第17話 見守る者たち。
「ふぅ……お疲れさまでした」
時刻は午後17時。
今日の分の仕事を終えた俺は自分の席から立ち上がり隣に座る同僚にそう言った。
この狭い事務所には今俺と同僚の1人しか残っておらず他は皆外に出ていた。
モニターとにらめっこをしている同僚が羨ましそうな目で俺を見つめながら言う。
「お疲れさまです。今日は早いな」
「ちょっと用事があってね」
「へぇ-……また女のところか?」
「またってなんだよ、またって。それに今は彼女が居るからもう遊んでないよ」
「勿体ねぇ。おれなら両方楽しむけどな!」
「まずは女の1人でも作ってから言うんだな」
「そりゃ言わない約束だろ!?」
「ふっふっふ。んじゃ、お先に」
「おう。おつかれー」
「おつかれさん」
事務所から外に出ると夕焼けが高く上がっていた。
いつも思い出してしまう。あの夕焼けを見る度に自分の若かった頃を。
いろんな事をやったもんだ。騒いで、遊んで、時にはバカみたいな事もして。
あの頃のダチ達は皆元気だろうか。
そんな思い出に浸りながら自分の車に乗り込む。
エンジンを掛け、シートベルトをする。
一息付いて、そして車は走り出した。
途中スーパーに寄ろうとし、交差点で止まる度にまた昔を思い出す。
今の仕事でもいろんな人に出会う。仕事上一緒に食事や飲みに行ったりもする。
仕事上での出会いは嫌いではない。必要な事だし、面白い話も聞ける。
それでもたまに思ってしまうのだ。昔の出会いのほうが楽しかった事を。
オンラインゲームをしていた頃、人と出会う度に何度も思ったもんだ。
「この人はどういう人なのだろう」
「この人は俺の何を知りたいんだろう」
「この人は何が好きで何が嫌いなんだろう」
顔が見えない相手だからこそ、その出会いが最高に楽しかった。
全てがいい出会いというわけではなかった。
それでも、出会いには恵まれている方だと俺は思っている。
何度か彼女を作った事もあるし、どのゲームでも自分を慕ってくれる弟子が何十人と出来た。
価値観の違いはあれど、人生の参考になる人物も何人かいた。
ネットでも現実でも、嫌われるよりも好かれる事の多かった人生だった。
だからこそ、あの子に会えたのは奇蹟とも言えるし、必然だったのかもしれない。
そんな思い出に浸りながらスーパーにたどり着いた。
俺は必要な物を買い揃え、そうして家に帰るために再び車を走らせた。
家に帰ると軽くシャワーに入った。明日の仕事の内容を頭に叩き入れながら身体を洗った。シャワーから上がり、予め決めていた晩ごはんを作る為必要な食材を冷蔵庫から取り出す。鉄のスキレットを取り出し熱を当て、そこにバターを入れる。
十分温まるまで時間があるので、取り出した食材から野菜を切って皿に盛り付ける。そこそこ高めのステーキ肉をスキレットの中に優しく寝かせる。
久々に食べるステーキに心が踊りそうになる。なんなら今小躍りだってしている。
肉は好きだから食べれるのは嬉しい。だが、今日はそれだけではない。
盛り付けが終わった皿に焼いたステーキ肉を置いて完成。
寝室に置いてあるメインPCの前にある机の上に持ってきた皿を置いては再度リビングに戻る。買ってきた酒の中からワインを取り出し、空いている左手にワイングラスを持ち寝室に戻る。必要な物を全て机の上に置いて、時間を確認する。
時刻は、午後19時40分。スマホを取り出し、あの子にメッセージを送った。
【キミの思うようにやりなさい。あ、炎上はやめてね】
【うい】
相変わらずそっけない返事だな、なんて思いつつ、いつも通りでよかったと感じる。きっとあの子なりに色々考えたんだろう。人の事は言えないが、あの子も不器用な子だな。それでも、あの頃に比べれば十分変わったもんだ。
ふっふっふ、まるで子供の成長を見ているようだな。
……さてさて、そんな大きな子供を見守るとしようか。
「……それでは、配信を終わります。皆さんお疲れさまでした」
配信を閉じて軽く反省会をする。
