コラボラシオン④

 俺は困惑に瞳を泳がせるあるじの右手を取ったまま、左手で差し出されるハンカチを押し戻しつつ首を振る。


「喧嘩ではないです……ただ、なんであるじがそんなこと言われなきゃならないのか俺にはわからなくて」


 応えた俺にマルティさんもシードルさんも思い思いに「なんのこと?」という表情をした。


 あるじはそれを横目で見ると申し訳なさそうに首を竦める。


「――キール……でも私、自分でも納得しているから……別におかしいことだなんて思っていないのよ?」


「……変な行動したら教えてってあるじ言ったよな? 変だよ、それ。……マルティさん、俺、王都に戻って侍女をぶん殴ってやりたいんですけど」


「……ああー。なるほどね。事情は察したよキール君」


 マルティさんにはそれだけで充分伝わったらしい。


 俺の言葉に眉尻を下げながら二度頷き、彼の隣でさらに「わからん」という顔をしたシードルさんに向けて苦笑した。


「王宮内でのちょっとした擦れ違いって感じです。……カシス様、いい機会だから言いますけど……女王様も衛兵たちもカシス様が王女様として素晴らしい才をお持ちだと知っていますよ。……だから心配するし、なにかあったら困るわけです」


 するとあるじが弾かれたようにマルティさんを見上げた。


「ええ? マルティも……そう思うの?」


「はい。……というか何度も申し上げたかと」


「…………」


 あるじは俺が押し戻したハンカチに無言で目を落とすと、小さな声で呟く。


「……そう。そうなの……私、おかしかった……のね……」


 そしてどういうわけかひとりで納得すると、彼女の右手を取っている俺の手を左手で上からギュッと包み込んだ。


 勿論、ドレスの裾の内ポケットから出したハンカチごと……である。


「……うん⁉」


「ごめんなさいキール。私、あなたに心配かけたのね?」


「……えっ、ああ、うん……まあそりゃあ……」


 なぜかその表情はキリリと凛々しくて、見ているこっちが緊張するほど真剣だ。


 しかも続いたのは花が咲き誇ったような笑顔だったりする。


 まるで物語の精霊。知らず目を瞠って息を呑むほどの――。


 なんて思ったけど。


 次の言葉に俺は噴き出しそうになった。


「ありがとう。あなた本当にいいひとね! わかったわ。私、もう王女に相応しくないなんて馬鹿なことは言わない。次にそんなことを口にした侍女は……そうね、さすがにぶん殴るのは駄目ね、不敬罪で泣かせてやるわ!」


 …………いやいや物騒すぎるんだけど。首でも飛ばすの?


 言いかけた言葉は口にしたら実現してしまいそうなので胸のなかでだけ呟いておく。


 なんだかよくわからないけどあるじが急な意識転換をしたのは間違いない……。


 これはいい方向なのかな、たぶん……?


