プリンセス・ダーシャ

「いい? 食べちゃダメだ。臭いを嗅ぐんだよ」


 ウォリーは言い聞かせてもう一度おにぎりを差し出した。犬は今度は言われた通りクンクンと鼻を動かす。


「僕達以外にもう1人ここに居たんだよ。この臭いからその人を追跡して欲しいんだ」


 ウォリーが言うと、犬は周囲の地面に鼻を這わせて行った。


「わぁ、本当に言う事聞いてます! ウォリーさんの言葉が解るんですね」


 リリが羨ましそうに犬を目で追っている。


 ある所で犬の耳がピンと立つと、ウォリー達の方を振り返り「ワンッ」と一回吠えた。そしてすぐに速足で茂みの中へ向かっていく。


「臭いを見つけたみたい! ついていこう」


 どんどんと進んでいく犬にウォリー達も続く。犬の足が速すぎてたまに見失いそうになるが、その度に犬は立ち止まって待っていてくれた。

 しばらく進んでいくと広い空間に出た。犬はその中心あたりで止まり、地面をガリガリと掘り始める。


「まさか……この下にダーシャがいるの?」


 もしかして殺されて埋められているんじゃないかという考えがよぎり、2人の顔は一気に青ざめた。


 ウォリーは恐る恐る剣を抜いて、犬が示した地面に切っ先を当てた。カツンとした音が鳴る。

 見た目は土の地面だが、剣を通じてウォリーの手に伝わった感触は金属のものだった。

 ウォリーは地面をペタペタと触ってみると、冷たい感触がそこにあった。


「これ、幻影魔法だよ。鉄の板……いや、取っ手がある。扉だよ!扉を魔法で土の見た目に変えて隠している」

「じゃあ、ダーシャさんはこの下に?」

「ぐぐ……駄目だ、引っ張ってみたけど鍵がかかっているみたいだ」


 ウォリーは鞄から針金を取り出し、盗賊マンを発動させて鍵穴に差し込んだ。カチャカチャと手を動かし続けていると、やがて解錠された音が鳴る。

 もう一度取っ手を引っ張ると、重量感のある音と共に扉が持ち上がった。先程まで土のような見た目だったものがいつのまにか鉄の扉に変わっている。どうやら開くと自動で幻影魔法は解除されるようだ。


「ウォリーさんってそんな技術も持ってたんですか!?」


 目の前でいとも簡単に鍵を開けてしまったウォリーを見て、リリが驚きの声をあげる。


「これもスキルなんだ。元泥棒とかじゃないからね……」

「回復魔法が使えて、テイマースキルと盗賊スキルも持ってて、おまけに近接戦闘も得意とか、ウォリーさんって一体何者なんですかぁ!?」


 リリはパニック状態の様だが今はダーシャの救出が優先だ。ウォリーは扉を開いた先、暗い地下へ続く梯子に足をかけた。

 ゆっくりと警戒しながらウォリーは下へと降りていく。リリもそれに続き梯子を降りる。

 リリの身体が地面に沈んでいき、首から上だけが扉から外に出た状態まで下がった時、こっちをじっと見つめる犬と目が合った。


「案内してくれてありがとう。君はここで待ってね。必ず戻ってくるから」


 リリは犬へ笑顔を飛ばすと、暗闇の中へ沈んでいった。


 地下に降りると狭い通路が伸びていた。敵を警戒しながら慎重に進んで行くと、鉄格子の扉にぶつかった。

 鍵はかかっていない。扉を開けて中に入ると、広く何も無い部屋に出た。その奥にはもう一つ大きめの鉄格子の扉が確認できた。


ガシャン!


