第23話 いい湯だな

 ――人生で一番長かった夏休みもとうとう最終日の朝を迎えた。

「おはようセイくん! もう起きて――ってうわ!」

 イオちゃんが目ん玉クマだらけ、顔色真っ青の幽鬼のような僕を見て驚愕の声を上げた。

「どうしたのその顔!」

「イケメンすぎるってこと?」

「そーじゃなくて!」

「いやちょっと一睡もしてなくて」

 イオちゃんは呆れたように自分のオデコをペチっと叩いた。

「小説の締め切りが今日の正午でさ。寝たら間に合わないと思って。今ちょうどネットで提出したよ」

「そっか」

 イオちゃんは優しく微笑んで僕のぼさぼさになった頭を撫でた。出ましたお姉さんぶるやつ。

「今度こそはね。本当に自信作なんだ。僕なりに自分を見つめなおして今までとはまったく違うものを書いたつもり」

「そっか! 私にも読ませてね」

「もちろん。たぶん高校最後の投稿になると思うから。受かるといいな」

 イオちゃんは彼女の一番の長所である太陽のような笑顔でグッと親指を立てた。

「私は夏期講習行くからさ。ゆっくり休んでね。朝ごはん用意してあるからー」

 ポンポン! と僕の頭を叩くと部屋を出ていった。

 連日の徹夜ですさみきった心が暖かくなる。

 僕は机の上のスマートホンを握りしめるとベッドに倒れこんだ。

(やっぱり返信は来ていない)

 あの遊園地での事件以来、ドクター・ヘルとはいっさい連絡が取れない状態だ。

 マシンガンさんやグロテスクちゃんとはちょいちょいラインや電話をしているが、彼女たちも全く連絡が取れていない状態であるという。むろんライブなどの活動も一切できていない。

 ZAZENたちはあの事件によりまたネット上で騒がれてはいたが、むしろ逆手にとって知名度を上げ活発に活動をしているようだ。

 僕は大きくため息をつきながらSNSを開いた。

 しばらく小説の作業で見られていなかったのでリプライやダイレクトメッセージが大量に溜まっている。

 せめてダイレクトメッセージぐらいは返さないといかんと思ってメッセージを開くと――

「は――? なにこれ」

 思わずそのように声に出してしまう。

 とんでもないヤツからメッセージが来ていたからだ。

「――寝てる場合じゃねえ!」

 Tシャツとジーンズに着替えて階段をすごい勢いで降りる。

 台所には大量のバナナとホットプレートが置かれていた。



 そしてそれからおよそ三時間後。

「いい湯だな……」

 僕は露店風呂に入っていた。

 場所は小田急線の鶴巻温泉駅のすぐ近くの温泉宿。

 観光地というよりどちらかというと湯治で知られる温泉である。

 あまり高校生が自分の意志で行くようなところではないと言えるだろう。

 平日ということもあって他の入浴客はおらず貸し切り状態だ。

「そういえば熱海では温泉入れなかったからラッキーだったかも! バババババン! いいお湯だな!」

 僕がやけくそででっかい独り言を言っていると――。

「なにがラッキーなんですか??」

「うおおおおおおおおお!?!?」

 目の前に半裸の女性が現れた。それも二人。小さな白いタオルと風呂桶でかろうじて前を隠しているだけで、半裸の中でもかなり全裸に近い服装と言っていい。

 二人はタオルを投げ捨てると僕の両サイドを固めるように温泉に浸かった。

 温泉が白く濁っていなければ丸出しになっているところである。

 右隣に座ったのは長い黒髪をおかっぱにした一見して大和撫子な女性だ。全体的にムチムチとして肉付きがよくぷっくりと膨らんだほっぺたが可愛らしい。白く濁った水面に浮いた二つの物体もとても魅力的である。

