第23話 月よりだんご
ミストガル……3人の溜まり場……
別に怒ってなどいなかった……
タリスが何気なく尋ねた質問でその場の空気が悪くなってしまった。
別にレフィは気に障ったわけではなかったが……
その質問の答えが解らなかった。
「なぜ……レフィは最強になりたいんだ?」
日が暮れてもなお、1人そこで寝転んで居たレフィは意味も無く、
刀身の10分の1くらいの刃を鞘から抜くとその月明かりに照らす。
気がつけばそれが……当たり前だった。
これまでの苦悩も……
あの日まで……暗闇も……
あの日の絶望も……
あの人の言葉の意味も……
きっと……そうする事で……そうなる事でわかるんだって……
幼い私はそう思った。
それが……私に残された……この世界を生きる
△△△
ミストガル……今より8年前……
まだ、ミストガルの国のすみにその村が存在していた頃……
その日はやけに暑い夜だった。
真夜中のはずなのに外は明るくまるで、外で大きなまつり行事がおこなわれているのか?そう勘違いしてしまいそうに……
窓からぼんやりと火の光が部屋を照らしている。
外では、父の叫ぶような声と金属の競り合う音が聞こえ……
部屋の隅では、母が弟の身体を庇うように震えていた。
恐らく、彼女はすでに察していた。
それでも、彼女はそっと立ち上がると、
襖を少し開き、その隙間からその様子を眺める。
賊の奇襲
それほど、珍しい話では無かった。
国の防衛が手薄であるこのような村はそういった賊の標的になりやすかった。
それでも、村の剣豪とも呼ばれる父が居たことで、
そういった賊の奇襲を幾度も退けてきた。
しかし……今回は……
父の近くに散らばる賊の死骸……
いつもの光景……その結果だけなら誰もが父の優勢を疑わない。
左手を左肩首に添えながら、少しダルそうに首をコキコキとならし……
男のくせにひょろっとした身体、黒い綺麗な長い髪を後ろで縛りあげ、裃と呼ばれる身の守ることに一切長けていない服装の男。
賊に雇われた……男と父は対峙していた。
男はサンフレアと呼ばれる国から……己の国のその剣術が最強である事を証明するために旅を続け……その凶悪な精神と腕前は戦場の渡り鳥という異名をつけられるほどでもあった。
とてもその見格好では想像もできない……
男は懐に納めていた鞘から剣を抜く……
そして、その見たことのない剣に目を引かれる。
真夜中に燃え盛る炎に照らされる明かりのせいかと……思ったが、
片方にしか刃がついていない見たことの無い形状の剣……
紅色に輝くその武器がより一層その男を美しく魅せる。
気がつけば、父の門下生でもある村の者たちに囲まれている戦場の渡り鳥と呼ばれた男は、少しだけ楽しそうに笑い隙だらけとも見える構えで立ちすくんでいる。
容赦なく男に複数の村の者たちが切りかかるが、
全ての動きを予測していたかのように、僅かな身体のずらしでそれを回避し、
不意に瞬時に右足を突き出した状態で地に両手をつくようにしゃがむと、
そのままぐるりと身体を回転させ、数人の足を絡めとり、その場に転倒させる。
転倒すると同時に、瞬時に繰り出される男の刀術が村の男の右手、左手、首……
あらゆる部位を斬り落としていく。
そんな残酷な光景……そんな目を瞑りたくなる光景……
なのにその光景を襖の隙間から覗く少女は美しいとさえ思ってしまう。
背後、隙をつくように渾身の一撃を決めた父の腕の剣は、男の背後でぴくりとも動かなくなった。
男の突き出した左手に握られた紅色の武器が収められていた鞘が握られていて、
その鞘で父の渾身の一撃は簡単に喰い止められていた。
自慢の腕力でその細い腕を力任せにねじ伏せようとするも、
その腕はぴくりとも動かせない。
男は手にしていた紅色の剣をその場に低く上空に放り投げると、
それを逆手に握り直すと、真後ろに振り上げられたその紅色の剣は父の腹部を貫いた。
しゃがんだ姿勢から身体を起こした男は父と再度対峙すると、
ずるりと父はその場に崩れ倒れる。
その光景さえも……彼女は魅入られるように……
そして、父の身体が崩れ落ちる事により、男との目線を遮るものがなくなり、
少女は男と目が合った気がした。
咄嗟に少女は、後ろで震える母と弟を守ろうと、
襖を開け外に出る。
長い髪の男は斜め上を見ながら、やれやれと頭をかきながら、
「まったく……出てこなければ態々手にかけるつもりはなかったんだが……」
小さな子供まで手にかけるつもりは無かった……そう言いたいのだろうか?
