第15話 己の正義を信じて①
夢……夢を見る。
刀を手にした少女は両手でそれを振り上げる。
夢の中の少女は誰かに向かいその刀を振り落とす。
その呪いだけが、未だ彼女を苦しませ……
そして、彼女が生きる理由である。
元々感情が欠落していた。
自分でもそう思えた。
退屈な人生……
彼女の才に嫉妬した大人たちは彼女に何も学ばせる事は無かった。
それなりに名のある剣豪の父を持つ彼女。
父は、彼女の弟にあたる息子にはその剣を教えたが、
彼女には女性であるという理由で剣術を学ばせる事は無かった。
誰もが恐れていた。
彼女の才能……
剣豪である父が経営する道場。
そこで、いつも彼女は道場の片隅でその様子を見学していただけだった。
木刀を握ったことなどなかった。
興味など無かった。
だが……幾度とその練習を見てきた。
対戦の経緯は覚えていない。
彼女の育った小さな街では、無敗を誇る父……
彼女はそんな父と木刀を交える事になった。
何度も見てきた……動き。
いつも、疑問だった……私ならきっとこう対処したのに……
でも、多分それは頭で思うほど簡単なことじゃない、
そんなこともわかっている。
しかし、初めての実践。
街一番の最強の剣豪……相手。
父は、数秒後には自分の目の前で膝をついていた。
多くの優秀な人間たち……
そんな天才達のあらゆる才能と努力で得た技能を、
彼女は少し眺めただけで、同等の事を簡単にこなし、
それを、自分なりの改善をくわえる事で、それ以上のことをやってのけた。
感知、予測、技術全てに置いて、驚異的な数値を示す彼女。
周囲に起こる全ての事を瞬時に感じ取り、
それらがどのような結果を招くかを即座に見極め、
そして、その結果を全て対処する器量。
後に見極りと呼ばれるようになる彼女の能力。
強い魔力が在る訳では無い。
瞬間移動したり、膨大な火力を誇る漆黒の槍を作り出したり、人を操るような異能を持つわけでもない。
それでも、そんな神に選ばれし者に劣らず、その上に辿り着く可能性を秘めた者。
ただ……最強の称号だけを追い求めている少女。
きっとこの悪夢は終わる。
この呪いが解けて、自由になれる。
目を覚ます。
聖都からミストガルへ戻る途中だった。
魔王討伐は成功とはいかなかったが、
かなりの手負い状況で、再度聖都を襲撃するだけの余力は残っていないだろう。
それに、実際聖都には、まだ見せぬ魔王に対抗する力くらいは所持しているはずだ。
仮にも神の居る聖地の麓……
ミストガルへの帰路の道中、森の中で暖を取り、身を潜めていた。
マスターとなるセンはその火に温まりながら、側近の兵に見守られながら寝息を立てている。
「ほい……」
レフィの目覚めに気づいたタリスは手にしていた団子を一本レフィに突き出した。
少しだけ戸惑ってるレフィ。
「お腹すいてんじゃないかと思って、途中で寄った街であんたの分を買っといたけど……」
タリスがそういって、一本レフィの口元に持っていくと、
確かに少し空腹であったレフィは思わず、それを向かいいれようと口をあーんとあけた。
が、咄嗟にタリスはその団子をひょいとずらすと、レフィがぱくりとした口はその団子を捕らえるのを空ぶる。
少しだけふてくされたような顔をするレフィに。
「……その前に一つ確認だっ、レフィちゃん、私の名前はきちんと覚えているのかい?」
手にした団子を謎にふりふり揺すりながらそう問う。
「…………タリ……ス?」
レフィは少しだけ自信なさげだったが……
「正解……もう一本欲しければタリスちゃん、頂戴って言うのよ」
冗談交じりでそう言って、今度は意地悪なしにレフィは団子を与えた。
ピンク、シロ、ミドリの順に彩られた団子。
覚えている。
あの……サンフレアから来たと名乗る戦場の渡り鳥と呼ばれた男……
ただ、あいつの背中を追っていた日々……
よく、あいつが好んで口にしていた事を覚えている。
ぱくりと口にする。
その小さな見た目よりも食べ応えがあり、程よい甘さと触感がたまらなく美味である……そらがレフィの感じた感想。
「……どうしたのよ」
なんだか、鋭い目線を感じタリスはレフィの方を向く。
「………タリス……ちゃん………ちょうだい」
ぼそりとレフィが言った。
「えっ?」
衝撃的な場面に思わず自分が手にしていた団子を落としそうになる。
せっかく言ったのに何やら信じられない表情で自分を見るタリスにプイっと顔を背ける。
「あっ……レフィちゃん、あげちゃう、あげちゃうからね、団子」
慌てて機嫌をとりにかかるタリス。
慌てて差し出した団子にかぶりついたレフィに
「えっ……なにキュンときた、あんた案外可愛いのね」
にたにたと嬉しそうにレフィの顔を眺めるタリスに
再度、プイっとそっぽを向いて、団子を食す。
「ほら、レフィちゃんまだ、団子はあるからねー、また言ったらあげちゃうよー」
楽しそうに言うタリスの言葉に、レフィのプライドと食い意地が対決していた。
△△△
アクレアの外れにある古い教会。
「……まいったな」
小声で呟くレクス。
少しだけ来るタイミングが悪かったようだ。