 もうひとりは彼女とは対照的な赤い髪を短くしたスレンダーな女性だ。よく整った顔立ちの美人であるといえるが眉間に恐ろしいほどに皺を寄せている。

「わざわざご足労ありがとうございます」

 黒髪の少女がぺこりと頭を下げた。

「な、なに考えてるんですか! こんなところに呼び出して!」

「だって私たちここに住んでるんですもん。ねえアヒトさん」

「是。というか来るほうも来るほうだ」

 まァいまさら説明の必要もないだろうが僕をダイレクトメールにて電車で二時間もかかる鶴巻温泉まで呼び出したのは、ZAZENの二人だ。

「よくよくお人よしですねぇ。そんなんでまともな人生を送れているんですか?」

 そりゃあ僕だって全く知らない人にそんな遠いところに呼び出されても無視するが、この場合それはできなかった。あとが怖いというのもあるが、どうしても今の状態にモヤモヤしており情報収集をしたかったからだ。

「まあいいやとにかく会えてうれしいです。ふふふふふふふふふッッッッ!」

 そういって腕に抱きついてくる。

 本来ものすごくうれしいシチュエーションのはずなのに心を恐怖感だけが支配していた。

「御用はなんでしょうか……」

「いっしょに温泉に入りたくて」

「………………」

 ちなみに僕がわざわざ素っ裸になって温泉に浸かっていたのも、ダイレクトメッセージでそうするように指示を受けたからだ。そこまで従ってしまう自分の将来が客観的に見て心配だ。

「冗談です♪」

 愁子さんは風呂桶から一枚の紙片を取り出した。

「これはあなたたちの差し金なのでしょう?」

「これって?」

「またー。とぼけ腐っていらっしゃるんですね? ブチ殺して差し上げますわよ?」

 取り出した紙片を僕の顔面に貼り付けてきた。

 しわしわになってしまった紙片には『出演のご依頼』などと書かれていた。

「こちらはガソミソガールズのみなさまからわたくしたちへの挑戦状に該当しますよね?」

「第八十四回馬込青春高校文化祭ステージご出演のご依頼!?」

 ぶったまげて危うく温泉の中に落としそうになる。

 曰く『本学OGであられ、目覚ましいご活躍をされるZAZENのお二人に是非ともご出演いただきたく――』。なんだかよくわからないがとりあえず彼女たちがウチの高校のOGというウワサは本当であるということだけはわかった。

「あらー演技がお上手ですねえ。驚いたフリですか?」

「ち、違うよ本当に知らなくて!」

「へえ。私平気でウソをつく男性はきゃんのおたまを切り落とすって決めてますの」

 すると、アヒトさんが助け船を出してくれる。

「そいつの言うことは本当かもしれない。調査によるとガソミソガールズのメンバーのマシンガンは馬込青春高校の生徒会長にあたる。ヤツの独断で私たちに宣戦布告してきたのかもしれない」

 なるほどマシンガンさんならやりそうなことだ。問い詰めたら「てへっ♪」などと言って舌を出すところが容易に想像できる。――が。

「どうやってそんなこと調べたんですか?」

「ククク『内通者』がいるのだ」

 不穏な言葉だ。まァOGなのだから教師あたりとつながっていても不思議ではないが。

「ともかく。こちらの挑戦状、ご受託させていただきますわ♪」

 あまりの急展開にちょっとついていけないが。いずれはこうなる運命だったのかもしれない。

 どこかで納得し安心し、なんだったらマシンガンさんの行動に感謝している自分がいた。

「わ、わかりました」

「では文化祭当日に勝負ということで。確かあそこの文化祭にはステージ演目の最優秀賞を決める投票があったはずなので、その結果に勝敗を決するという形でよろしいでしょうか?」

