たゆたう奴らはノンアルで。

波子 陸斗

プロローグ:鍋とカレー


「カレー鍋ってさ、かなり卑怯だと思うんだよね」


電気鍋のツマミをひねり、グツグツ煮立つ音が次第に弱くなっていくのを音で確認してから、俺は恐る恐る鍋の蓋を開けた。


「卑怯って、どの辺がですか?」


プラスチック製のお椀を取り、こぼさないようゆっくり汁と具材をよそっていく。


「ほら、カレー鍋って少し水っぽいてだけでほぼカレーじゃん?

の癖して、じゃあ何の料理に分類されますかってなったら、鍋じゃん」


「まぁ、名前に鍋って入ってるしな」


「そう、でも結局味の決め手はカレーでしょ?カレーに依存しすぎというか、何というか……鍋という土俵の上で真っ向勝負をしているとは思えないんだよね、水炊きとか鳥出汁とりだしとか真剣勝負してる他の鍋たちに失礼」


「そう言われたらちょっと……というか随分卑怯な気もしますね」


鍋を挟んで正面に座る後輩・秋庭あきばの前にまず器を置く。


「あ、ありがとうございます」


「それ言ったらスープカレーもだよな、俺嫌いなんだよスープカレー」

「え?スープカレーは違うでしょ」

「でもあれもカレーをシャバシャバにしただけだし、カレー鍋とほぼ一緒じゃ?」


「カレー鍋は鍋だけど、スープカレーはカレーじゃん。

ちゃんとカレーというジャンルの中で勝負してる分、カレー鍋とは雲泥の差だよ」


「待て待て、そもそもスープカレーのジャンルってカレーか?」


「カレーでしょ」「スープだろ」


今度は中条ちゅうじょうの前に器を置くと、中条は小さく「サンキュ」と返す。


「その感覚全然分かんない、じゃあドライカレーは?」

「ドライカレーはもろカレーだろ、もったりしてるし」

「中条ってカレーを粘度で定義してるの?」

「カレーは粘度だろ、俺自炊でカレー作る時も規定量の倍ルウ入れるし」

「病気になりそうですね…」

「叶ちゃんはどう思う?」

「正直、スープカレーはカレーかと」

「ほらやっぱり」


城間しろまの前に最後、器を置いた。


「全員行き渡ったぞ」


「全然納得できん。木口きくちは?さっきから喋らねーけど今のやりとり聞いてたか」


「よそうのに集中してたんだよ、スープカレーはさすがにカレーだろ」

「え、何?じゃあお前らスープカレーで米いけんの?」

「余裕でいけるでしょ」

「あんな水みたいなカレーで?よくいけるな」


「あの…さっきから気になってたんですけど、スープカレーって言うほど水っぽいですか?私の中でスープカレーって、ちょっとサラッとしてるだけでほぼほぼカレーくらいのイメージなんですけど」


