第18話 その歴史に名を刻む者の戦い

 レジストウェル……中央区に位置するミクニ家。

 招かれた男はソファにどしりと座り、その家計の主より偉そうに構えている。


 「で、この俺に貴様の出来損ないの弟を殺せと……それが貴様の依頼という訳か?」

 金髪の男、神奪メンバーの1人であるマイトは、ミクニ家、

 ナヒトの実の兄である、ジンに呼ばれその実の弟の抹殺の依頼をされていた。


 「出来損ないであるアイツが家宝を奪い、その上神奪戦争への参加などという好き勝手をしてくれたせいで、我がミクニ家の恥を晒すだけではなく、力も無きあいつが好き勝手することで、我が、ミクニ家がこの国への反逆行為をしていると取られている……このままでは三大勢力と言われたミクニ家が終わりを迎えてしまう」

 そうジンはマイトに告げる。


 「ふん、貴様らの家計に興味は無いが……確か、貴様の弟という奴のマスターの駒は……あの褐色の偉そうな事を抜かす女だったな……いずれこの俺との格の違いというものを弁えさせる必要があったが……」

 少しだけマイトが考える。

 いずれ、まみえる相手とはいえ、

 別にこのミクニ家のために戦ってやる義理など無い。

 


 この場で勝敗を決めずとも、この俺とあの女の格の差を見せ付けるというのは悪くは無い。

 どちらにせよ、その隣の貧弱な男を仕留めるだけなら容易な話だ。


 「まぁ……いいだろう、あのクソ生意気な女に自信の立場を弁えさせるいい機会だ、貴様のつまらん口車に乗ってやるとする」

 マイトはソファから立ち上がると、少し離れた場所に立っていた女性に話しかける。

 

 「リィラ……少しだけここで待っていろ」

 そう、マイトはリィラに告げると、


 「いいか、この女は俺が貴様の弟と褐色の女を始末するまでの間、必ず死守しろっもし、リィラに何かあった場合、貴様の弟や褐色の女に代わり、この俺が貴様らを仕留めてやろう」

 そう睨むようにジンを見て、リィラをその場に残し部屋の外へ向かう。


 本来……ナヒトに代わり、この神奪戦争に参加していたのは自分のはずであった。

 ジンはその屈辱と、そんな自分の晴れ舞台を奪ったナヒトを強く怨み、

 実の弟を反逆者とし、ミクニ家の汚名を晴らすため、数ある傭兵を雇いナヒトの元へと送ったが、契約を交わすフーカの前にそれは全て失敗に終わってしまった。

 

 ジンは更なる傭兵を雇うと同時に、同じ神奪戦争に参加するマイトにその強力を求めた。

 かなり、癖のある人材ではあったが、今回の話し合いで唯一話し合いに持ち込めそうなのは彼だけであった。

 そして、こうして話し合いが成功かはわからないが、あの2人をぶつける事に成功した。

 これ以上、あの出来損ないが表舞台に立つことを許さない。

 さっさとこの場所から引きずり落としてやろうとジンは思った。




△△△




 手にした槍を放り投げる……

 鎖に繋がれた魔装具はナヒトが設定した通りに一直線場に飛び、

 狙った相手に突き刺さると、その鎖を引く事で、簡単にナヒトの元へ回収される。


 人……同属を殺めている自分に少しだけ嫌悪感を覚える。

 もちろん、命を狙われるからそれに抵抗している……それが僕の言い訳になるが、

 ……僕がもし……ずっと大人しく……この世界から隠れるように、この世界に自分の足跡を残そうなど考えていなければ……ずっと自分の殻に閉じこもっていれば……


 そんな余計な事を考えていると、目の前に迫っていたミクニ家に雇われていた傭兵達が迫ってきていたが、別な場所で戦闘を繰り広げていたフーカがナヒトの前に舞い降りて、瞬時にその者たちをなぎ払う。


