幽霊なんて信じない
雨宮 瑞樹
幽霊なんて信じない
「早く、撮りに行こうぜ!」
授業終了の鐘の音が響くと、僕はデジタル一眼レフカメラの紐を首にかけて、眼鏡の田中とぽっちゃり斎藤に呼びかけると二人も同じようにカメラを首にかけ、僕ら三人はバタバタと学校の校舎を出た。
僕らの住んでいる海に沿って伸びる町は、海岸線に並行して一本の線路が縦断している。
この路線は全国で走る予定の新車両が試運転するのにも使用されるという撮り鉄にはたまらない超レア路線なのだ。
撮り鉄である僕は、この町に生を受けたことを何度神様に感謝したかわからない。
長く伸びるその線路には数か所踏切が設置されていて、その一つは、僕らが通う高校の通学路となっていた。
僕らはその踏切で、速度を落とさないまま躊躇いなく風のように走り抜けていく電車を写真に納めることが、どんな豪華な食事よりも大好物なのだ。
晴れ渡った青空の下海を背景に、車体を太陽の光で反射させながら走っていくところなんか、鳥肌が立つなんてもんじゃない。
背中から羽が生えてくるんじゃないかと思うほど、気分は高揚する。
カンカンカン…
踏切が閉まる警告音が鳴ると、僕らはカメラを構えた。
疾風のごとく走り迫りくる電車が、レンズ内中央に来た瞬間。
カシャカシャ!
渾身の力を込めてシャッターを押し続けた。
そして、轟音と共に僕らの真横を駆け抜ける電車が切る風に吹かれながら、ディスプレイを覗き込むと、そこには写真雑誌に載っているかのようなこれまでで最高の出来映えの写真がとれていた。
海を背景に今にもこちらに突っ込んできそうな躍動感。
コンテストに出したら優勝間違いなしだ!!
まじで俺、天才!!
僕は興奮しながら、同じように自分の写真を確認している田中と斎藤に
「二人ともこれ見てくれよ!最高じゃね!?」
と、僕は自分のカメラを二人の前に突き出すと、感嘆の声が溢れた。
まずは、メガネの田中が
「おう、五木すっげーいいの撮れたな!」
今度はぽっちゃり斎藤が
「おお!本当にすっげー!!ここの車体に反射する光の具合とか最高じゃん!!」
そう言って、画像を食い入るように見つめ、斎藤と田中は、すげーすげーと興奮冷めやらぬ様子で叫んだ。
さすが俺の親友たち!!
自分のことのように喜んでくれる姿に僕は感動していると。
ん?なんだこれ?
これ、なんか変じゃね?
と、突然不穏な空気が漂い始めた。
不思議に思い僕は
「何?どうしたの?」
と二人の輪に入って一緒に画像を覗きこむ。
「五木ここみろよ。」
田中が画面右上を指差すところを、見てみる
「あぁ!!ホントだ。」
細長い大きめの歪に光る赤い丸のようなものが、少しだけ電車に被って写っていた。
「なんだよ!せっかく電車はよく撮れてるのに、これじゃ台無しじゃん!」
僕は嘆いて、ガックリ頭を下げた。
「や、ヤバイよ、これ!!」
突然、眼鏡を震わせながら田中が叫んだ。
それに呼応するように、斎藤もギャアと、変な声を出して、ザザっと後退り。
今度は何だよ…。
二人を見ると、身を寄せあって顔を青くしてガタガタ身体を震わせていた。
「五木…それ…顔だよ…女の…」
え?
もう一度見てさっきの赤い丸を見てみる。
「どこが?」
僕は二人に聞けば、田中は恐怖で歪んだ顔で口にするのもおぞましいという顔。
心なしかメガネまで青くなっている。
代わりに斎藤が額に汗を光らせながら
「お、お前わかんねーのかよ!?よく見てみろよ!
めちゃくちゃこっちを睨み付けてくる女の顔に見えるだろうが!」
どれ?と、もう一度ジーっと見てみる。
だけど。
「やっぱり、わからん!!」
僕が叫べば「お前の目は節穴か!?」と二人の声がハモる。
僕は、意外な二人の一面を知って驚いた。
この二人とはもう、三年の付き合いになるけれど、まさかそういった霊だ、UFOとか信じる質だとは。
まぁ。これまで鉄道の話ばかりで、そういった類の話題に上がることはなかったのだから仕方ないといえばそうかもしれないけど。
黙りこくる僕を尻目に、田中は眼鏡のレンズを青くさせながら
「そう言えば。この踏切って、結構事故や、自殺多いってきいたことがあるの、思い出した…。」
と言い出す。
僕は「ほほう。」と適当に返事をしていると、今度は額に脂っこそうな汗を浮かべながら斎藤が
「俺も…。先輩撮り鉄の数人がさ、ここで変なの撮れたってっていっててて…。
一人は、怖くて写真撮るのやめたらしいんだ。
でも、もう一人は気にせず続けてたら…電車に轢かれたらしい…。」
「へぇ。」どうせたまたまだろ?もしかしたら、自分の人生を悲観して飛び込んだのかもしれねえじゃん。という後に続く言葉を僕は何とか飲み込んでいる一方で、田中と斎藤は声を震わせながらワイワイとその話でめちゃくちゃ盛り上がっていた。
そんなのどうだっていいよ。
僕は心中で、毒づく。
そんな現実に存在しないようなものに恐怖を感じたって仕方ないじゃないか。
どうせ、こんなの目の錯覚だし、幽霊なんて存在しないんだよ。
この顔のような赤い光だって、僕ら人間が顔に見よう見ようと勝手に思い込んで見えているだけの話だろ。
僕らは純粋に電車の写真を撮ることが好きなだけだろ?
