第3話 通い慣れた廃校舎
三日ぶりに玄関の扉を開け、太陽の光を浴びる。
眩しさに目を細める。
うあ、暑くて溶けそうだ……。
八月も近いし、気温は三十度を超えている……早く、海、プールに……。
しかし、夏休み用に立てたスケジュールが、全てぱあになってしまった。
いけないこともないが、こんな状況で心の底から楽しめるとは思えない。
「スマホに連絡は……ないか」
一応、知り合いに送ってはいるのだが、返信はなし。
クラスのグループチャットに一言、メッセージを入れてみても、既読なし。
クラスメイト、生死不明。
……さすがに死んでないだろ、とは言い切れない世界だ。
冗談でなく。
「買い物ついでに学校に寄ってみるか」
だから制服を選んで着たのだった。
中学校には誰もいなかった。
生徒も、先生も。人の気配が一切ない。
それはなぜなのか。
それに気づいたのは、誰かいないかな、と探索している内に、もう廃校と呼んでもいいこの校舎を『巣』にしていたドラゴンが、帰ってきた段階だった。
三階の窓ガラスの先、校庭に降りてきたドラゴンを見つけ、慌てて屈む。
……たぶん、見られてはいないはずだけど……でもドラゴン……生物だ。
目に頼っているわけではない気がする。
気配を感じ取るのか、鼻が利くのか分からないけど。
こうして隠れたことでばれなかった、と楽観視はできなかった。
静かな校内だから音がよく聞こえる。
ドラゴンに動きがあれば足音なり息遣いなりで分かるのだが……
一分を越え、二分、五分を越えても、ドラゴンに動きがない。
一切の音がなかったのだ。
……恐る恐る、窓枠に手をかけ、目を覗かせると――、
じっ…………………………、と。
顔を出したおれを見ていたドラゴンと、目が合った。
「ッ!!」
すぐに顔を隠すも、目が合った自覚があればもう遅い。
向こうも目が合ったと分かったはずだ。
そもそも目が合ったというより、おれが合わせにいってしまった形だ。
となると、ドラゴンは五分にも渡って、緊張の糸が切れたおれが顔を出すのを待っていた……?
何時間でも、何十時間でも耐える気があったとしたら、どうせおれは逃げられなかった。
だったら、行動は迅速に、だ。
震える足を拳で叩いて言うことを聞かせ、転がるように立ち上がる。
二メートル、廊下の先を進んだところで。
背後、先んじて窓ガラスが割れ、甲高い音をかき消すように校舎の壁をドラゴンが破壊した。
顔からの突進。
大人の頭部よりも一回りも大きな瓦礫がごろごろと床を転がった。
上半身が廊下に滑り込み、爪が床に食い込む。
下半身をばたつかせながら、爪がやっと引っ掛かったのか、安定して校舎内に体を乗り上げた。
体の向きを変えると、廊下一本の道をぴったりと塞ぐような大きさだった。
「やっ……べッッ!!」
獲物を見つけた猛獣の眼。
体の大きさで見えない背後の尻尾が、床を叩いた音と同時。
それを合図にして、ドラゴンが駆け出した。
「うぉ――うぁあああああああああああああああああああああああああッ!?」
横の教室に入るか!?
だけど結局、袋小路に自分から追い詰められにいくことになる。
だけどこのまま走っても、どうせ追いつかれるだろう速度の差がある。
背後からの圧迫感。
恐怖が、足を普段通りに動かしてくれない――ッ!
「あ」
こつん、という音が無音の中で響いた気がした。
段差があるわけでも障害物があるでもなく、単純に自分の足同士が絡まり、もつれた。
完全に、両足が地面を離れた。
時間がゆっくりに感じられ、目の前に床が迫ってくる。
両手を床につけるよりも早く、顎を打つ。
頭の中で星が散り、蹲って悶えながら、遅れて気づく。
ドラゴンとの距離が縮まって――――
いや、追ってきていない。
ドラゴンは随分と後ろで立ち止まっていた。……引っ掛かっているのか?
両翼が、この狭い廊下に収まらなかったらしい。
しかしそれも時間の問題だ。
校舎の耐久力よりもドラゴンの力の方が上だ。
引っ掛かった翼も、力尽くで進行すれば、壁など障害にもならない。
壁に亀裂が走り、やがて飛び出た翼によって破壊されるだろう……。
だからこそ、今のこの隙間だ。
このアドバンテージを利用しなければ、おれはあいつに喰われて終わりだ!!
すぐさま、横の教室に入る。
袋小路ではあるが、密閉された空間ではない。
当然ながら窓ガラスがある。
三階であれば、落ちてもぎりぎりで死なない高さだろう……。
最悪、飛び降りることも考えながらも、逃走経路としては外の壁に沿って設置されている水道のパイプを掴んで降りていく作戦。
校庭に出るのは悪手だ。
校舎内で身を隠すのも同じく。
障害物を利用しながら隙を見て近くの住宅街に逃げ込むしかない。
そのためには三階という舞台は最悪だ。
だから最低でも一階まで降りなければ、逃げるのは難しい。
最初から、撃退などできないだろうと分かっていた。
能力があれば分からないが、しかし、あったとしても使い慣れていることが前提だ。
今すぐに能力を得たところで、勝てる保証はない。
どちらにせよ、やっぱり校舎内の障害物を使いながら逃げるのが最善手。
「うわ……高ぇ……!」
三階。
クッション的なものがあればと期待したが、運悪くなにもない、地面まで一直線。
しかも固いアスファルトだ。
飛び降りるには躊躇する状況だった。
すると、背後で轟音が響く。
ドラゴンが翼の引っ掛かりを解いたらしい。
荒々しい足音と共に、ドラゴンの瞳が扉の隙間からこちらを覗いた。
咄嗟に外の壁に沿って設置されているパイプを掴み、ずるずると降りていく。
そこそこの勢いが出て、手の平の皮が摩擦によって赤くなっていく。
軽い火傷だろう。
痛みに対しての反射的な反応もできず、ノンストップで一階に足をつける。
僅かな安堵をした瞬間だった……。
破砕音と共に真上からガラスの破片が降ってくる。
「う、おっ」
一階の窓ガラスを開ける余裕もなく、タックルして割り、部屋の中へ。
そこには。
もう一体の、ドラゴン。
「…………っ」
だけど、今まで追われていたドラゴンと比べれば、小さい。
子供のドラゴンだろうか。
背丈はおれと変わらなかった。
「…………え?」
下半身は人間だった。
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