 

 「戦場でぼぅと考え事をする奴があるか……貴様の考えたその武器で、その辺の雑魚とは渡り合える様になったのだからな、我をがっかりさせるな、ナヒトよ」

 そう、余裕のある笑みを浮かべるフーカだったが、何やら急に表情を変え、


 飛んできた光の矢を右手で払いのけると……


 「ナヒト……悪いが下がっておれ、少々面倒な奴が現れたようだの」

 フーカは遥か先を睨みつける。


 「調子に乗るなよ、女……この度の神奪戦争に置いて自分の能力を随分と過信しているようだからな、この俺が弁えるという事を教えてやろう」

 マイトは一定の距離をとりながらもフーカにそう告げる。



 「誰だったかの……どうにも貴様の言葉も存在も我には軽すぎて、記憶の片隅にも残っていないようだが……」

 からかう様な口ぶりで言う。



 「弁えよ、この俺が……誰もが望む力を持ち、誰もが羨む絶対なる力で……ここに居る、貴様ごときが同等に口を聞ける相手では無いっ!」

 再度、距離を保ちながら光の矢を放つ。


 3発放たれた矢を、2発を上手く身体を反らし避け、1発はその右の手のひらで掴み取るように消滅させる。

 

 「情けないのぉ……そうやって距離を取り、安全圏内でしか会話も戦闘もできないのか貴様は?」

 矢を放っては一定の距離を保つマイトにフーカが言う。


 「弁えよ、貴様が今どれだけの強者を相手にしているのかを……その身でかみ締めろっ」

 光の矢を連射するようにフーカに放たれる。


 フーカはそこから動く事無く、その矢を向かいいれ、

 両腕を素早く動かして、それらの矢を弾き、

 弾けなかったものは、即座に身体を反らしたり、頭を左右に傾け、

 それらを無効化していく。


 ひっきりなしに飛んでくる矢に一つつまらそうにため息をつき、

 右手のみでそれらの動作を継続すると、

 左手を前方に構えると、黒い文字が黒い槍を形どると、

 一気に目の前の男を目掛け飛んでいく。


 マイトは一度攻撃の手を緩め、さらに距離を取るとその攻撃を回避する。


 「確かに……強力な攻撃だがこの俺には届かん」

 マイトもその攻撃を上手く回避してそう余裕の笑みを浮かべる。


 再度、フーカから距離を取った、マイトは再度遠くからの攻撃を繰り返す。


 「くっ……あの男……」

 遠くからその様子を眺めていたナヒト。

 確かにあの男の作戦は……自分と同じようなものだと思った。

 魔力もない、力も持たない自分が自分より魔力も腕力も勝っているものに勝つために考えた武器が……これだ。

 

