コラボラシオン①


 は『転移門』の開門日に商隊に紛れて王都を出た。


 けれど魔物が出るらしいからとテキラナで足止めされ、宿に籠って今後どう動くかを考えていたところに嫌な噂が届く。


 この町に王女様が来ているらしい――どうやら魔物を討伐するためだって話だ。


 ――大丈夫、のことがばれたのではない。


 そう思って高を括っていたのは完全に失態だった。


 華やかな祭りの雰囲気に紛れて町を離れようとするの前――くるりと振り返った紅い髪の男。


 覗いた翠色の溌剌と輝く目がと交わって――戦慄が駆け抜ける。


 どうしてこいつがここにいる?


 やはりを追い掛けてきたのか?


「――お前――」


 その唇から掠れた声がこぼれた瞬間、は手首に填めた魔素銀の腕輪を振り上げた。


 大丈夫――〈宮廷カクトリエル〉相手にやったのと同じだ。


「――吹き荒れろ」


 瞬間、目の前の男の体が文字通り吹き荒れた暴風によって足下を掬われる。


「――あ、がッ……」


 操る風の魔法は男の頭が下になるほどに吹き上がり――地面へと叩き付けた。


******


 空に描かれた炎の文字が人々の視線を総なめにしたあと。


 さすがに疲れた俺はテキラナの町の華やかな空気を肺いっぱいに吸い込みながら宿へと向かっていた。


 もう遅いっていうのにあるじとマルティさんはまだ町長と話があるっていうし、冒険者のシードルさんは討伐代金である酒を夜通し堪能する心積もりらしい。


 はは、やっぱりすごいな冒険者って。


 俺も早く強くなって――もっといろんな場所で酒を学んで――立派なカクトリエルに……。


 そう思ってふと振り返った――俺の数歩後ろ。


 町の外へと向けて歩いていた黒いローブ姿の男が目に入った・・・・・


「…………ッ!」


 互いに息を呑んだと思う。


 ……忘れようもない顔だったけど、男にとってもそうだったんだろう。


 胸のずっと深い場所――黒い感情が濁流になって俺を飲み込んでいく。


「――お前――」


 掠れた唇からこぼれた情けない声に……蒼い髪、蒼い目の男が右腕を振り上げた。


「――吹き荒れろ」


 瞬間。


 空気の塊が俺の足を弾き上げ、世界がぐるりと巡る。


 空と家と木々と――土。


「……あ、がッ……」


 激痛に漏れ出でた声とも言いがたい音。


 どうしてここにお前がいる? ――セルドラ――。


******


「……」


 瞼を持ち上げ――あぁ、またここか――なんて他人事みたいに思った。


 どうやら記憶もしっかりしているらしい。


 俺は自分になにが起こったのかはっきり思い出せるし、目の前にいたあの男の顔も、声も、寸分違わず脳内に描くことができた。


 テキラナの町の宿、その天井をじっと見詰めて短く息を吐いた俺はゆっくりと上半身を起こす。


 きっと俺を昏倒させたあとで逃げたはずだ。追い掛けないと――。


 途端にくらりと目眩を覚え、右手で額を押さえ瞼をぎゅっと閉じた。


 後頭部はズキズキとした鈍痛を訴えてくるし、包帯の感触が手のひらに触れている。


 俺を襲ったあの空気の塊、きっと魔法なんだよな……。


 俺は再度男の顔を思い浮かべ、ぎゅっと唇を噛んで瞼を持ち上げる。


 建国祭の前日……爺ちゃんを襲った男、セルドラ。


 雲隠れしていると聞いていたし、それを衛兵の斥候たちが追っていることも聞いていたけど――こんなところにいたなんて。


 まだ外は暗い。


 掛けられていた毛布がぱらりと落ちると体の芯を震わせるような冷気が肌を撫でた。


「追い掛けないと――爺ちゃんのレシピ手帳――絶対に取り戻す」


 俺は冷えた床に指先からゆっくりと足を降ろして感触を確かめ、ふーっと息を吐いて腹に力を入れた。


 セルドラを糾弾するのは確たる証拠を掴んでからだ……そう思っていたけど。


 目の前にいるならそれは別。まして攻撃までされたんだ。追い掛けないわけがない。


 ベッドや家具がぎゅっと身を寄せ合う部屋を見回して、外されていた革鎧と短剣を装備し、編み上げのブーツを履く。


 部屋の扉を開けて廊下を急ぎ足で通り過ぎ、外に出た俺は――町の入口まで走ったところでゆっくりと足を止めた。


「――よおキール。こんな早朝に散歩か? たったひとりで・・・・・・・


「シードルさん…………あ」


 たったひとり。


 俺……その言葉で初めてあるじのことを思い出したんだ。


 ひやりと冷たい手に頭をぎゅっと掴まれたみたいだった。


 薄紫色をしたシードルさんの少し吊り上がった瞳は「面白くない」と雄弁に語っている。


「お前さん熱くなりすぎる節があるらしいなキール。――お前を襲ったのはどこのどいつだ?」


 俺は明け始める東の空を見詰め――深く吸った息を細く長く吐き出した。


 力んでいた肩が下りるのが自分でもわかる。


 それだけ、頭に血が上っていたんだ。


 これじゃあ建国祭で先走ったときと同じだな――なにやってるんだろう、俺。


「すみませんシードルさん……。説明――していいか、いまの俺には判断ができません……あるじに会わないと――」


 答えた俺にシードルさんのまなじりがゆるりと下がり、彼は髪と同じ銀色の顎髭を左右にザリザリと擦ったあとで腕を組んだ。


「頭、冷えたみたいだな。ま、俺は熱い男を応援したくなる気質たちだ――お前が望むなら襲った奴を牢屋にぶち込んでやるから安心していい」


「――そんなんじゃ温いですよ。あいつは――痛ッ⁉」


 思わず低い声で返した俺の背を――力強い一撃が打ち据える。


「似合わない台詞は吐くな。そういうのは――たぶんマルティのほうが得意だぞ」


「……」


 マルティさんの柔らかな笑顔が浮かんだけれど……俺は背中を丸めて痛みに呻きながら思わず自嘲してしまった。


「容赦ないですからね……マルティさん」

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