意識とサイのカーテンコール
「…………………………………………」
ゆっくりと目を開く。
ボヤけた視界には、綺麗な星空が広がっていた。
ここはどこだろう。
両手を上げて寝ていたボクは、何となく星に向けて手を伸ばそうとする。
「~~~~っ!」
ほんの僅かに動かしただけで、腕にビリっとした痛みが走った。
悶えたことにより、更なる苦痛の連鎖が生じる。
まるで全身が筋肉痛にでもなっているような感覚だった。
「目が覚めたみたいね」
「!」
聞き覚えのある声と共に、ボクの視界に逆さの天王寺さんが映り込む。
私服姿の少女を見て、徐々に意識が鮮明になっていった。
「………………っ! 天王寺さんっ! 運営は――――」
「はい確保」
「え…………? 痛たたたたたたっ! ああっ?」
頭上に屈みこんだ天王寺さんが、ボクの両腕を掴んで持ち上げる。
見せられたのは、既に手錠よって拘束されている両手首だった。
「…………ボク、また容疑者なの?」
「理解が早いようで助かるわ」
「あぎゃああああっ!」
天王寺さんがパッと手を離すと、重力に従い落下した腕のせいで激痛に襲われた。
歯を食いしばり深呼吸を繰り返す中、今度は眼鏡を掛けさせられる。
明瞭になった視界に映ったのは、夜空ではなく暗闇の空間だった。
「その様子だと、身体は満足に動かせないようね」
「よくわからないけど、そうみたいで……それより天王寺さん、運営はどうなったの?」
「覚えていないのかしら?」
「う、うん……」
「そう。とりあえず安心して頂戴。今度こそ全て終わったわ」
ボクは天王寺さんから、十手を手にした後の出来事を聞いた。
運営を容赦なく叩きのめしたこと。
再び呼び出された大量のエミナスに、意気揚々と襲いかかったこと。
そして全てを消し終えた後で、力尽きるように倒れたこと。
「正直に言って、人間業じゃなかったわね……」
天王寺さんは、最後にそっと呟いた。
ボクに手錠を付けるほど警戒していた点からも、その脅威は充分に窺える。
アニミストは人間じゃない。
意識しないようにしていた運営の言葉が、頭の中に浮かび上がっていた。
恐らくあの話は、天王寺さんも聞いていただろう。
もしかしたら人間離れしたボクの姿を見て、ショックだったのかもしれない。
「暴走するなら眼鏡キャラらしく、眼鏡を外した時だけにして頂戴」
「…………へ?」
「まあ私からすれば霊崎君が人間であろうとなかろうと、ドが付くほどの変態であることに比べれば大した問題じゃないのだけれど」
「いや大問題だよねっ? 寧ろボクの変態ってそこまでの問題なのっ?」
「問題よ。地球変態化……じゃなくて、地球温暖化くらい問題だわ」
「地球変態化っ?」
落ち込んでいるかと思いきや、普段と変わらない罵倒が炸裂した。
思わず苦笑いを浮かべながら、動かない身体で蜃気楼のような空間を眺めつつ尋ねる。
「でも、これからどうしよっか……」
天王寺さんの話を聞いた限り、運営を倒しても出口はなかったんだろう。
もうサイはいない。
ボク達が脱出する方法は、大切なパートナーと共に消滅してしまった。
「どうするって、帰るに決まっているわ。延々と同じような景色が広がっているだけで何もないこんな場所に、いつまでも霊崎君と一緒にいるつもりは毛頭ないわよ」
「帰るって、どうやって?」
「何を寝惚けたことを言っているの? 彼女にお願いすればいいだけの話でしょう?」
「彼女……?」
天王寺さんのいる頭上とは反対側――ボクの足元に人影が現れる。
目に入ったのは、色鮮やかな蒼白色の髪。
視線を下ろしていくと、そこにいたのは消えてしまった筈の半透明な少女だった。
「サ…………サ……サいいいいいいいいいいっ?」
上半身を起こそうとした結果、全身に激痛が走る。
思わず声が裏返り、陸に上がった魚みたいにピクピクした。
「貴方って切れ者なのか馬鹿なのか、未だによくわからないわね」
「そ、そんなことより、どうしてサイがっ?」
「私も最初は驚いたわ。霊崎君が目を覚ますのを待っていたら、彼女が突然現れたのよ。まあサイは色々とイレギュラーだったし、大体の理由は推測できたけれど」
「イレギュラーって、どういうこと?」
「サイは私のエミナスになった後で、霊崎君からもアニマを吹き込まれているでしょう? つまり一つの媒体に二つの命があったという訳。今回消えたのは先に与えた方の命……私が吹き込んだアニマだけが無くなったのよ」
「そ、そうなの?」
(多分)