 確かに少しずるくも見えるが、奴の取る行動はやはり、戦場で戦う人間に取っては理想的な戦法なのかもしれない。


 何百、何千にも及んだ矢の一つがフーカの左肩に直撃する。


 「どうした、女?もう限界か?」

 ナヒトがそう誇らしげに言う。


 「……ん?何かあたったのか?」

 フーカは不思議そうな顔をしながら、

 「どうにも、貴様は言葉も存在も……その攻撃も重みが感じぬな」

 フーカはそう告げ、マイトに向かい歩き距離を詰めていく。


 「貴様ごときにこの俺がいきなり本気を出しているとでも思っているのか?良かろう、この俺とお前の差がいかほどか、弁えるがいい」

 マイトは天に弓を構えると、上空に光の矢を放つ。

 一直線に天に舞った矢は、雲一つを貫き天に伸びり、

 雷鳴がおこるかのように一度空が輝くと、

 フーカ周辺の空から幾つもの光の矢が降り注ぐ。


 「なるほど……小賢しい技だけは豊富だのぉ」

 さすがにこれ全てを回避するのは不可能……ならばと構わずフーカは、

 とおり雨にうたれるかのように、涼しい顔で立ちすくむ。


 光の矢が降り止むと、右手を前方に構えるフーカの姿が現れ、

 今度はマイトに向かい黒き槍が一直線場に飛んでいく。


 再び一定の距離を取り、その槍が向かう進路から外れた場所にすぐに移動する。

 「ふん……何度も言わせるな、俺にはとど……」

 かない……と言おうとしたマイトの言葉は止まり、


 フーカは前方に構えていた右手をその場で捻るように動かし腕を右に向けると、


 黒い槍は進路を変えて、マイトが移動した場所目掛け再度一直線に飛んでいく。

 身体を全力で右後方へ反らし、その直撃をなんとか免れる。


 「……なるほど、多少のコントロールまでできるって訳か」

 さすがに互いに手加減などしていられないという雰囲気が漂う……


 「くそっ離せッ!!」

 不意にフーカの後ろからそんな叫び声がする。


 「ちっ!」

 それに気づいたフーカは一つ舌打ちすると、せっかくにじり寄った、マイトとの距離を自分から放棄し、マイトに背を向ける。


 ナヒトは1人の傭兵に関節を決められるように腕を取られ、地に伏せられていた。

 傭兵は不意に接近してくる脅威を感知するがそれと同時に強い衝撃と共に、ナヒトから離れ、近くの建物の壁に叩きつけられ気を失う。


 申し訳無さそうに見上げるナヒトに少しだけ笑顔で手を差し伸べるフーカの手を取りその場を起き上がるが、ドンッと少しだけフーカの腕を通して衝撃がナヒトに伝わる。


 変わらない薄笑いのフーカの顔……何一つ表情を変えぬ顔の口元から一筋の血が流れる。


 「フーカ?」

 何が起きたのか?ナヒトにはわからなかったが……


 「ふん、相変わらず卑怯な自称誰もが憧れる英雄様だのぉ」

 背後を狙う一撃にそうこぼしながらも、フーカは軽々しくナヒトを右肩で担ぎ上げると、その場から高く飛び上がり、建物の上に上る。


 「どうした、威勢の良い事を抜かして、この俺に背を向け逃げ出すつもりか?」

 あえて、追おうとはせずにそう言った。


 フーカの肩に抱えられ、くの字でフーカの背を見ながら……

 「……ごめん」

 一言、ぼそりとナヒトはそう告げる。

 きっと、屈辱だっただろう……不意をつかれたとはいえ、相手から一撃を受けた上、フーカの性格上どんな不利な状況だろうと決して敵に背を向けるようなタイプではないはずだ……

 それが、今……彼女はそんな己の基準を全て放棄して、この場の撤退を決意した。


 暫く離れた場所まで走り抜けると、建物の多い路地裏に入ると、

 肩からナヒトを降ろすと、ずるりと少しだけ息を切らせ建物を背にフーカは座り込む。

 ナヒトは上着のポケットから指輪のような魔具を取り出すと、

 それを媒体に回復魔法へ変換する。

 その手をフーカに向けると、ゆっくりとフーカの傷を癒し始める。

 

 「……全く、何をそんな暗い顔をしている」

 苦痛を隠すようにフーカはそうナヒトに向ける。


 「悔しくないのか……」

 僕のせいで……僕が……


 「また……たらればの話か?責任を感じたか?」

 まるでナヒトの心を見透かすように……


 「……ナヒト、自惚れるな……もしそんな事をまだ考えているならそれこそ、我を侮辱している、言ったであろう、この世界に置いての我は現状、いまこのあり様が我そのものだ……」

 フーカはそう言い、


 「もう一度言うぞ……自惚れるなよ、ナヒト、貴様ごとき我がこの世界に置いて勝った、負けたの勝敗に干渉できるだけの人間に登りつめたとでも勘違いしていないだろうな?」

 全ては自分にある……勝ちも負けも誰かのおかげでも、誰かのせいでもない。

 


