第35話 センパイ、そんな作戦でうまくいきますかね

 学校が終わると、私は美幽センパイとひとまず家に帰り、制服を脱ぎ捨てた。


「旭ちゃん。夜にまた学校に行くんでしょう? 大変ね」

「まったくです」


 私はパーカーとジーンズに着がえ、リビングへとやって来る。

 そして、いつものように美幽センパイと並んでソファに腰を下ろした。


「もう、センパイは今朝どこにいらしたんですか?」

「ごめんごめん。夜まで調べものをしていたから、起きるのが遅くなっちゃって」

「なにを調べていらっしゃるのかは分かりませんけど、センパイがいなくてほんとうに心細かったんですからね」


 六条さんたちにつめ寄られた朝を思い出すと、今でもゾッとする。

 私はソファに深く背をあずけ、すねたように唇をとがらせた。


「それにしても、吉乃ちゃんはなんで急にあんなことを言い出したんだろ? そりゃ、助けてくれて感謝はしていますけど」


 私には、救いの手を差し伸べてくれた吉乃ちゃんが神様みたいに神々しく輝いて見えた。

 けれども、夜の学校に幽霊がいるかどうかを見て回るだなんて。


 わざわざそんなことしなくたって幽霊ならいるよ。今も私のとなりにね♪

 ……って、軽い調子で打ち明けられたらどんなに気が楽だろう。

 

「吉乃ちゃんはよほど幽霊の存在を信じているのね。なにか根拠があるのかしら?」


 美幽センパイが不思議そうに首をかしげる。


「吉乃ちゃん、オカルトに興味津々で、うわさや迷信をすぐ信じちゃうみたいなんです。幽霊がいるとか、狐に化かされるとか」

「狐ねぇ」

「変わっていますよね、吉乃ちゃんって」


 吉乃ちゃんは揺るぎない自分の世界を持っている。

 その世界は何人たりともけっして侵すことができず、あのクラスの女王様、六条さんをもってしても容易には太刀打ちできないのだ。

 私も吉乃ちゃんのあの鋼のようなメンタルを少しは見ならいたい。


 美幽センパイは膝に広げていたファッション雑誌をぱたん、と閉じた。


「とにかく、瞳子ちゃんが家庭科室を荒らした犯人を旭ちゃんだと思いこんでいることが一番の問題よね」

「ですね」


 私はため息交じりに目を閉じた。

 こうしてソファに身を投げ出したまま、なにもかも忘れてぐっすりと深い眠りについてしまいたい。


「旭ちゃん。私にいい考えがあるわ」

「いい考え?」


 私は気だるげに片目を開き、美幽センパイの顔を見やる。

 美幽センパイは明るい笑みを浮かべ、うなずいた。


「だったら、ほんとうに幽霊のせいにしちゃえばいいのよ」

「どういうことですか?」

「だから、旭ちゃんのせいじゃなくて、幽霊が犯人だって瞳子ちゃんに思いこませるの。そうすれば、瞳子ちゃんの目は旭ちゃんに向かなくなるでしょう?」

「理屈は分かりますけど、どうやって?」

「私が瞳子ちゃんの前に出るわ。そうすれば、さすがの瞳子ちゃんだって幽霊の存在を信じるでしょ」

「でも、六条さんには美幽センパイの姿は見えませんよ?」

「そうねぇ……」


 美幽センパイはあごに細い指をそえ、考えをめぐらせる。


「じゃあ、こういうのはどうかしら? 旭ちゃんが瞳子ちゃんを理科室に連れてくる。そうしたら、私が人体模型を動かして瞳子ちゃんの前に躍り出るの。それなら、瞳子ちゃんだってさすがに幽霊の存在を信じるんじゃないかしら」

「なんだか学校の怪談のお約束って気がするなぁ」

「旭ちゃん、こういうのは分かりやすいのが一番よ。というわけで、旭ちゃんは瞳子ちゃんを理科室まで連れて来てね。私、人体模型と一緒に待ってるから」


 美幽センパイは自分が立てた作戦によほど自信があるのか、にこやかな笑みを浮かべて親指を立ててみせる。


「ほんとうに上手くいくのかなぁ」


 私は半信半疑ながら、美幽センパイの作戦に乗っかることにした。

 六条さんには申し訳ない気もするけど、ずっとこのまま私が犯人だと思いこまれるわけにもいかないよね。

 ここは美幽センパイに甘えて、六条さんには人体模型に驚いてもらおう。


「でもセンパイ。それだと、家庭科室を荒らした犯人がセンパイってことになりません?」


 六条さんに幽霊の存在を信じこませるのはいい。だって、幽霊はほんとうにいるんだもの。

 でも、美幽センパイが犯人だと思われるのは面白くない。

 私は複雑な胸のうちを素直に告げた。


「私、美幽センパイのことが好きだから。センパイが疑われちゃうのはすごく悲しいです」


 美幽センパイは一人ぼっちの私をずっと支えてくれる、最高の友だちだ。

 そんな大切な友だちが犯してもいない罪をかぶるなんて、私には耐えられない。


「旭ちゃん……」


 美幽センパイのきれいな瞳がうるうると湿り出す。

 そして、美幽センパイはソファに深く座っていた私にいきなり抱きついてきた。


「ありがとう。大好きよ、旭ちゃん!」

「わぷっ! センパイ、冷たっ!? 離れてくださ~い!」


 美幽センパイは凍える私にかまわず、小さな身体を抱きしめる腕にさらに力をこめてくる。


「私を気づかってくれて嬉しいわ。でも、今は旭ちゃんが疑われないことが一番だから。真犯人は後で一緒に探しましょう」


 私はぞくっと身を震わせながら、カクカクと何度も首を縦にふったのだった。




 こうして、夜八時。

 私たちはついに正門前に集合した。

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