見上げる、見渡す。

「見上げてばかりいるから、君は転げてしまうのかもしれないね」


先生は涙の跡を隠すことも忘れた僕に優しくそう告げる。


「でも先生、上を見ることはいいことだと仰っていたじゃないですか」

「うん、ただし見上げてばかりじゃ駄目だ」


そういうと先生は不意に夜が迫る空に人差し指を伸ばした。


「君はあの雲が何に見える?」


何の変哲もない白い雲に覆いかぶさるように見える紫色の雲。


「僕には竜に見えます」

「そうか、ぼくにはあれは何の変哲もない雲に見えるよ」

「何が言いたいんですか?」

「君の想像力、発想力豊かなところは紛れもない長所だ」


ふわりと人差し指が宙に円を描いて先生の鼻先に止まる。


「じゃあぼくは君にどう見える?」

「どうって…」


答えはすぐには浮かばなかった。

先生は自分の中で先生でしかない。

戸惑うぼくの頭を先生は撫でる。


「もっと周りを見なさい、君の周りを。君の周りは素晴らしいものに溢れている」

「それは…先生もってことですか?」

「ははっそういわれるとは思わなかったな」


一本取られたというように笑う先生に僕はまだ言葉をかみ砕ききれないような表情を向けてしまった。それを見てもう一度強く頭を撫でられる。


「見上げ続けていてもいつかその雲は消えてしまう。だから少しだけでもいいから周りを見渡してごらん」


不意に撫でる手を止めて先生が階段の方を指さした。

そこにはこちらをこっそりと伺うようにしている同級生たちがいた。

みんなは見つかった!というようにバッと顔を隠してから数秒、もう一度ちらりとこちらを伺うように顔を出した。


「素晴らしいもの、見つかっただろう?」

「……はい!」


僕は階段の方へ駆けだした。同級生たちはそれを見て待ってました!と言わんばかりに手を広げてくれる。あたたかい。青春の匂い。

空に浮かぶ紫色の竜は、風に乗っていつの間にか消えていた。


(暗転)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編 ほのぼの爽やかまとめ めがねのひと @megane_book

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説