今日は久々に数人のVtuberさん達とコラボ配信をしていた。
得意なゲームではなかったけれど、皆が楽しんでくれたからよかった。
反省会をした後は大体雑談へと話題が変わる。
昔は反省会が終わればすぐに落ちていたけど、今は少しだけ参加することもあった。
けど、今日だけはどうしても外せない。
時刻は午後19時30分。彼の配信まであと30分。
「ごめんなさい。私は先に落ちますね。お疲れさまでした」
事前にコラボ相手方に断っていた私は一言伝えてからディスコードを落とした。
「お疲れさまでーす!」
「……サキさん落ちちゃったなぁ」
「もう少し話したかったですね」
「でもさ、前に比べたら話しやすくなった気がしない?」
「あーわかる。ちょっと棘っぽい感じが無くなったよな」
「私は前の感じも好きだったけどなぁ」
「雑談会にもたまに参加してくれるようになったし、変わったよね」
「やっぱ男関連なのかな?だとしたらショックだなぁ」
「俺もー」
「男ってすぐそういうの考えるよねー」
「ねー」
「俺もサキさんとイチャイチャしてー」
「情報系Vtuberはやて丸のインタビュー配信 ゲスト 紅雹夜さん」
そう書かれたはやて丸さんの配信をクリックする。
30分前なのに既に視聴者数は5000人を超えていて、私は思わず驚いた。
まさかここまで人が集まるなんて思わなかったからだ。
続けて2窓で雹くんの配信を開く。
こっちも既に視聴者数が2000人超えていた。
彼の配信でここまでの人数は初めて見る。
これもはやて丸さんの効果なのか。それとも、雹くんの声の効果なのか。
もし雹くんの声でこれだけ集まったのならとても嬉しい。
嬉しいけど……正直、不安も凄くある。
頭の中に一瞬だけ過った嫌な予感をすぐに追い払う。
大丈夫。きっと彼なら大丈夫だ。
私はそう信じながら配信が始まるのを待った。
「いかんなぁ……」
配信が始まる前から嫌な予感はしていたが、まさかここまで荒れるとは思わなかったぞ。荒れてる内容もほとんどが嫉妬だ。やれやれ、君達はもう少し余裕を持って見るべきだと思うぞ。男ならドンッと構えて応援するものだろうが。まったくもって女々しい奴らだ。
しかし、初めてあの子の配信を見たが……ふむふむ、視聴者さんには恵まれてるみたいだのぅ。どうやらこっちの男共は問題ないらしい。まぁ正直ヤバそうな奴らも多いが。……ホモになりそうってコメントはどうなんだ?聞いてたよりもだいぶ……いやかなり……うーん。一度あの子にコメント選んだほうがいいと言うべきか。
……しかしこのはやて丸ちゃんは可愛いのぅ。流石に俺の彼女には勝てんが。
「やっぱり荒れてるわね……もう!」
ついカッとなって声が漏れる。
嫌な予感が当たってしまった。それも思っていたよりもずっと悪い方向に。
ここまで叩かれるなんて思ってもいなかった。
彼は大丈夫なのだろうか?
このコメントに耐えれるだろうか?
考える度に不安が積もる。
私が男性とコラボした時も最初はこうだった。
当時は気にしなかったコメントが、今になって怖いと感じる。
それも、私本人が言われているわけでもないのに。
彼への批判は、まるで自分がそうされているように思えて悲しかった。
ここまで人の事を想った事は初めてだ。初めてだからこそ、この感情が重い。
苦しくなって、悲しくなって、思わず涙が溢れてしまった。
私が泣いてはダメだとわかっている。それでも止まらない。
……彼は大丈夫なのだろうか。彼は、これでVtuberを辞めないだろうか。
【そろそろね雹くん。大丈夫?私に何か出来ることあるかしら?】
【んじゃ、応援しててください。それだけで元気出るので】
【それだけ?】
【うん、それだけ】
彼の言葉を思い出す。
……応援しないと。
私が泣いていたってしょうがないじゃない。
彼が望んだことをすると私は言った。だから。
だから今は信じよう。そして応援しよう。
きっと彼なら、大丈夫だから。
「続けるのか。……そうか」
とんでもない事態が起きた。誰が予想出来ただろうか?
