僕たちのVirtual Story
猫神流兎
一章 Virtual Idleを始めよう
1 出会い
土曜の昼下がり。
基本的に日本では休みの日である今日、
「怪我した本人よりも周りで見ていたガヤの方が慌てるってマジであるんだなぁ……まあ丁度良いか」
診察と怪我の治療が終わり美希也は会計の順番待ち用の長椅子に腰を掛ける。
未希也がこの病院に来た理由は、ゴミ捨て場の近くに植えられている街路樹の上で落っこちそうになっていた子猫を助け、木から飛び降りた時による怪我だ。
運悪く着地したところの近くにあったゴミ袋から突き出ていた壊れた鉄製のハサミでザックリと右脹脛を切ってしまった。大きな血管までは切らなかったがそこそこ深い傷だったため派手に出血した。
ここまでは未希也にとっては日常茶飯事だ。
というのも、興味が沸いたことや面白そうなことに進んで頭を突っ込む性格をしているため、身体のそこかしこに生傷が絶えない。簡易的な手当ての心得がある程度には色々な事柄に頭を突っ込んでいると本人も自負しているほどだ。
だが問題はここからである。
今回、幸か不幸か野次馬や子猫を心配した人などギャラリーが多く集まっていた。その中に大学病院の医療従事者の人がおり、その人が「何かあるといけないから病院に行くべきだ」と言い出したのだ。未希也は最初、「怪我はいつものことだから大丈夫だ」と断っていた。しかし、必死に訴え掛けられ最終的には泣きながら懇願しだしたので、流石に断り続けていても埒が明かないと悟った未希也が渋々了承する形で場を収めた。
結果、助けた猫をその人に預けて今に至るという訳だ。
「だる~いなぁ~」
言葉と裏腹に子猫を助けれたことに満足気でたまには怪我で病院に来るのも悪くないと思っている。
病院での診察と治療は三十分程度で終わり、会計は自動精算機でさっと終わらせていた。医者には傷が治るまで激しい動きをせず安静にしろと言われているが、未希也はそう言われておちおち大人しくできる人間ではない。
(さて、住所教えて貰っているし子猫引き取りに行くか~っと……その前に昼飯ついでに病院探索しよっと)
滅多に来ることない大きな病院だということで探検がてらに併設された店を見て回る。
その道中、小麦の焼けた香ばしい匂いに釣られてパン屋に入店した。
店内は一般患者や入院患者がそこそこ利用している姿が見受けられ、洋風な見た目をしている。売っているのはパンだけではなく焼き菓子やケーキ、パスタやおにぎりといったちょっとした料理もある。奥に飲食スペースもあり誰でも利用可能だ。
そこでカレーパンを数個買い、飲食スペースに空きがあるかどうか見てみるが昼時なので席は全部埋まっていた。
適当に座れる場所を求め、建物から出て壁に沿いながら駐車場がある裏手へと行く。
「んおっ? ここにするかな」
病院の壁際に設置された他のベンチより日当たりが良い場所。そこに鎮座するベンチに目が留まり、流れるように腰を下ろす。
カレーパンを包装紙から取り出し、いざ食べようとしたその時だった。
「そこの人! 退けてくださ~い!」
真上からそんな声と共に頭上が影になりどんどん大きくなっていく。未希也は咄嗟に座っていたベンチから転がる様に回避する。そして何者かがベンチの上に着地した。
「ふう~、此処までくれば時間は稼げるはず!」
ひと汗掻いてやり切った様子でベンチの上に立つ何者かを未希也は見極める。視界に入ったのは青色の病衣を纏う毛先まで真っ直ぐな黒髪ミディアムボブの綺麗で見麗しい遊び盛りな歳と思わせる小柄な子だった。右手には大きくガーゼが貼ってあり、その手中には丸めた雑誌を握っている。
(小いや、中学生の男の……子だよな? だけど万が一、億が一の可能性もある……)
この病院では入院患者、特に手術前の患者や長期入院者の性別が一目で分かりやすく区別するために基本的に女性はピンク、男性は水色の病衣を着用させられている。余程のことがい限り、間違っても着させることはない。病衣から察するにこの子の性別は男となる。可能性の話をするとなればキリがないが病院側のミスで病衣を取り違った可能性やトランスジェンダーの可能性もありこの法則は安易に例外が起こる。
未希也はこの子の性別について今は考えることやめた。
「そこの人、ごめんなさい! まさかここに人が座っているなんて思もわなかったんです――ってもう追いつかれましたか、チッ!」