 ああして衝突してしまった以上、対決は避けることができないのだろう。

「それで賭けるものなのですが――」

 ヘルにとってもそのほうがいいのかもしれない。問題は一切連絡が取れないことだが――

「わたくしが負けたら銀行預金全額と持っている不動産のすべてを差し上げますわ!」

「ええええええっ!?」

「不足はないですか?」

「安心しろ。愁子殿はケンカして勘当されたとはいえ、あの鉄風家のご令嬢だ。財産すべて合わせて十億はくだらない」

 いやそういう問題でもない。

「で、そちらに賭けてもらいたいものなんですけど――」

 そう! それが問題だ。

「賭けてもらうのはアナタ自身ですわ!」

「ぼ、僕自身って?」

「あなたのカラダそのものというか生殺与奪というか貞操というかとにかく全てですわ!」

「そ、そんなものもらってなんの意味があるんですか?」

「だって私はあなたを愛していますから」

 温泉の熱の影響もあるのかもしれないが、愁子さんの顔はリンゴみたいに真っ赤になっていた。

「な、なぜぇ……?」

「それはあなた! だってあんな風に情熱的に犯されたの初めてですもの! キャーー! 恥ずかしい!」

「ハァァァァァ????」

「とぼけないでください! あの遊園地で! もしアタマを打って気絶していなければ私を犯すつもりだったのでしょう? 何百人もの観客の前で! きいいいいいいやあああああ!」

 興奮のあまりなのか彼女はおしり丸出しで立ち上がり、湯舟にダイブした。

「そうだわたくしが勝ったならば日本橋歌謡ホールで犯していただきまひょ! そんなことをやった人間は誰もいない! 芸術的すぎる! これぞまさにアート! こんどこそわたくしたちはアーティストであると認められるはず!」

 ――頭痛。ストレスで頭が痛くなることって本当にあるんだな。

「で。アヒトさんも欲しいものがあるんですよね」

 アヒトさんは腕を組みながらうむと頷いた。

「あの山口イオという娘を貰おうか」

「WHAT……?」

「あの娘は非常にめんこい。好きになった」

「もーほんとにアヒトさんはロリコンのムッツリスケベなんだからー。また週刊誌に書かれないように気をつけてくださいよ?」

 ……今度は胃まで痛くなってきやがった。

「用事は以上ですわ。楽しみにしております♪」

 そういって僕の頬に口をつけた。さっきまで犯されたいとかなんとか言っていた娘とは思えないくらい優しい口づけだった。

「ではまたお会いしましょう」

「わたしたちはここにいる。会いたくなったのなら来い。そっちの連絡先も教えろ」


 ――帰り際。アヒトさんからメールが来た。


 わざわざ来てくれてありがとうー(^_-)-☆

 お互い裸だったからちょっとドキドキしちゃったネー(/ω\)

 愁子changがいろいろ変なこと言ってごめんね(^^ゞ

 あんなこと言ってたけどエッチな漫画の読みすぎなだけでド処女だから安心してね(^^♪

 いろいろとムリ言っちゃったけど、約束したからには守ってほしいな(*^-^*)

 イオちゃんによろしくゥ(●´ω`●)


 ――心臓が。心臓が痛い。

 僕はマシンガンさんに電話をかけてみた。

「もしもしー?」

「マシンガンさん。あなたやりましたね」

「なにを?」

「招待状ですよ」

「あ、うんヤッタ♪」

「ですよね。今日ザゼンの二人から僕に連絡がありましてね」

「ふんふん」

「正式に挑戦が受理されました」

「そう。よかったねー」

「よくないです。僕、負けたら日本橋歌謡ホールで痴態をさらさなくてはいけないんですよ」

「あらま」

「あらまでもないです」

「でも勝てばいいんでしょう?」

「それはそうですけど。ドクター・ヘルが捕まらないじゃないですか」

「愛ちゃんなら大丈夫だよ。明日学校来るって」

「そうですか。それはよかったですけど……」

「大丈夫。絶対勝つよ。ねえグロちゃん」

「あ、一緒にいるんですね」

「モンちゃんXくんも来る?」

「今日はいいや……もう疲れたよ」

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