父の死骸を見る……
不思議と悲しいとか怖いとかそんな感情は無い。
元々……彼女の感情からそういうものは欠落していた。
落ちていた父の剣を手にする。
「……おぃおぃ、まぢかよ」
さすがに男が少女がこの場で剣を手にして抵抗するまでは想定外だったようだ。
「きゃーーーーっ」
少女の後ろから悲鳴が聞こえた。
先ほどまで自分がいた部屋……母の居たあたりだ。
剣を構える。
同時に目の前の男の目つきが変わる。
今まで父の稽古を盗み見た流派など……微塵も無い。
隙だらけの構え……
「あとは嬢ちゃんだけだぜ?」
いつの間にかこの村を襲った賊が少女を取り囲んでいた。
瞳だけを素早く動かしその数を把握する。
ざっと……10名以上のその賊の数……
まずは、自分をきちんとした敵と認識させる必要がある……
少女はそう判断すると、見せしめのように素早く目の前の賊を1人斬り倒す。
「小娘っ、優しくしてりゃ尽きあがりやがってッ!!」
隙だらけの構えのまま……瞳を素早く動かす。
僅かな動きでそれら全ての攻撃を避わし……
即座にその場にしゃがみこむ……
自分の足の長さと、脚力ではあれを真似る事は不可能だろう……
そう瞬時に判断するとその場に落ちていた父の剣の鞘左手で拾い上げ、
左手を伸ばしたままその場で回転すると、
賊の足を絡めとりその場に転倒させる。
同時に素早い剣術で賊の右手、左手、首を躊躇なく斬り落とす。
裃を身にまとう黒髪の男は瞳を点にし……その光景を見入っていた。
そして、無様にも少女1人に全滅する賊を見て……
驚き、怒り、歓喜したように笑う。
「……そりゃ、ねぇだろ……嬢ちゃん」
不気味に笑いながら、黒髪の男が言う。
男が何に驚き、怒り、歓喜しているのか少女にはわからない。
「……俺が必死で会得したかった……それがこんなガキの女がっ?」
何が面白いのか男は笑いながら……
「そりゃ……ねぇよなぁーーー」
男は狂ったように叫びながら
「あーーーーーっ」
賊の1人が起き上がる……
なんとか致命傷を避けられた賊の1人が隙を狙ったように起き上がり、少女に襲い掛かるが……
「邪魔すんじゃねーーーーッ!!」
男の手にする紅色の剣が賊の身体を真っ二つに引き裂く。
「さぁ……死合おう、嬢ちゃんっ!」
男は好きだらけの構えで、少女に歩み寄る。
少女は……冷たい目で男を見上げる。
「いいねぇ……その目だ、その目ができるようになりたかった……」
自分が辿り着けなかった領域に目の前に少女がすでに到達している……
その嫉妬……と同時にそんな人間と出会えた喜び……
この世界の地図から存在を失いかけている国の剣術が最強である事を世界に知らしめようとした男はこの運命的な出会いに興奮を隠しきれない。
少女は覚悟する……
ここで自分が死ぬならそれまでのこと……
どうせ、ここで下手に生き残ったところで、村は全滅……
私の居場所など何処にも無い。
目の前の男は覚悟する……
もし、自分がこの目の前の少女に敗れるようならそれまで……
自分が国の汚名を晴らすための行動もそれまで……
ただ、目の前の出会いに感謝するだけだ。
同時に剣が動く。
何度も金属の重なり合う音がその場に響く。
「すげぇ…すげぇ」
男は興奮しながらそう何度も呟く
技術も腕力も劣っている少女……
彼女の細かく動くその瞳は、
男の手の動きを細かく捕らえ、そして次にどう動くのかを瞬時に読み取り、
鏡に照らしあわすように相対する動きでその剣先を捉えている。
何度目かの鍔迫り合いに、今までの力量で男が少女の剣を受け止めるが、
少し加減をしていたとはいえ、不意に強い力に押しのけられる……
ぶつけ合った右手とは逆、左手に手にしていた鞘で自分の剣の強く押し付けるように力を加え、軽くバランスを崩した男の頭部目掛け剣を突き刺すが、
男は素早い動きで身体をずらしその一撃を綺麗にかわす。
出来た少しの隙を逃さないように、少女の剣はさらにもう一撃、男に向かって振り下ろされる。
男は即座に後ろに振り返り、後ろの壁に足をかけると、
壁を蹴り上げ、少女の上空を回転するように背後を取ると、
今度は逆に男が剣を振り下ろす。
左手を上空に振りかざすと、彼女が左手に手にしていた剣の鞘でその一撃を食い止めようとしたが……彼の手にする紅色の剣の鋭さはその鞘を簡単に引き裂き、彼女の身体さえも引き裂こうとするが、瞬時に男はその行動を辞め、後ろに飛び退く。
