第162話 姉シャルロッテ王女のダンス力に影響を受けすぎたロザリオの悩み
アリアはダンス嫌いではない。
レッスンの先生からは「あなた、妖精のように踊るわね!」と絶賛されている。それでもホールの中央で婚約者とダンスなんて。注目が集まらない訳がない。
(恥ずかしすぎる……‼)
それにロザリオのあの反応。アリアが踊りたいと言えば、彼の性格なら無理してでも付き合ってくれただろうが、できるなら遠慮したい、とあの顔は訴えていた。
きっと不得手なのだろう。そう思ったアリアだが、実際にはちょっと違う。
辺境地の居城にいる時はレッスンを受けたことがなかったロザリオだが、王城に来たことで習う機会を得ていた。兄のジュリアスから「優雅なリード方法」の手ほどきも受けたし、寄宿学校ではダンスの授業だってあるのだ。
だから恥ずかしくない程度の実力は身につけていた。でも休暇に入り、シャルロッテのダンス相手をするようになって調子が狂った。彼女は自分が不美人だからダンスに誘われないと思っているようなのだが、真実は彼女の独特のダンスリズムにある。
コミュ障の第四王女シャルロッテだったが、十五歳にもなるとあまり引きこもってもいられなくなってしまった。
姉たちが全員嫁いでしまった今、王宮にはシャルロッテと幼い第五王女しか残っていないのだ。となると婚約者も決まっていないシャルロッテは、成り上がりたい貴公子たちの注目の的だし、周囲からもパーティーに出るようせっつかれる。
そんなわけで嫌々ながら参加した最初に舞踏会だったが、そこでは次々とダンスに誘われた。シャルロッテは足がつりそうなほど踊り続け、苦手意識を持っていたのが嘘のように楽しむ。
正直、メガネを外して臨んでいたので、相手が見えにくく、美醜どころか、個人の識別すら怪しかったのだが、声の調子やダンスの際に触れ合う手などの優しい仕草から、シャルロッテはすっかり舞いあがった。
(私、めっちゃモテてるっっ‼)
まあ王女だからね、と言い聞かせる冷静な自分もいたが、十五歳の少女がときめくには十分すぎる時間を貴公子たちは提供した。しかしそんな舞い上がった少女を残して、後日、彼らは引き潮のように去っていったのである。
パーティーに顔を出す回数が増えるごとに、ダンスの誘いは減っていく。愛想よく話しかけてきたかと思えば、そろそろ踊りましょうか、という頃合いで彼らは別のパートナーのもとに逃げていくか、急な腹痛に襲われて控室に撤退していった。
(私、すごく嫌われてるっっ‼)
純情なシャルロッテはすっかり打ちのめされた。パーティーに招待されても断り続け、どうしても避けられない時も青白い顔で参加して、すぐ退席する。
それでも一度味わった高揚感は忘れがたいし、もう二度と殿方とダンスすることはないのね、と思うと悲しい。
ということがあり、ロザリオが休暇に入り顔を見せるようになると、シャルロッテは「ダンスが下手な子はモテないの。だからお姉様が練習につきあってあげるわ」と強引に相手を頼んだ。
そうしてシャルロッテの宮殿だったり、皇太子の図書室だったりで、弟の手をつかんでぐるぐると回って練習する。
ロザリオは上品でおっとりしているがリズム感はあったので、ダンスの相手にはぴったりだった。身長差がありすぎるジュリアスと踊るよりも、うんと楽しい。
だからシャルロッテは、もう少し練習したらロザリオ連れて、再び社交界に挑戦しようと希望を持つようになっていた。
ロザリオを引っ張り回してもアリアは嫌がらないだろう。あの子は顔に似合わず——美人は性格が悪い説を彼女は信奉している——さっぱりした性格だから。シャルロッテはアリアと数回顔を合わせただけだったが、そのたびに印象を良くしていた。
まだ王女に対して遠慮がちに話しかけてくる子だったが、時間をかければうんと仲良くできそうな予感がしている。
「ロジー、次は最新のステップに挑戦してみましょう」
「え、最新?」
シャルロッテは手本を見せた。この前、嫌々出席したパーティーで、ダンスの名手と噂の侯爵が踊っていたものだ。
「わかった? ほら、やってみて」
ロザリオはその最新ステップを知っていた。王都の寄宿学校の生徒こそ、流行に敏感だからだ。でも姉の見せたステップは、不可思議すぎて再現不能だった。
シャルロッテは、赤ちゃんのハイハイよりも足が遅いと豪語するように、運動神経を捨てて生まれてきている。そしてリズム感までも人類とは違う次元でカウントしていた。
貴公子たちがシャルロッテと踊るのを避ける理由。それは彼女と踊っているとまるで船酔いしたように気持ち悪くなり、それを我慢して続けていると本来のリズム感が乱れるだけでなく、回復するまでにもかなりの時間を要するようになるからだ。
ロザリオもシャルロッテの相手をしていると、沼を二足歩行で渡ろうとしている牛になった気分になる。あのリズム感で踊っていると、どうしてだか人類からかけ離れていく底知れぬ不安に襲われるようになるのだ。
彼女のダンスは一種の呪術的な魅力はあるが、平穏に生きたい人間が手を出していい代物ではない。善良な王子ならなおさらである。
それでも姉思いのロザリオは彼女の気が済むまで相手してやり、解放されたあとは、地獄から抜け出たような安堵感を得ていた。
という事情があり、ロザリオはアリアと踊ってみたくてもなかなか勇気が出ない。
自分は人間として二本足で踊れるのか、それとも四足歩行なのに二足歩行に挑んだ牛になるのか。それは踊ってみないとわからないからだ。
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