ベンチの上で立っている子は必死に謝りだしたかと思いきや未希也の後ろを見据えて舌打ちをする。
同時に後ろから声がした。
「
状況が二転三転する最中、驚く未希也は後ろの声の正体を見るべく振り返る。そこには息を荒げた若い看護師が立っていた。
『月葉君』と呼ばれた子は看護師に向かって片方の下瞼を引き下げ舌を出し返答する。
「あっかんべ~!」
挑発的な態度に看護師は大きく息を吐くと両頬を思いっ切り叩いて、此方に向かって走り出した。
「やっべ、どなたか知りませんがスミマセン! 一緒に逃げますよ!」
「なんでそうなった!?」
「理由は後で話します! とりあえず逃げます!」
「わ、分かった!」
聞き返すが返答を貰えず手を力強く引っ張られ、されるがままに巻き込まれる。
何が起きるか想像してニヤケけが止まらない未希也は、バレない様に口元を手で隠す。そのまま一緒にこの場から逃げ出した。
病院内に入いってからは休む暇もなく小児科、内科、外科などの診察エリアを小走りで連れ回され最終的に病院内に併設されているパン屋に偶然にもまた入店することになった。
書き入れ時を過ぎているため、未希也が来た時よりも店内は閑散としている。店内の飲食スペースに限って言えばがらんとしていた。
「よし、ここいらでちょっと休憩します。巻き込んでしまい本当に申し訳わりませんでした。店主! いつものパンたちをお願いします! あと今日はオレンジ生絞り、二つ!」
どうやらこのパン屋の店主とは顔馴染みらしく親し気に会話をしてパンを数個注文をしている。店員に一番奥の席まで運ばせてその席に二人は座った。他の客の対応から見るになかなかの高待遇である。
「ささっ、座ってください。ああ、飲み物は僕が奢ります。迷惑をかけたお詫びというやつです」
「お、おう」
相手のテンションに若干、置いてけぼりになりながらも奢りと称されたジュースに恐る恐る口をつけて一息入れた。
「まずは自己紹介からですね。僕は
「お――俺は未希也だ。気軽に呼んでくれ。あの元気っぷりを見て病弱なんて思えねぇな」
「ですよね~」
一緒に逃げ回った仲なので遠慮なんて無いに等しく、未希也は初対面だが皮肉っぽさを交えた失礼な返答をする。対して月葉と名乗った子は軽く自嘲気味に笑って肯定した。
「――で、なんで看護師から逃げていて、俺を置いて行かずに巻き込んだんだ?」
さっさと本題に移る未希也に一瞬、眉を顰めどう話そうか戸惑いを見せるが直ぐに口を開く。
「やっと点滴生活から解放されて久々にテンション上げて身体を動かしていたら、看護師さんに見つかりまして――」
証拠だとばかりにガーゼが貼られた右手を見せつける。
「――巻き込んだ理由としては叱られるのを少しでも軽減したかったから、ですね! 他人を巻き込むことで叱られる時間が減るかもしれないので巻き込みました!」
思い立ったら即行動に移す性質だが入院するほどの事情を抱えているという、身体と精神のギャップを持つ月葉に未希也は少しずつ納得して自然と口角が上がった。
「巻き込んだ理由が希望的観測かよ、子供らしいな」
ニヤケ面の理由を隠すように月葉の見た目から最高でも中学一年生だと推測した未希也は茶化す。
「――? なにか勘違いしてるようなので最初に訂正しますね。これでも僕は今年で高校一年生ですよ?」
「は、マジかよ?」
未希也は自身が思っていた年齢より実年齢が上で吃驚してしまい、店内に響くくらい大きな声を出して立ち上がる。
「失礼ですね、マジです。高校一年生の男の子ですよ」
さも当然のことだと言わんばかりにニッコニコであざとく肯定した。
「男の娘ねぇ」
気持ちと共にスッと落ち着き座り直して、文でなければ分かりにくい冗談で返す。
「絶対、今の言い方の感じは『娘』の方ですね? 違いますよ、僕は病弱な普通の男の子ですよ」
月葉はすかさず言葉のイントネーションからくる食い違いを察して訂正を突っ込む。その上、今度は『病弱な普通の男の子』に念を入れ言葉を強調した。
「色々とツッコミどころが満載だということは分かった」
「酷いですね。事実をしっかり、強調して言ってるだけなんですけど」
腹いせとばかりに残りのパンを貪り、栗鼠の頬袋張りに詰め込んでモグモグと口を動かしている。