「え? 多分って、サイにもわからないってこと?」
「エミナスの持っている知識は、運営のバックアップありきだったみたいね。私も今回の件について色々聞いてみたけれど、肝心なことは全然わからなかったわ」
天王寺さんは手錠を外すと、指に引っ掛けて回しながら答える。
聞いてみたとは言うものの、手錠のエミナスはボクの視界には見当たらない。
「その子にも色々とお世話になったし、お礼を言いたいんだけど……」
「貴方の狂戦士っぷりを見て完全に怯えているから、また今度にでもして頂戴」
「そっか……ねえサイ。ボクに何が起きたのかわかる? 十手を握ったら何かこう、力が湧いてきた代わりに、感情が抑えられなくなったところまでは覚えてるんだけど……」
(もしかしたら、十手が霊装になっていたのかも)
「霊装に? どういうこと?」
(本来扱えない筈のマスターが手にしたことで暴走した……という可能性)
「うーん、そうなのかな?」
「一人で話を進めないでくれるかしら?」
「あ……ごめんごめん。はっきりとした答えはわからないんだけど、サイはマスターが二人いる状態だったでしょ? あの時に残した十手が霊装になって、本来扱えない筈のマスターであるボクが手にしたことが原因で暴走したんじゃないかってさ」
「やっぱり推測の域に過ぎないのね。確かに霊崎君がおかしくなり始めたのは十手を繋げて弓みたいな形の剣にした後だったけれど、サイは変色したアニマ球の吹き込みといいイレギュラーが多すぎてわからないことだらけだわ」
いくら考えたところで、答えは出てこないだろう。
サイがこうして生きていてくれた……今はそれだけで充分だ。
「ちなみにボクってどれくらい眠ってたの?」
「ざっと二時間弱かしら」
「そんなに……? サイはどれくらい前に意識が戻ったの?」
(約十分前)
この空間について調べたとしても、天王寺さんの発言通り何もないとしたら潰せる時間は頑張って三十分程度。サイが現れるまでは元の世界に帰れるかどうかすらわからなかっただろうし、表情には見せていないものの相当な不安だったのかもしれない。
「天王寺さんもサイも、本当にありがとう」
「こちらとしてはお礼よりも、例のクイズの答えを教えて欲しいくらいかしら」
「クイズ?」
「一日に二回、一年に一回しかないもの。霊崎君が目を覚ますまでの暇潰しに考えてみたけれど、そんなものが本当にあるのか皆目見当もつかないわね」
「それに関してはボクより颯に聞いてあげてよ。アニミストとは何の関係もないからさ」
「あの顔は暫くの間、見るのも御免よ」
「あはは……それじゃあサイ、お願いしてもいいかな?」
(了解)
「ニグルム!」
半透明だった身体が色濃くなる。
運んでもらうのは初めてだし、どんな感じなのか楽しみだ。
(くっついて)
「え?」
(今だけ許可する。しっかり触れ合わないと移動できない)
「そ、そう言われても……」
「どうしたのかしら?」
「い、いや……その…………サイから、くっつくように言われたんだけど……」
「忘れていたわ。彼女はもう私のエミナスじゃないから、そうしないと駄目なのね」
「どういうこと?」
「自転車の二人乗りと同じよ。サイはマスターを口寄せできるけど、マスター以外の人間を呼び寄せる場合はある程度密着している必要があるという訳」
「密着って言われても、ボク動けないんだけど……」
「はあ……仕方ないわね」
「えっ? ~~~~っ!」
ボクの身体の上に、天王寺さんが馬乗りになる。
当然のように痛みが生じたものの、それどころじゃない。
あろうことか天王寺さんは、自分の身体を這わせるように寝そべってきた。
「ふおおおおおぉっ?」
滅茶苦茶痛い。
痛いけど、それ以上に興奮がヤバい。
目の前に迫る整った顔と、見惚れそうになる艶やかな唇。
シャツの薄い生地越しに、大きな胸のムニュっとした柔らかい感触が伝わってきた。
真っ直ぐに伸びた綺麗な長髪からは、シャンプーの良い香りが鼻をくすぐる。
視覚、触覚、嗅覚が浸食され、痛覚は完全に支配されていた。
「せいぜい感謝しなさい」
そしてついには、聴覚までも奪われる。
ボクの手をギュッと握り締めた彼女は、色っぽい声で囁いた。
「か、かかか、かかかか感謝します!」
(変態)
サイの冷たい視線を感じながらも、長い夜はようやく終わりを迎えるのだった。
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