「……全く、末恐ろしい小娘だな」
少女が咄嗟に逆手に持ち直した剣が男の裃を少し霞め、間一髪回避する。
あのまま、剣を振り下ろしていれば相討ちになっているところだった。
疲れ……だろうか……
元々、技術、腕力に差があったが……
最後は呆気なく少女の手にした剣は男の紅色の剣に弾き飛ばされる形になった。
死を受け入れるような目で……彼女はその場に立ち尽くしていたが、
男は、黙って紅色の剣を鞘へとしまった。
「……これ、お前の父親か?」
不謹慎にも、男は父の亡骸を蹴っ飛ばすように、顔が見えるように少女に晒す。
「……この俺が憎いか?」
燃える村……村の人たちの死骸、家族の死骸……それらを見渡すように男が言う。
「この俺を殺したいほど……憎いか?」
そう言って、少女の目を見る。
「そんな……死に行く目をするんじゃねぇ」
男が少女の目を見て言う。
「……生きる意味なんてもう……ない」
少女はぼそりと呟く。
燃える村、家族の亡骸……自分に生きる術も目的も無い。
カランッと自分の愛用する紅色の刀とは別に腰に下げていたもう一本の刀を投げ捨てる。
「……俺の名前はキョウ、お前の憎むべき男の名だ」
「生きる理由が無いなら俺を怨み俺を殺すために生き続けろ」
「この俺を追い続け、俺の術を盗み見、そしてその復讐を遂げろ」
生きる術も、理由もこの俺が与えてやる……とキョウという男は言った。
そして自国の名誉と己の最強を目指す男と、その男を怨み命をつけ狙う二人の奇妙な組み合わせの旅は始まった。
そして、この旅の終わりに……
彼女の目的の終わりに……
男は呪いを残す……
・
・
・
月明かりに照らしていた紅色の刃を鞘に戻す。
少し過去の記憶に浸っていたレフィはその場に身体を起こす。
「何かよう?」
少し前からその場にいただろう人物にそう投げかける。
「仲直りしようと思って」
タリスは手にした袋から団子を取り出すとレフィに差し出した。
「別に初めから怒ってない」
そうレフィは団子を受け取りながら言う。
あの頃は……甘く香るこの味もどこか少し物足りない味と感じていた……
あの男がよく口にしていた食べ物。
「まぁ……あんたも私も不器用だからね……ちょっとした口実かな」
二人で柄でもない月の下で三色団子を頬張りながら……少し無言の時を過ごす。
そうきっと私は不器用なのだろう……自分でさえ自分の本当の気持ちに気がつけない。
きっと……ここに居るタリスと私のように……
あの日の私とあの男も……
だから……あの日の私の想いもあいつの想いも……
きっと理解できないままでいいんだ……と思う。
そういう面倒くさい……感情など……これからもずっと。
「……ねぇ、レフィ、明日から私にも、あのへなちょこ王子と一緒に稽古つけてよ」
そうタリスが月を眺めたまま言う。
「……私にはあんたが何考えてるかとか……何を企んでいるのか……全くわからないけど」
互いに顔を合わせないまま会話を続ける。
「……別に見返りが欲しいとか、そういうのも無いし、レフィの望みにもそれほど興味はないんだけどさ」
想ったことをそのまま一つ一つ言葉にしていく。
「……負けて欲しくないんだよねやっぱ、あんたに……」
「っと……何言いたいのか自分でもよくわかんないな」
くしゃくしゃと頭をかきながら、
「そのさ……明日も明後日も……その後もずっと、こうして一緒に月見ながら団子を食べたいねって話……そんなとこっ!」
強引にタリスが締める。
「いたぁっ!」
不意にレフィが団子の無くなった串をタリスの頬に軽く突き刺す。
何て言葉を返して言いかわからず困ったレフィの苛立ちと困惑の結果。
この呪いが解き放たれればそんな生き方も許されるのだろうか。
その時、私はそんな彼女の言葉に笑って答えを返せるのだろうか……。
月明かりの下……
二人でだんごを頬張り、対して興味の無い月灯りを眺めながら……
それは、気のせいだったのかもしれない……
それは、彼女の自惚れ立ったのかもしれない……
初めてレフィが少しだけ笑ってくれた……そんな気がした。
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