「だって、見る限り何処か大病を抱えている様に見えないし何処か怪我をしてるわけでもないじゃん」
「それは僕が特殊な体質だからですよ。あ、店主! パン追加で!」
大声で頼む月葉。この小さくて華奢な身体の何処にパンが入るのか。そう思える程の量の追加のパンが運ばれて来た。
「おいおい、それ全部食べきれるのかよ?」
「大丈夫です。食べきれます」
ドヤ顔で言い切ってテーブルに置かれたパンを手に取りどんどん胃に収めていく。
「話を戻しますが、僕のその特殊な体質というのが簡単に説明しますとカフェインを摂ったり興奮したりすると脳の
「三階の窓から飛び降りる勢いで……か」
「はい」
説明の最後に未希也を巻き込む切っ掛けとなった飛び降りを例に挙げて微笑んだ。
まるで創作物の中のキャラのような体質に興味深々な未希也は自然と前のめりになり、テーブルに肘を置いて手を組む。
「なるほどな……その体質の影響は今、出てるのか?」
「はい、思いっ切り出てますよ。だからこうして大量のパンを食べてるんです。エネルギー効率が悪いんで」
「そか」
詰め込んだパンを吐き出さないように口元を手で押さえて、またモグモグとしながら喋る。
「そういえば手に持ってた雑誌はなんだ?」
「ああ、これですか?」
月葉に
椅子に置いていた雑誌をテーブルに置き未希也に見せる。その雑誌は二つ。一つは新人アイドルを中心に記載されたアイドル情報誌。もう一つはVIRTUALで活躍するタレントやアーティストが記載されている情報誌だ。どちらも丸めて握っていた影響でクシャクシャである。
「これは入院中暇だから親に頼んで定期的に買って貰って読んでるものですよ――って急に何するんですか!」
何処か寂しげな表情で語る姿に未希也はついつい頭を撫でてしまう。月葉はその手を叩き落としそっぽを向いて頬を少し紅く染めていた。誰が見ても照れ隠しだという事が良く分かる。
「おっとそろそろ時間か……」
店内の柱時計をチラッと見ると未希也は突然、大きく息を吐き目を伏せて悔しそうな顔をした。
「時間ですか?」
「ああ、非常に残念だが今日中に寄らないといけないとこあってこれ以上は無理だ。俺としては月葉との会話は楽しいし、知りたいことだらけだから語り尽くしたいと思っていたところだったが……そうだ、月葉が良ければまた明日の午後にでも此処で待ち合わせをして喋らないか?」
「あ、ごめんなさい。明日は多分、一日中検査になると思うんで無理です。僕としても未希也さんとはもっとお話をしたいところなんですけどね。こんなに気分が良いのは久々なので」
残り少ないパンを食べていた手を止めバツが悪そうにする。しかし、未希也と一緒にいることが嫌という訳では無いことだけは
「じゃあ、明後日は?」
「明後日も多分……無理、ですかね。ギリギリ明々後日ならワンチャンって感じです」
難しそうな顔でパンを食べることを再開する月葉は「うーん」と唸って悩む。
「そうか……なら明々後日から午後四半時頃から此処にパン食べながら毎日いる。それで良いか?」
ナイスアイデアとばかりにドヤ顔で自画自賛する未希也。
良く考えれば毎日パンを買って待つというお金の掛かった行為までして曖昧不確かで破られるかもしれない約束をしようというのは正気の沙汰ではない。けれどそこまでして初対面の自分を買ってくれている存在に月葉は目を見開いて最後のパンを飲み込んだ。
「――ありがとうございます。了解しました。来れられるように頑張りますね! 居なかったら……そのごめんなさい」
「気にすんな。勝手に俺がやることだ。会えなかったらそれは縁が無かったってことだからさ。気軽に行こうぜ、気軽に」
「分かりました。行ける日にここに来ますね」
まだ不安が残っているがそれでも前に進もうとしている少年とこれから面白いことが起きるという期待している少年二人はそんな約束をして解散となった。
病院からの帰り道、未希也の右足に痛みが走る。
「痛っ! ――ってそりゃあ、そうか。走り回ったもんなぁ」
痛みが生じ箇所を見ると怪我した右足の脹脛の傷口が開いて包帯にじんわりと血が滲んでいる。けれど今日の出会いの喜びと比べたら些細な痛みなのでそんなに気にすることもなく軽やかな足取りで家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます