルロッテによれば、「破廉恥行為をするか、それを覗き見するかの二択だ」と教えられていたので——当然、鵜吞みにはしてないが——ある意味ではアリアより耐性があった。


「ここは静かですね」


 ロザリオが周囲に目をやりながら言った。庭園ではなく建物沿いに裏へ裏へと歩いて来ていたので、心弾ませるような景観はまったくない。月明りと近くの部屋から漏れてくる照明の灯りだけが、ぼんやりと周囲を照らしていた。


 それでも演奏している曲目がわかる程度にはダンスの音楽が耳に届く。かすかだが甲高い笑い声やグラスがぶつかり合う音もしていた。ひっそりとしているが、パーティーの雰囲気ならここでも十分に味わえる。


「あ、この曲」


 アリアは表情を明るくした。聞こえてきたのはゆったりとしたリズムだが、軽やかで若々しいダンス曲だ。


「私、この曲で何度も練習したの」


 アリアはステップを踏んで見せる。くるりと回転するとドレスの裾がふわりと蕾が開くように膨らんで広がる。ダンスの先生が「まるで妖精ね!」と褒めたたえた軽やかなターンだ。ロザリオが手を差し出したので、アリアはちょっと驚きながらその手を取る。するとロザリオも曲に合わせて動き始めた。


「ダンス、上手じゃないの」

「まあ、なんとか」


 本当に最初はなんとかの状態だった。

 シャルロッテの洗礼が強すぎてリズム感が狂う。


 でもアリアが上手だったので、ロザリオも調子を取り戻した。軽く添えていただけの手も、自信とともに力強くなる。しっかりと手を握ると、アリアも笑顔で強く握り返してきて、二人の距離は近くなった。


「さっきのことだけど」

 ロザリオはアリアの手を高く持ち上げた。

 彼女がくるりと回る。

「あれは兄上がそうするように言ったから?」


「何の話?」


 アリアは何のことなのかわからなかった。でもロザリオが眉をきゅっとしかめたのを見て、「ああ」と気づく。


「入場してきたあなたに、丁寧に挨拶したこと?」


 ロザリオは、アリアが自分に向かって頭を下げた行為を、あまり嬉しく思っていないようだ。アリアは、気にしすぎ、と、ぽんと彼の腕を叩く。


「ジュリアス殿下の指示じゃないですよ。自分で勝手にやったの」

「ほんと?」

「うん」


 アリアはロザリオを強く引き寄せると抱きしめるようにして一緒に回った。それから、とん、と突き放すが、再び手は握る。


「みんな、殿下に失礼だったじゃない」

「そう、かな?」


「そうよ」アリアは目をすがめる。「じろじろ見るばっかりで誰も声かけないし。まるで珍獣を見てるみたいだった」


 僕は珍獣だったのか、とロザリオは動揺したが、アリアが貴族たちに怒っているようなので聞き流す。


 アリアがプンプンしているのを見ていると、貴族たちの冷淡な眼差しが気にならなくなってきた。もともと腹は立てていなかったのだが、卑屈になりかけていたのが、アリアのおかげでじんわりと消えていく。


 王宮ではなく辺境地で育ち、寄宿学校に在学している末の王子。後継者争いからは遠く、それでも有力貴族のマルシャン伯爵令嬢と婚約したロザリオ。貴族らの目に、自分はどのように映っただろうか?


 シャルロッテがよく指摘してくるが、黒髪に黄金の瞳。それはジャルディネイラ王族を示す伝統的な特徴だ。その点に目を止めた貴族はどれだけいただろう。


 それでもロザリオは、この瞳の色を苦にしている。父と同じ瞳。それが嫌なのだ。母はこの瞳に恐怖している。だから自分とは目を合わせようとしない。合わせてもすぐにそらす。まるでせっかく忘れてかけていた悪夢を思い出してしまうかのように……。


 それでもアリアはこの瞳をまっすぐに見つけてくれる。ロザリオがコンプレックスにしていると知ると、驚き、私は好きだ、とはっきり言ってくれた。


「私も変わってるでしょ?」


 彼女の瞳は透明感のある薄紅色だ。親族でもこの色は自分だけだと笑う。


「クロヴィスの紅も珍しいですけどね。あそこまで真っ赤なのは驚きだよね」


 マルシャン家は伝統的に赤系の瞳を持つ。それがいろんな赤みで現れる。でも、まったく現れない人もいる。それだけのことだ。面白がるのはいいが苦にする必要はない。


 アリアはロザリオの瞳が好き。

 その事実がロザリオを救っている。彼女が想像するよりも、うんと強く。


 ——曲が終わった。最後の一音が余韻を込めて二人のところまで届く。


 二人はそっと踊っていた足を止めた。指先はまだ繋いでいる。視線はそれぞれ別の方向を見ていたが心は繋がっているような、そんな近しい場所に互いの存在を強く感じていた。


 ふっ、と。どちらともなく視線を合わそうとして……パッと手を放す。

 がさっと音がして、何者かが飛び出してきたからだ。


「よっ、お若いお二人さんっ。ハッピー・デビュー・アニバーサリィを楽しんでますかー?」

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