 ――けれどその瞬間。あるじはさらりと告げた。


「だから、いまはセルドラを追うわよキール」


「……へっ?」


 あれこれ考えていた俺の口から、自分でも驚くほど間抜けな声が出る。


 あるじは血色のいい柔らかそうな唇の端をぐいと不敵に上げ、俺の手を上下に振った。


「私もキールを心配したからおあいこだもの。それにセルドラを追い掛けたいのは私。だって許せないから。だから、ねぇ一緒にきてくれる?」


「…………」


 ――あるじ、その聞き方はずるくないかな。


 空いていた右手を額に当て、俺は「はー」とため息をこぼすしかない。


「そんなの……もう俺に拒否権ないじゃないか……。――仰せのままに、我があるじ。ただ、自分がどうなってもいいみたいな言い方はもうしないで」


 応えると……彼女はもう一度……心を掴んで離さない眩しい笑顔を見せてくれた。


「ええ。私の大切な人たちが心配してくれて困るなら……もう言わないわ」


******


 そんなわけで山脈へと踏み込んだ俺たちは警戒しながら進み、今日の目的地だという広場にたどり着いた。


 距離でいえばそれほど進んでないみたいだけど、恐らくは魔素の影響で近くまで魔物が移動している可能性が否めない。


 慎重に進むべきだってシードルさんが言うし、実際慣れない山歩きで俺が・・ヘトヘトだ。


 本来ならもう少し進みたいんじゃないかな……とは思うけど無理なものは無理だし。


 だけどそれならセルドラも同じ条件のはずだ。追われているかもと思いながら山脈を行くのはさぞ神経をすり減らすだろう。


「キール君、薪を集めるから手伝ってくれるかな」


「あ、はいマルティさん」


 そこでマルティさんに呼ばれて俺は小走りであとを追った。


 テントを張ってくれるのはシードルさんで、あるじはそのあいだの警戒役である。


 山脈の木々はすでに葉を落としていて、踏み締めるたびにカサカサと乾いた音を立てた。


 葉が落ちた木々は冷たい風に身を寄せ合うように枝を絡ませ、空へと伸ばす。


 底冷えするような寒さは足下から上がってくるけど、いまの俺たちは足首から膝までをもこもこした生地で覆い、服の上にこれまたもこもこした生地のマントを羽織っていた。


 これがまたものすごく暖かいんだよな……なにかの毛皮みたいだけど。


 すると枝を拾いながらマルティさんが笑った。


「キール君、あの頑固なカシス様をどうやってなだめたの?」


「……うん? なんの話ですか?」


「聞いたんだよね? 侍女がカシス様に『王女に相応しくない』って発言していること」


「ああ、はい。なんだか王宮って面倒臭いんですね」


「そうなんだよ、だから近衛はノッティに任せて僕は衛兵やってるんだけど」


「そうなんですか?」


「うん。僕とノッティはまあ幼馴染みっていうか腐れ縁でね。『マルティノッティ』なんて一括ひとくくりにされることも多いんだ。王宮みたいな場所は正直淡々と見えるノッティのほうが得意だよ。僕はつい顔にも態度にも出しちゃうから向いてないんだ。……それでキール君、カシス様は僕やノッティが何度言っても聞いてくれなかったのに……どうしてすんなり認めたのかな?」


 マルティノッティ――ふふ、なんか語呂がいいな。


 思わず笑いそうになるのをなんとか踏み留まり、俺は薪を拾いながら口にした。


「どうしてっていうのはわからないです。けどあるじ――カシスにちょっと怒りました。自分がなに言っているかわかっているのかって。でもそのあとカシスの話を聞いてたらなんか悔しくなって――泣きそうになって」


 正直に言うとマルティさんは声を上げて笑い出す。


 なんだろう、俺、変なこと言ったかな? いや、泣きそうになったことがおかしかったのかも?


 困った顔をしていると、マルティさんは目尻に滲んだ涙を拭いながら首を振った。


「……はは、ああごめんキール君。そんな顔しないで……なんだか嬉しくて」


「嬉しい?」


「そう。ずっと心配していたんだ、カシス様のこと。でもきっともう大丈夫だと思うから嬉しいんだ。ふふ、キール君にはこのままカシス様の執事になってほしいくらいだよ」


「うーん。俺は〈宮廷カクトリエル〉になるんでそれは難しいのかなと思いますけど」

 

 ところが。


 俺がきっぱり応えるとマルティさんはますます笑い出す。


「……なんですか……」


「いや、僕が言うのは物語の……ふふっ、キール君はキール君らしくいてくれたらそれでいいのかもしれないね」


「物語のって……あるじが好きな話の執事ですか?」


 確かそれって――。


 俺はそこで顔が熱くなるのを感じてぶんぶんと首を振った。


「ま、マルティさん! からかわないでくださいよ!」


「別にからかってはいないよ?」


 マルティさんは右手で拾った薪を左腕に次々と載せながら人懐っこそうな黒眼をぱちりと瞬いて意地悪そうな笑みを浮かべるのだった。

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