第29話 股間を晒すという罰

 ゲストハウスの近くに、黄色に塗った板に赤色の文字で、

「警告 ここはトイレではありません。大便や小便をする人は、男女に関係なく、顔・股間の写真・動画映像を永久公開します。」

 と書かれた、とんでもない看板が立てかけられているバラック小屋のようなものがあった。トイレにしても汚い建物だったが、建物同様汚い自動販売機が何台も並べられていた。飲みものだけでなく、動くか怪しいポップコーンの自販機やコンドームの販売機も並んでいて、その中に証明写真を撮る機械があった。信頼できない佇まいだったが、五〇〇円と他の証明写真機よりも安かったので、翌日の面接に持っていく履歴書に貼るための写真をそこで撮った。出来上がった写真は経年劣化したような色合いだったが、出てきただけましだと思うことにした。


 東京という街に住んでいながらも、ゲストハウスのヤツらは大抵、退屈していた。東京の人間が冷たいなんてことは東京を良く知らない人がいうことだ。彼らだって暇していれば、田舎のジジイ、ババアと同じように親切に接してくれる。私はバックパッカーズ・ゲストハウス唯一のバックパッカーとして、暇をつぶせるものを求めている連中から歓迎された。その日は、四階で飯を食っている内に、誰かが酒を持ってきて、何人かで飲んだ。ここでは洗濯機とシャワーは常に順番待ちで、どちらかが空くと、誰かが抜けて、代わりに用を済ましたヤツが加わった。入れ替わり立ち替わりしながら、終電も気にする必要無く深い時間まで飲んだ。


 翌日の面接は、ランチタイム終わりに行われたので、前日にどれだけ飲んでようと楽勝だった。レストランのある新宿西口方面は、アルタや歌舞伎町、ゴールデン街のあるゴチャゴチャした東口方面と違い、高層のオフィスビルが並び、同じ新宿とは思えない街並みだった。何のためにそれだけの高さが必要なのか分からない、地上五十五階建てビルの、地下に店はあった。


 履歴書の写真を切り抜くのを忘れてシートのまま持っていっていたので、面接してもらったレストランでハサミを借りて切り抜いた。面接してくれた店長の表情を見ると、減点評価されたようだが、「カジュアルに本格的なイタリアンを楽しめる」ことを売りにしている店だったので、カジュアルなイタリア人を見習って、それぐらいのことは気にしないでおいて欲しかった。


 勤務開始可能欄に、「即日」と書いていたおかげか、その場で採用が決まり、翌日から勤務ということになった。

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