「あれがほぼほぼカレー……?秋庭家のカレーって……ルウ入ってる?」

「入ってますよ!」

「なぁ……そろそろ食べないか?」

「おっと、そうだったな、悪い悪い」

「そうですね、冷めても良くないですし」


「じゃ、手を合わせて……いただきますかっ!」


恐る恐る器を口に付け、限られた情報から解くべく、スープをまるでワインのように口内で転がしてみる。



「………………あっまい」

「うん、海外系の甘さというか、ケミカリーというか…」

「ヴィレッジヴァンガードを丸ごと煮込んだみてぇダナ」

「最適な比喩かはさておき……言いたいことは分かります」


お世辞にも美味しいとはとても言えない鍋のスープ、でもまぁ予想の範囲内だ。

今度はその出汁を十分に吸っているであろう物体Xを一口。


「なんだこれ、柔らかくて、甘くて………あの、あれだ……あの……カービィ食べてるみたいだな……星の」


「中条、無理に例える必要は無いんだぞ」

「今更の確認だけど、全員食べられるものしか入れてないよな?」


「……………」


「そこでみんな黙るなよ!こえぇだろ!」

「さすがにそこの分別はつくだろ、なぁ城間?」


「……………」


「だから無言はやめろ!」


と、なんやかんやありながらも残りの物体Y、物体Zも無事に食べ終えた。


物体Xは俺が持ってきたからいいとして、他が分かんねえんだよな。


少し考えて、薄らシャキシャキ感のあった物体Yは水菜。

物体Zはドロッとしてて、スープの甘み以外で素材自体の甘みを感じた気がしたので適当にマンゴー。


そしてスープはゼロカロリーコーラと予想。


結果は…………まさかの全問不正解。


物体Yは秋庭の豆苗、物体Zは中条の桃缶、そしてスープは城間のドクターペッパーだった。


アイマスクを外して電気をつけると、禍々しいオーラを放つ鍋と目が合った。


「叶ちゃんは豆苗か……分からなかった~」

「敢えて普通の鍋でも使われる具材をチョイスしました、中条先輩は……桃缶?」


「昨日まで闇鍋やるってこと忘れててさ、なんかないかなって家中探してたら押入れからこれが出てきてさ」


そんな危険なモノ食わすなよ。


「安心しろ、賞味期限は今日までだったからギリギリ切れていない」

「もう0時過ぎてるんですけど……」

「城間はドクペか」


「そ、最近見てるアニメの主人公がドクペ飲んでてさ、私も買ってみたんだけど、なんというか…独特の風味で面白かったから、みんなにおすそ分けしようと思って」


つまりあれか、マズくてもういらないけどせっかく買ったのに捨てるのは忍びないから、俺たちに処分させようとしたってわけか。


「ドクペスープ、まじで地獄だったな」

「その地獄の出汁をパンパンに吸った木口のお麩もヤバかったぞ」

「城間なら美味い出汁を用意してくれると思ってたんだがなぁ」

「お前、こうなることを見越しての麩か………」


その通り。


「味としては最悪でしたけど、闇鍋としては中々でしたね」

「なんか口直しにどっか食いにいく?」

「今の時間だと……大学近くのガストくらいか」

「ガストいいね、あ、でもガストってカレーあったっけ?めっちゃカレー食べたい」

「闇鍋途中ずっとカレーの話してましたしね、私もカレーの気分です」

「どうだろうな、ガストにあんまりカレーのイメージないけど」


でもあれだけカレーカレーと聞かされたら、なんか俺も食べたくなってきたな。


「カレー……あ、そうだ、スープカレー」

「その話、まだ続くんですか」

「スープカレーで米いけるのがまだ信じられなくてな」


「もしかしてなんですけど……先輩の言うスープカレーと私たちが想像するスープカレーに食い違いがあるんじゃないですか?」


「んなわけ、だってあれだろ?いわゆるスープカレーだろ?」

「じゃあ先輩、これ見てもらってもいいですか?」


そう言って、秋庭は中条にスマホを見せる。


映し出されていたのは、想像していたスープカレーと違い、茶色が薄く、どちらかというと黄色っぽいスープだった。


「そうこれ、学校でカレーの匂いして期待してたら、給食でこいつが出てきて腹立ったの今でも覚えてるわ」


「先輩……残念ながらこれはカレースープです、スープカレーとはこういうのです」


と言って次に見せたのは、想像していた通りのスープカレーの写真だった。


「これがスープカレー…?ほぼカレーじゃん」


「そうなんです、ほぼカレーなんです。つまり先輩が今までスープカレーだと思っていたものはカレースープだったんですよ」


「本当のスープカレーは余裕で米いけます」

「スープカレーがカレースープで、本当のスープカレーはほぼカレー……?」


突然のことに、現実が受け止められていない様子の中条。


「調べたけど、ガストにカレーありそう」

「よし、じゃあ行くか」

「スープカレーがカレースープ、スープカレーがカレー……」


すっかりカレーの口の3人と、スープカレーの真実を知らされた男は家を出る。


鍋にも、スープにも、闇鍋の後の口直しにも、長年の誤解の解消にも。



やっぱりカレーは偉大だな。

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たゆたう奴らはノンアルで。 波子 陸斗 @mizima_sakasa

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