 ウォリー達が部屋の中央まで進んだ時、自分達が開けて入って来た方の扉が勝手に動き出し閉められた。


「ウォリーさん! 鍵がかかってます!! 出られません!」


 リリが慌てて戻って扉を揺らすが、びくともしない。


「はははは!この場所に気付くとはなかなかやるなぁ!」


 突然男の声が部屋に響いた。ウォリーの正面、大きめの鉄格子の扉を挟んだ奥に白衣の男が立っている。


「僕達の仲間を攫ったのはお前か!」


 ウォリーは剣を構え男を睨みつけた。男は薄暗い中で不気味に笑っている。


「丁度いい所に来てくれた! 君達には僕の新しい子供の相手をしてもらうよ!」


 男はそう言って暗闇の奥に姿を消すが、それと入れ替わる形で巨大な影が姿を現した。

 それからすぐ、その巨影の目の前の鉄格子が開かれる。


「なっ……!?」

「これって……」


 扉の奥からウォリー達の居る部屋に入り込んで来た物体を見て2人は固まった。

 彼らの目の前にはダーシャが居た。だが、その姿は彼らが知っているダーシャとは明らかに別物だった。


 上半身はダーシャだが、下半身は蟹だった。

 彼女の足があるべき部分にピンク色の甲羅に包まれた脚が8本生えている。

 そして彼女の両腕には蟹のハサミと思われるものが生えている。

 更にその全身には宝石が散りばめられて装飾されていた。


「なんだこれは……ダーシャなのか!?」


 ガシャンと音がしてそのダーシャの様な生物の背後の扉が閉じられた。


「ほうほう。あのモルモットの名前はダーシャと言うのか。よし決めたぞ!君の名前はプリンセス・ダーシャだ!」


 男の声が部屋中に響いた。


「行け!プリンセス・ダーシャ!そいつらを叩きのめせ!」


 男がそう言うと同時に、その怪物はウォリー達に向かってハサミを振り下ろしてきた。

 ウォリーは剣でそれをガードする。が、攻撃の威力が強すぎて後ろによろけそうになってしまった。


「くぅっ」


 間髪入れず怪物はハサミの攻撃を次々と繰り出してくる。ウォリーは必死でガードするが、反撃はしない。


(もしこの敵がダーシャだとしたら、攻撃する訳にはいかない……)


「ははは!! いいぞ! 流石の強さだ!」


 そうしている間にも男は笑い続けている。


「あなた何なの!? ダーシャさんに何をしたの!?」


 リリが大声で叫んだ。

 少しの沈黙の後、再び男が口を開いた。


「いいだろう。教えてあげよう」


 男の顔は見えない。だが明らかに笑みを浮かべているだろうという事が、その声色から伝わった。


「私は幼い頃から生き物を弄るのが好きだった。生き物を捕まえては、こっそり解剖をしていた。そんなある日、私は神から授かりものを受けたのだ!」


 男の声がだんだん興奮気味になっていく。


「私はユニークスキルを覚醒させた! 私のスキル『キメラ』は、生物と生物を融合させ新しい生物を創り出す事が出来るのだ!」


 ウォリーはハサミの攻撃を防ぎ続けながら、悪い予想が的中してしまったと感じた。男の話が本当なら、目の前に居るのはスキルによって姿を変えられたダーシャ本人だ。


「私が融合した生物は私の命令通りに動かすことができる! 初めは動物同士でやっていたが、そのうちモンスター同士でやるようになった。さらに私の好奇心はどんどん膨れて行き、そのうち人間とモンスターを掛け合わせたいという欲求に駆られるようになったのだ!」

「それで冒険者達を誘拐してこんな事を……」


 ウォリーの目に怒りが込められる。しかし今の彼は防戦一方だった。目の前に居るのがダーシャである以上、攻撃する事は出来ない。


「ウォリーさん! ウォリーさんのスキルで鍵を開けてここから脱出しましょう!」


 リリが声をかけるが、ウォリーの表情は険しい。


「鍵を開けるには30秒程時間がかかる。この攻撃を避けながらそれをやるのは、かなり厳しい!」


 ウォリーが後ろへ跳んで敵から距離を置くと、ダーシャの姿の怪物は両手のハサミをがっぽりと開いた。

 そのハサミの内部から黒と青が混ざった炎が吹き上がる。


「あれは……ダーシャの黒炎!」


 リリは遠距離攻撃を予想してウォリーの前に防壁を張った。だが、ウォリーは嫌な予感がしてそこに留まらず横へ跳んだ。

 その直後、ハサミから一直線に極太のレーザーが発射された。

 リリが張った防壁は一瞬で砕け散り、先程までウォリーが立っていた場所にレーザーが直撃した。


「私の防壁が一撃で!?」

「熱っ!」


 ギリギリでレーザーを躱したウォリーだったが、手元を強烈な熱さに襲われる。見ると、ウォリーの剣はレーザーに焼かれドロドロに溶けてしまっていた。

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