 「……我を誰だと思っている」

 そう、いつもの口癖を口にする。

 

 「そうだな……ナヒト、一つ、互いに願い事を決めるとしよう」

 「この、神奪戦争で互いの契約として……今更ではあるがな」

 そうフーカはナヒトへ告げると



 「負けるなっ……これが僕の願いだ」

 瞬時に思ったことが口に出た。


 「……随分とあっさりしとるの、もう少し欲が無いのか貴様は……」

 どこか嬉しそうにフーカは言うと、


 「約束しよう……貴様の歴史、記憶にこの我をしかと刻んでやる」

 「そうだの、我の貴様への願いはもう少し後に告げるとしよう」

 少しもったいぶるようにフーカは言った。



 フーカ……僕の歴史が一冊の本であるなら……

 僕の隣にはいつも君が居る。

 だから、この僕の歴史の終わりまで……ずっと……





△△△




 アクレアにある一つの雑貨店。

 シエルは一つの商品棚を眺めている。

 ガラスケースの中を顔が張り付くような距離で眺めていたが、


 その雑貨店に訪れていた、少年が不思議そうにシエルを眺めていたが、

 その母親は咄嗟に少年の手を取ると、シエルの側から引き離すように距離を取る。


 「……嫌だ、あの子、あの離れの教会の孤児の子でしょ?なんでこんな場所に居るのかしら」

 少年の母親は小声ではあるが、あえて聞こえるような声で言う。


 「お金なんてもってないのに……盗みでも働く気かしら」

 別の場所からも声がする。


 そんな冷たい視線を感じ取りながら、同時に店主からの冷たい視線を感じ取る。

 街の雑貨店、いろんな掘り出し物や普通じゃとり扱わないような商品も集まる。



 シエルが少しだけ過去を振り返る。

 リースの買い物に付き添った日のこと。

 リースにチョコレートのお菓子を貰った日のこと。

 リースと一緒にその帰りに王都で整列するレクスを見た事。

 そしてリースと交わした言葉を。


 何かを決意するように一つ頷くと、

 その視線を逃れるように、シエルはタタタっと走り出し、

 店の出口へ向かった。




 「お手伝いするっ」

 そうリースに志願し、仕事のお手伝いをするシエル。

 不器用ながらも懸命にお手伝いをするシエルをほほえましく見るレクスを他所に、


 「どうして、そんな困った顔しているんですか?」

 複雑そうなリースの顔を見て、レクスは尋ねる。

 あんな一生懸命手伝いをしているんだ、褒められても迷惑と思われることはないだろう……


 「……それが、目的はお手伝いの後のお小遣いみたいで……」

 そう、眉をハの字にしてリースは言う。

 とは、いえシエルも高額なお小遣いを要求するわけではない。

 むしろ、貧乏な教会で渡せる額は、お小遣いと呼べるものか……


 「何か欲しいものがあるのかもしれません……けれど……私達みたいな生活を送るものが……」

 こんな生活をさせてしまっているというのは心苦しい。

 それでも、やはりこの生活を強いられる中で、私欲を満たそうという傾向はやはり褒められる行動ではない。

 それは、レクスにも十分に理解ができる。



 「ねぇ……シエル、私の仕事も手伝ってくれないかい?」

 そうレクスが申し出る。

 確かにこの環境の中で私欲を満たそうとする行為、他の孤児から見ても、

 決していい影響を与えないだろう。

 それでも、彼女のお手伝いをするという気持ちをその懸命に何かに取り組む姿勢を大事にしてやりたいと思った。


 「いや、レクスは手伝わない……レクスからはお小遣い貰わないッ!」

 そう言い切るとシエルはタタタっとその場から逃げるように居なくなった。



 「……リースさん、私……シエルに嫌われてしまったのでしょうか」

 ……少し泣きそうな声でレクスは言った。


 

 

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