自分が暮らすのに必要な費用を抜いた給与を寄付しに着たが……
ちょっとした修羅場……というか……
「リースなんか大嫌いッ!!」
理由はわからなかったがリースに叱られただろうシエルは大粒の涙を流しながら、
訪れたレクスにしがみ付く。
「シエル……悪くないのにッ!レクスッ!!」
言葉足らずで、レクスに何かを訴えかける。
リースとシエルの側で、シエルと同じくらいの年ぐらいの女の子とその母親だろう女性……母親らしい女性は凄く険しい顔をしていて、女の子は頬に少しだけアザを作り、シエルを睨みつけている。
話を聞くと、母親らしい女性が都合の良い内容に言葉を訂正してきたが、
教会やリースや自分の家族を馬鹿にされたシエルが怒ってその女の子に手をあげた……ということだ。
「レクス……レクスはシエルの味方をしてくれるよね?」
そう言って、レクスを見上げるシエル。
レクスはその場にしゃがむとシエルと同じ高さに顔を持ってくる。
そっと頭に自分のてを乗せる。
「そうだね……家族のために戦ったシエルは凄く偉いことだよ……ただ、どんな理由であれ、人に暴力を振るうって行動は、絶対的な正当化はされないんだ……正当化されてはいけない、そして……その行動は自分の周りの人を時に巻き込んでしまう、そして結果、リースさんは、家族、シエル、君を守るために、心を鬼にしてでも、そのおこないを叱らないとならないんだ」
そう言って優しく頭を撫でる。
「間違った事を叱ってくれる人が側に居る……というのは幸せな事なんだ。自分の大事な子供が怪我をして、その理由が相手にあるとだけしか考えず、自分の子供を叱れない、そんな子供がどう成長するか……」
シエルは喧嘩した女の子を見る。
「それが、どんな大人に成長するのか……」
すっと、目線を斜め上の女性に移す。
「シエル……君はそんな大人に育てられ、そんな大人になりたいかい?」
そう言われ、再度近くにあるレクスの顔に振り返り、
「やだっ」
そう言ってレクスに抱きつく。
「うん……シエル、それじゃ……どうするべきか、解るね?」
そうシエルの手を取り、女の子とその母親の前に立つ。
「ごめんなさい」
頭を90度下げ、シエルはその家族に謝罪する。
少しだけ困惑している……目の前の家族に、少しだけ威圧的な目でレクスが言う。
「……別にそちらからの謝罪を求めません、ただ、自分なりに意見を伝えたつもりです、それでもまだ、そちらが話し合いを要求するようなら、自分もストレートに意見を言わせて頂きますが?」
女の子の母親はそれに威圧されるように……
「い、いくよ……」
娘の手を引っ張り逃げるように、教会を後にする。
再び、シエルと同じ顔の高さになるようしゃがむと、
「頑張ったね」
再び、優しくシエルの頭を撫でる。
「うんっ!」
そう言って、再び大粒の涙を流しながらレクスにしがみついた。
だが、それを拒絶するようにシエルの肩を掴み、再び自分の目線にシエルの顔を持ってくる。
「……シエル、本当に謝らないとならない人が他にいるんじゃないかい?」
少しだけ突き放すように……
その言葉にシエルとリースがビクンと身体を震わせる。
まさか、まだ続くとは2人とも思っていなかった。
「……正しく叱ってくれる人間が居るっていうのは、幸せなことだよ、実の母親でさえできないこと……それを嫌われる覚悟でできる、それってもの凄く大変な事なんだ……でも、覚悟ができていたとして、強い拒絶の言葉を言われたらもの凄く辛いはずだよ、人間だから感情的になることはある……酷い事を言ってしまう事もある……でも、シエルがそれをきちんとそれを理解してその言葉が言えれば、シエルは正しく成長し、二人はもっと深い絆で結ばれる、中々言えないたった一言かもしれない……」
小さな少女に言うには少し難しい話かもしれない。
「……シエル、次にしなくちゃならない事……わかるよね?」
いつもは、甘やかしすぎなくらいに自分の味方してくれるレクス。
少しだけ、やりきれない気持ちもあったが、少女はどうしても目の前の男性にだけは嫌われてしまう事が嫌だった。
素直になれない自分を振るい立たせる理由には十分だった。
今度は手を引いて導いてくれる事はない。
シエルは自分の足で、リースの前に立つ。
少しだけビクリとリースに緊張が走る。
「リース……ごめんなさい……大嫌いなんて言ってごめんなさい……」
大粒の涙を流しながらそうリースに謝罪する。
途端にリースからも堪えていた涙が我慢が限界を超えたようにこぼれ出す。
「ううん……私の方こそ御免なさい」
本当は褒めてあげたかった、かばってあげたかった……
でも、あの家族を敵対することで、益々この教会の評判を下げてしまうことが怖かった。
私達のために懸命に抗ったシエルを叱ってしまった。
叱るという行為は、正しくその者を導く理由とそれを理解させる言葉が必要である。
きっと私にはそれが欠けていた。
なのに、目の前のこの人はその私の欠けた部分を全て補ってくれた。
本当に凄い人……本当に優しい人……本当に正しい人……
こんな人に……こんな人に……こんな感情を抱かない事ができるのだろうか?
