第39話 センパイの友だち
「もう、センパイのせいで瞳子ちゃんが気を失っちゃったじゃないですか」
瞳子ちゃんはすっかり床に伸び切って、「うぅん……」と悪夢でも見ているかのようにうなされている。
私はひざを折り、瞳子ちゃんの身体をそっと揺すってみた。
ダメだ、ぜんぜん目を覚ます気配がない。
美幽センパイに恨めしい目を向けた。
しかし、美幽センパイはふふん、となぜか微笑んでいた。
「なんですか、その意味ありげな笑みは」
「旭ちゃん。いつのまに『瞳子ちゃん』なんて名前で呼び合う仲になったのかなぁ?」
「べ、別にいいじゃないですか。さっき友だちになったんです」
「よかったね、旭ちゃん」
美幽センパイは目を細め、まるで自分のことのように喜んでいる。
もう、そういう優しい笑顔を見せるの、反則!
しかし、そんな私たちを涼やかな目で見つめている人物が一人。
私は吉乃ちゃんの鋭い視線に気がついてハッとした。
「旭さんはいったいどなたとお話をされているのでしょうか?」
「ち、ちがうの。私、独り言が多くて」
吉乃ちゃんはすべてを見透かしているかのような澄んだ瞳で、いぶかしげに私を見つめる。
けれども、やがて小さく息を吐くと私から視線を外し、床に眠る瞳子ちゃんへと目を下ろした。
「まあ、よいでしょう。それより家庭科室へと急ぎましょう」
吉乃ちゃんは腰を曲げ、ひょい、と自分より大きな瞳子ちゃんの身体を軽々と背負い上げた。
「わっ、吉乃ちゃんって意外と力持ち!」
こうして、吉乃ちゃんと私、美幽センパイの三人は家庭科室の前にやって来た。
そして、扉のわずかなすき間から部屋のなかをのぞきこんだ。
「うふっ、うふふっ♪」
白衣を着た女の子の幽霊が、長い髪をポニーテールにまとめ、鼻歌まじりにお菓子を作っている。遠目からでも分かる、かわいらしい小顔の美少女だった。
でも、いったい、なんのために?
緊張感が一気に高まってくる。
女の子の幽霊の狙いを探るためにも、ここは慎重に様子を見極めたほうがよさそうだ。
……と思っていたら。
「そこまでです!」
なんと、吉乃ちゃんがいきなりがばっ! と家庭科室の扉を開け、電気をつけてしまったではないか!
「ええっ!? 吉乃ちゃん、いきなり扉開けちゃうの!?」
私は目玉が飛び出るくらいびっくりした。
「キャッ!?」
女の子の幽霊も、よほど驚いたらしい。小鳥のさえずりのような可憐な声で短く叫んだ。
美幽センパイが正体を知って目を丸くする。
「花子ちゃん!?」
「あら、美幽じゃない。どうしてここに?」
「それはこっちのセリフよ、花子ちゃん」
どうやら二人は顔なじみのようだ。
「もしかして、センパイのお知り合いですか?」
「うん。あの子が旭ちゃんたちの世界で俗に言う『トイレの花子さん』よ」
「ええ~っ!?」
私はすっとんきょうな声を上げた。
でも、花子さんはたしか駅前に新しくできた進学塾のトイレに引っ越したんじゃなかったっけ?
なんでも最新型の脱臭機能付きシャワートイレが気に入ったとかで。
美幽センパイも私と同じ疑問を抱いたらしい。花子さんに問いかける。
「花子ちゃん。今日はどうしたの?」
「うふっ。実は、塾に素敵な男の子がいてね。私、その人にどうしてもプレゼントをしたくて、この場所を借りてクッキーを焼いていたの。トイレの形をしたクッキーを渡したら、彼は私に気づいてくれるかしら?」
「むしろいやがらせだと思われるんじゃ……」
そう言えば、美幽センパイが前に教えてくれたっけ。
花子さんが「イケメンの受験生を見つけた♪」とSNSではしゃいでいたって。
美幽センパイは微苦笑を浮かべ、花子さんにたしかめる。
「つまり、花子ちゃんはその男の子に恋しちゃったのね」
「ヤダ、言わないで、恥ずかしぃ。……でも私、本気なの。今度こそ結ばれたいの。この思いだけはどうしても水に流せないの」
「トイレだけに?」
美幽センパイが苦笑する。私は思わずぷっと吹き出した。
花子さんは夢見がちな少女のようなうっとりとした笑みを浮かべ、赤らんだ頬に両手を当てている。
きれいな瞳にはハートのマークが浮かび上がっていた。
美幽センパイは恥じらう花子さんを軽くたしなめた。
「でも、家庭科室を借りるのなら、後でちゃんと片づけないと。ここの生徒が迷惑しているわ」
「ごめんなさい。私、恋をするとつい周りが見えなくなっちゃうから」
花子さんが反省したようにしゅんとうなだれる。
「ところで花子ちゃん、その白衣は?」
「彼、理系志望でね。彼の横顔をじぃ~っと見つめながら授業を聞いていたら、案外面白くて。私も彼と一緒に理系の大学に行くことにしたの」
「行ってどうするの?」
「理想のトイレを作るわ。うふっ、一度座ったら最後、便座からずぅ~とお尻が離れなくなるトイレなんてどうかしら? これなら彼も一生トイレにいられるでしょう。うふふふふっ」
「怖いからやめようね」
花子さんはトイレで彼と一緒に過ごす未来に酔いしれているのか、目を細めて怪しい笑みを深めている。
「なるほど、そういうことでしたか」
ふいに、淡々とした声が耳を打った。
声の主は吉乃ちゃんだった。
吉乃ちゃんは背負っていた瞳子ちゃんを机に下ろし、涼やかな目でまっすぐ花子さんを見すえていた。
「吉乃ちゃん、やっぱり……」
私はようやく確信した――吉乃ちゃんにも幽霊二人の会話が聞こえ、姿がはっきり見えていることを。
花子さんは小首をかしげ、ぽつりとたずねた。
「あら? アンタは狐の子」
花子さんの言葉に、いつもは表情の変化にとぼしい吉乃ちゃんが、ぴくりと眉を動かした。そして、観念したように声をもらした。
「ばれてしまっては仕方がありませんね」
ぽんっ! という音とともに、吉乃ちゃんが白い煙に包まれる。
「吉乃ちゃん、その格好は!?」
もう何度目だろう。煙の中から現れた吉乃ちゃんの変わりようを目の当たりにし、私はまたしても驚きの声を上げてしまった。
吉乃ちゃんの頭には白い狐の耳が生え、お尻には大きな尻尾が揺れていた。
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