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  • 愛と呼べない夜を越えたいへの応援コメント

    親は自ら子ガチャのギャンブルをする。
    子供は親ガチャと本人ガチャ(才能ガチャや環境ガチャなど)に強制参加させられる。


    このお話の場合は以下ですね。

    親目線(あんたなんか産みたくなかった)
     子ガチャ外れ(唯一確実な回避方法は産まない)

    子目線(子は以下二つとも回避不可能。親なら産まないことで回避可能)
     親ガチャ外れ(親の都合で産んだのに「産みたくなかった」と逆ギレ)
     本人ガチャ外れ(親もわざとではないが、親が遺伝子か環境か両方をミスった)

    これって、(親もわざとじゃないけど)100%親のミスが子供にいったのが明確なのでは…。

    この親は産むとき子ガチャ外れと思ってすらいなさそう。そして子ガチャ外れの可能性を認識する知能(つまり遺伝子や環境など)がこの親にも与えられていない。

    よって親も親の親が回した子ガチャの被害者。

    こうして元を辿りまくると、人間をそういうふうに作ったのは進化で生き物をそう作ったのは万物で万物をそうさせたのは地球で地球をそう作ったのは宇宙で宇宙をそう作ったのは…と辿ると全ての始まりですね。

    全ての始まりが諸悪の根源ですね。
    ってことはあえて「諸悪の根源」を擬人的に呼ぶと「創造神」ですね。

    ってことは創造神が全ての不幸の原因ですね。
    人類ではどうすることもできませんが、ガチギレするべき相手は実は創造神ですね。

    なので親ガチャや子ガチャに外れた時は「創造神め〜!!私を外れに子を産むようにしやがって!」とか「創造神め!外れの親作って子供である自分を産ませやがって!」ってキレるのがスジは通っていますね。

    親ガチャ外れや子ガチャ外れのみなさん。創造神にキレましょう!たがいに「まじか外れ親じゃん。でも外れ親も創造神の犠牲者か〜。」と「まじか外れ子じゃん。でもハズレ子も創造神の犠牲者か〜。」って思うのが正しい認識です。

    全ての諸悪の根源「創造神」って最低ですよね。
    それがよくわかる素晴らしい小説でした!ナイスです!

    作者からの返信

    反出生主義を調べているときに思いついた短編。これが創造神ガチャに繋がるとは。

    親ガチャから始まり、子ガチャ、孫ガチャ、環境ガチャ、国ガチャへと広がりました。その源流を遡れば創造神ガチャと。諸悪の根元と言えばそうなのかも?

    「あーあ、あっちの創造神の向こうの世界線に生まれたかったなー」

    創造神
    「だったら向こうの世界線の子になっちゃいなさい! アンタなんかもうウチの子じゃありません!」


    まあ、創造神も生まれたくて生まれてきたのかどうか。神というのも人が信じていないと存在できないとなると、人が原因とひっくり返ってしまい。
    さて、卵が先か鶏が先か。
    感想ありがとうございます。

  • 愛と呼べない夜を越えたいへの応援コメント

    愛ってなんだろうって思えてきました
    欲しいものだし
    勝手に出てきたり
    うっとおしくなったり
    足りなくもなるし
    嫌よ嫌よもあるし

    作者からの返信

    愛とは何か?
    こういうことに悩まない人の方が、無自覚に他人の人生を壊して、そのことに気がつかなかったりなど。

    歌『命に嫌われている』などが若者に人気の時代。
    核家族化の都市型の生活に慣れた人達が、昔からあった家族の在り方を見失ったのが近代かな? とか考えています。

    コロナウィルスの自粛から家庭内暴力も増え、家族の性的暴行から望まぬ妊娠に悩む中高生からの相談が増えたり。若者の自殺者が増加したりなど。

    裁判になる前に、家族からの逃げ場所となるような避難所、駆け込み寺のような施設が必要な時代ではないかと。

    愛ほど、欲しがるほどに逃げていくものは無いのかもしれません。
    だけども、そこに悩む人は優しい人だと、私は思います。

  • 愛と呼べない夜を越えたいへの応援コメント

    こういうことを言ってられるのは15ぐらいまででしょうか。
    主語がでかすぎ。
    しかも、本音では愛が欲しいとか、幼稚園児かよ。

    作者からの返信

    昨今、広まる反出生主義とそこから親を訴える裁判から着想しました。

    映画『存在のない子供たち』がカンヌ映画祭審査員賞受賞するなど、反出生主義について賛同、反対と議論されるなど。

    家族の形を見失ったことが、先進国での少子化の要因のひとつなのでしょう。

    人は何故、生まれるのか。生きるとはなんなのか。幼稚園児でも悩むようなことに一生悩み続けるのも、人の業かもしれませんね。