コラボを提案し、あの子にインタビューをするはずのはやて丸ちゃんが眠ってしまったのだ。正直視聴者のお世辞だと思っていた。睡眠ボイスは、ただの例えだと思っていたのだ。
それが今ではどうだ?実際にはやて丸ちゃんはあの子の声で寝てしまった。
そしてコメント欄は大いに荒れている。
ここまでくれば誰もがわかる。中断するべきだと。
だが、あの子は言ってしまった。「続ける」と。
きっと、ここが正念場になるのだろう。
あの子にとって、今後が大きく変わる。
下手をしたらVtuberを辞めるかもしれない。
やっと手に入れたあの子の幸せな日々が崩れてしまうかもしれない。
止めるのが親の役目なのだろう。友達の役目なのだろう。
誰だってそうする。俺もそうするべきだ。
だが……
:好きなようにやりなさい。後はこっちが対処するから
親として、友達として、最低な選択だったかもしれない。
それでもそうしてしまったのは、ここまで言っておいて、俺はあの子との関係を。
親でもなく。
友達でもなく。
……相棒として、支えるべきだと思ってしまったからだ。
「こっちはいつでもいいぞ。思う存分やってみなさい」
いつだって付き合ってやるさ。それが相棒の役目だろ?
「……ふふ」
彼の行動にはいつも驚かされる。
でも今回のこれは、決して褒められる事ではないと思う。
誰かが止めるべきで、その誰かの中に私はきっと入っている。
友達と言ってくれた彼の言葉が本当なら、そうするべきなんだと思う。
でも何故だろう。
今止めるのは、友達として正しいことなのだろうかと思ってしまう。
私は友達がいなかったからどっちが正しいのかわからない。
わからないけど……正しさで決める事なのだろうか。
私が正しいと思って止めた行為は、彼にとっては押し付けになるのではないだろうか。
友達を知っている人なら、止める選択を選んだだろう。
「……ごめんね、ダメな友達で」
でも私は、彼だけが友達だから。
正しさなんて知らない。わからない。
だから今は、ただ純粋に、彼がそうしたいと思った事を応援する。
大きな間違いだということはわかっている。
わかっているけど、どうか、どうか今だけは応援をさせてほしい。
:雹くんの好きにやっていいよ
今はただ、彼の信じる道を私も信じたい。
「……キミは、とんでもない子だのぅ」
さっきまで荒れていたコメントは、今ではあの子を絶賛する声で埋まっていた。
全員があの子を認めたわけではない。批判してるコメントもチラホラ見える。
だがそれよりも、あの子を褒めてるコメントのほうが圧倒的に多かった。
はやて丸ちゃんも最終的には起きたし、本当、キミはとんでもない幸運を持っているのぅ。……正直、少しだけ寒気はする。
あの子がそんな事をするとは思えないが、もしこれを悪い事に使えば……。
「……そんな事を真っ先に考える俺のほうがどうかしてるか」
できればあの子の催眠ボイスに耐性があることを祈りつつ、俺はスマホを取り出して電話した。
「本当に、凄いわね……」
コメント欄が彼を褒めている。
自分の事のように嬉しい。
私が見たかった光景だ。
信じてよかった。彼を。
雹くんの声が、受け入れられたんだ。
……それはそれとして。
雹くん?随分とはやて丸ちゃんと仲良さそうね?
別に嫉妬はしていないわ。大人だもの。
えぇ、大丈夫。ただのコラボなんだから。
「……配信終わったらすぐにメッセージ送りましょう」
きっと疲れてるだろうし、お疲れさまのメッセージは送らないと。
別に配信後の反省会を心配しているわけではない。大丈夫。うん、大丈夫。
……ハァ。どうしてこう、もやもやしてしまうのかしら。
「……どうだった?彼の配信を見て」
男性がそう聞いて、女の子は少し間を開けてから答えた。
「……そうかそうか。いやー、それなら俺も嬉しいよ」
男性の喜んでいる様子を聞いて、女の子も嬉しくなる。
「……それで、どうだい?そろそろ彼に会う気はあるかい?」
男性の言葉に、女の子は黙り込む。
「……大丈夫だよ。あの子は……彼はもう、昔の彼じゃないから」
その言葉に女の子は何かを言おうとして……やめた。
そして答えた。
「……そうかそうか!じゃあ、いつ会うかはこっちが決めるよ」
「……うんうん。それじゃ、また連絡するね」
通話が切れる。
女の子は男性との電話を思い出しながらベッドの上に転がり、足をバタバタさせた。
そして少し経って、彼の事を思い出し、蹲る。
あの頃の事を思い出しながら、女の子は静かに眠った。
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