ジャックとミリア

 一体何十メートル飛ばされたのだろうか。

 触手に貫かれたまま軽々と放り投げられたジャックは遥か遠くの地面へ叩きつけられた。


「ちっ!」


 ミリアは舌打ちすると一旦敵から距離を取ろうとする。作戦が失敗した。これ以上触手を斬り続けても無意味だろう。

 その時、隠れていたはずの回復担当、ゲリーが岩影から飛び出して来た。彼はジャックが飛ばされた方を向いている。どうやら負傷したジャックを回復しようとしているらしい。


「ちょっと待って! 今勝手に動いたら――」


 ミリアが慌てて彼を止めようとするが、手遅れだった。

 クラーケンドラゴンの触手が鞭のように振られ、ゲリーに直撃した。

 彼の体は物凄い勢いで吹っ飛び、道脇の岩壁に激突した。

 ミリアは急いで彼の元に駆け寄ったが、既にゲリーは口から泡と血を吐いて失神していた。何度声をかけても意識が戻る気配はない。

 回復役を失ってしまった。ジャックの失敗から始まりドミノ倒しのように次々作戦が崩壊していく。


 すぐ近くまで敵が接近している。このままでは動けないゲリーやジャックはやられてしまう。ミリアは迅速に決断をしなければならなかった。


(依頼は失敗。プランBに移るしかない)


 彼女は狼狽しているハナに声をかけた。


「ハナ! 奴に遠距離攻撃を当て続けて! ジャックが破壊した角の傷口なら少しは効果があると思う! 奴を逆方向に誘導して、ゲリーとジャックから引き離すの!」

「わっ、わかった!」


 ハナは魔法攻撃を敵の顔面に撃ち込み始める。

 敵が大きく咆哮をあげた。

 クラーケンドラゴンの視線はハナを捉えている。どうやら注意を引くのは成功したようだ。

 その隙にミリアはジャックの元へ駆け寄って行った。


「ジャック、ジャック!」

「うぅ……」


 ジャックは辛うじて意識はあるようだ。だが、彼の脇腹からドクドクと流れる血が傷の深さを物語っていた。


(この傷……ゲリーの回復も使えないし、ジャックはもう……)


 ミリアはハナの方を振り返る。クラーケンドラゴンは既に自分達に背を向けていた。

 敵の誘導は順調に進んでいるようだ。


「ミリア! ジャ、ジャック!?」


 突然、聞き覚えのある声がかけられた。

 振り向くと、ウォリー達がこちらに駆け寄って来ている。


「ウォリー、どうして……?」

「担当された村の住人の避難が終わったからミリア達の様子を見に来たんだ。それよりジャック……酷い怪我だ!」

「ウォ……ウォリー……」


 ジャックはウォリーに気付き、すがるような視線を彼に向けた。


「た、頼む……回復を……」


 彼は口を震わしながら声を絞り出した。


「ああ! 今回復するから!」


 ウォリーがジャックに触れようとする。しかし、ミリアが彼の前に立ちはだかりそれを制止した。


「ウォリー、駄目。君が回復する必要はない」

「え!? でもこのままじゃジャックが……」


 彼女の意外な行動にウォリーは困惑する。


「大丈夫、彼は私が治すから。こんな事もあろうかと特殊なポーションをひとつ持って来たんだ。通常の何十倍もの値段がする高級ポーションだよ、これなら彼の傷も十分治せる」

「でも、そんな貴重な物を消費するくらいなら僕の魔法の方が……」

「ウォリー、分かって欲しい。これは私達パーティ内の問題なんだよ。君はもうレビヤタンじゃない。パーティ内の責任は出来る限りパーティ内で済ませたいの。別パーティの君の手を借りるわけにはいかない」

「ミリアのポーションで、本当に治せるんだね?」


 ウォリーは不安そうにミリアとジャックを交互に見る。そんな彼に、ミリアは強い眼差しを返した。


「ええ、それに君達には別にやるべき事がある。あいつの討伐は失敗した。これよりプランB、クラーケンドラゴンの撃退に移行する。今ハナが誘導してるけど長くは持たないと思う。彼女をサポートしてあげて。それから、そっちのパーティのうち誰かは周辺の冒険者に加勢を頼みに行って欲しい」

「わかった。ジャックの事、よろしくね」


 ウォリーはそう言うとダーシャ達に指示を送った。

 遠距離攻撃と防御が出来るダーシャとリリがハナの応援に向かい、ウォリーは周囲の冒険者を呼ぶために駆け出して行った。

 遠くに去っていくウォリーを、ミリアはじっと見つめていた。

 すると足元でか細い声が出てくる。


「ミリア……な、何してる……はやくポーションを……」


 ジャックが言った途端、ミリアの目が冷たく変わる。


「ポーション? そんなもの無いけど?」


 ジャックが目を見開いた。


「だ、だが……さっき……」

「ああ、私の勘違いだったわ。ごめーんね〜」


 ミリアの言葉を聞き、ジャックが地面でもがき始める。


「なっ……ウォリー……っ……回復をっ……」


 苦しみながら必死で声を出す彼を見下ろし、ミリアは鼻で笑った。


「あーあー、君にはプライドってものが無いのかねぇ?ウォリーが瀕死の冒険者を助けようとする度に怒鳴りつけたのはどこのどいつだったか。いざ自分がピンチになったらこのザマか?」

「ミ、ミリア……貴様……」


 ミリアは笑みを浮かべて視線を上にやった。


「えーと、何だっけ? 君は前に素晴らしい名言を言ったよね、たしか……そうそう、”モンスターに負けて死んだところで、それはそいつの責任だ。助ける事も間違いじゃねえが、助けない事だって間違いじゃねえ!”ってね。最後までその信念を貫いてみなよ」

「や……嫌だ……死にたく……ないっ、ウォリー……助けてくれ……ウォリーっ」


 声を出す事も苦しい程弱っているジャックだったが、それでも必死で声を出した。すがるように何度もウォリーの名を呼び続ける。しかし、既にウォリーは彼の声の届かない所まで離れていた。


「ウォリー……たす……けて……ウォ……」


 やがて体力が尽き、声を出す力も無くなっていく。

 ジャックが最後に見た光景は、自分に冷たい視線を注ぐミリアの姿だった。

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