互いに泣きつかれ、シエルは部屋に戻り、
レクスとリースが2人きりになった頃、
「こんなタイミングで申し訳ないけど……」
そう言って、俯き黙ったままのリースにいつもの封筒を差し出す。
が、一向にそれを受け取ろうとしない。
こんな場面の後だ、無理もない。
そう思い、少し強引に封筒を手に握らせるとその場を後にしようと振り返る。
ガサッと手渡した封筒が地面に落ちる。
えっ?と振り返ろうとした瞬間、背中に自分の半分くらいの体重がかかる。
ぎゅっと、背中の服を両手で掴み、頭を背に押し付ける。
「……ずるいです」
リースはそんな言葉だけを伝える。
伝える訳にいかない……
こうして、自分達が生活するために何の見返りもできずお金を貰い、
そして、こんな風に子供たちだけでなく、私までもを助けてくれる……
そんな人を……
そんな正義の味方に……
この身を捧げて私物化できるならなんて……そんな醜い感情を持たないほど、私という人間は完璧じゃない。
「わたし……わたしはっ……」
その先は言ってはならない……それだけは理解している。
きっと、この感情には自分が生きていくための支援、寄付を求める気持ち。
そんな、強く、優しい彼を、独占したいという気持ち。
多分、そんな気持ちが半分以上を占めている。
それでも……求めたくなる。
私だけを見てくれるなら……私はきっと彼が嫌うような醜い人間に落ちてしまう。
「……神奪戦争、それに選ばれたメンバーに会いました」
背にリースの体重を受けたまま、レクスは話し始める。
その意図を理解してかはわからない。
「……正直、自分が勝ち残れるかはわかりません」
そんな事を笑い混じりに言うレクス。
「……嫌です」
絶対に失いたくない。
ずっと支えになって欲しい。
「……リースさんは強い人です、自分がもしそれができなくなっても、教会の寄付は滞ることないようなんとかします……」
万が一の場合の保証というようにレクスは言う。
「……嫌です……ダメですよ、今更……私達、私を見捨てるような真似……そんな残酷な事を言わないで下さい」
ぎゅっと、背中の服を握る力が強くなる。
絶対に離さないという意思を伝えるように。
「ただ……一つだけ約束させて下さい」
レクスがそう続ける。
「もし……自分がこの戦争を勝ち抜き、再びこの場所を訪れる事が出来た時……」
「その時に、リースさんのその言葉を聞かせて頂ければ、その時はきちんと自分の答えを伝えたいと思います」
そうレクスはリースへ告げ、
「だから……今はシエルを、家族を守って下さい」
そうレクスは告げ、
「……はい」
そうリースは答え。
「……だから、必ずここに戻ってくると約束して下さい」
リースから流れる涙でその背はびしょびしょに濡れ、
「……シエル、リースさん、2人が自分を信じていてくれる限り自分は、正義を貫き戦っていけます」
そうリースへ約束する。
明かりもつけない真っ暗な部屋は月の光だけが部屋の窓から2人を照らして居た。
そんな月をレクスは見る。
自分の置かれている状況……
見知らぬ場所に召喚され、望まぬ戦いに巻き込まれた。
望まぬ望みを叶えるために強制的に参加させられた戦争。
神がいったい何を考えているかなんてわからない……
それでも……自分は守るべきもののため……
決して望まぬその争いであってでも……
守るべきものはそこにある。
「……シエル、偉そうに説教までしたのに御免ね……勝ち負けを避けられない以上自分は戦かわなきゃならない……シエル、リースさん、それらを言い訳にして……自分はこの戦争を勝ちぬいて行く……許して……くれるかい」
そう……照らす月に向かいレクスは呟いた。
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