僕の写真の邪魔さえしてくれなければ、幽霊がでようが怪物がでようが。
そんな幽霊なんて無視すればいい話じゃん。
僕らの熱意は、誰にも奪うことはできない。
そうだろ?
場の雰囲気を乱すのが嫌いな僕は、言葉には出さず目でそう二人に訴えた。
だけど、僕のことなんかしかに入っていないらしい二人は声を合わせて
「もう、これ以上写真撮るなっていってんだよ、きっと。」
なんて言い出していた。
「何で、そういう話になるんだよ!」
僕は、自分でもビックリするほど大きな声が出た。
でも、そんなこと言いだすなんて、さすがに、聞き捨てならないじゃないか。
今まで何度も一緒に写真を撮り続けた仲なのに!
こんなくらだらない、意味の分からないたった一枚の写真が撮れただけで、やめるだって?
「田中も、斎藤もおかしいよ!どうしてやめなきゃいけねぇんだよ!
こんな写真撮れたくらいで!ふざけんなよ!!」
いつもなら絶対にこんなこと言わない僕は、自然とそう叫んでいた。
一度吐かれた、怒りは止まることなく二人に抗議の声をぶつける。
「明日の17時に、ここに新車両が試運転で通るの写真撮るって約束どうするんだよ!?一か月も前から、約束していただろ?
ずっと、この日を楽しみにしていたじゃないか!
まさか、それをやめるなんて言わないよな!?」
「俺…やめておくよ…。」
と俯いて小さくそういう相変わらず青い顔の田中。
「僕も…。なぁ五木、悪いこと言わないよ。やめようよ。」
斎藤はハンカチで汗を拭きながら、切実な目で訴えてきた。
「…わかった。」
僕がの答えに斎藤は、パッと顔を明るくして
「わかってくれたか!」と喜ぶのを尻目に僕は
「もう、お前たちとは絶交だ。」
そう言い捨てて、僕はその場を立ち去った。
******************
翌日―
僕が普通に登校して、淡々と一日をやり過ごした放課後。
田中と斎藤は、僕のことを遠巻きに見ていたようだったけれど、僕は気づかないふりをして、カメラを首にかけていつもの踏切へと向かった。
学校から踏切まで徒歩五分。
本当に幽霊がやめろって言ってるんだったら、今この場で僕を止めて見せろ。
もうすぐ踏切につくぞ。
そう心で、挑戦的な言葉を吐きながら、大股で踏切へと向かった。
道中何ら変わりがなかった。
両脇に畑と田んぼが広がっている以外、何もない道を歩いていく。
よくある背後に気配が…とか、急に目の前に現れた…とか。
そんなの何一つなかった。
ほら見ろ。
結局、幽霊なんて人間の目の錯覚なんだよ。
こんなことで、田中と斎藤は趣味をやめてしまうなんて本当に愚かな奴らだ。
僕は毒づきながら、遮断機が上がったままの踏切の前にたどり着いた。
腕に巻かれている時計を見てみれば、まだ時間まで三十分以上ある。
僕はカメラに異常はないか確認するため電源を入れた。
ディスプレイが明るく点灯すると、昨日撮った写真が表示された。
「何だ…これ…。」
目をこすり、もう一度写真を見た。
昨日の映っていた赤い光のような丸が画面全体に広がって、よく撮れていたはずの電車が、その物体に覆い隠されるように消えていた。
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
まさか。
そんなはずない。
頭の中で、この写真の事実を否定しながらも、僕はさらに赤い物体の全体を捉え目を凝らしてよく見てみると、それは、怒ったような歪んだ女の顔。
一瞬僕の心臓はドキドキと早く脈打ったけれど、大きく深呼吸をして
「あいつら謀ったな…。」
僕はあの二人の顔を思い出しながら、鼻で笑った。
きっと、これは田中と斎藤の陰謀だ。
今日僕が席を離れた隙に僕のカメラに細工したに決まってる。
「バカバカしい。」
僕は吐き捨てるようにそういうと、昨日の写真を消去した。
こんなことしたって、やめるわけないだろ。
今日のこれから通る電車は、レア中のレアだ。
あの二人がどうして、こんな嫌がらせばかりするのかと思案すれば一つの答えが閃いた。
以前三人揃って写真コンクールに出品したとき、僕だけが佳作を獲ったから、それで嫉妬したのか。
これから撮ろうとしている写真も、コンクールの応募しようと話していたから、僕に負けるのが嫌でこんなことしたんだな。
本当に馬鹿な奴らだ。
そうこうしているうちに、もう時間まで十分を切っていた。
どうでもいいことを考えるのはもやめて、アングルを考えるために僕はカメラを構えようとしたとき、ふと気配を感じ振り向くと、いつからいたのか…真後ろにもの凄く大きな男…が立っていた。
「うわ!」
僕は思わず叫んだ。
真っ黒な服のせいなのか、黒手袋に黒い帽子に、黒サングラスに黒マスクをしているせいなのか、肌の露出がないせいか…すべてが黒かった。
黒い人型をした物体だ。
僕は目を見開いたまま、体が硬直して、動けずにただその男を見ていると。
カンカンカン…。
僕の後ろの踏切の警告音が鳴り響き始めた。
あと十分あるはずだよな?
俺、時間間違えたか?
僕は驚いて男から踏切の方へ視線を移すと、確かに遮断機が下り始めていた。
すると、突然。
急に僕のカメラは意思を持ったように僕の手から宙を浮いて、踏切から逃げるように、遮断機から遠く離れた道路へとゆっくり落ちた。
何が起きたのかわからないけど、僕は慌ててカメラを拾いに行こうとした――。
その時。
背中にドンともの凄い衝撃を受けて前方に転びそうになった。
僕は慌てて、足に力を入れ、体が傾くのを耐え何とか転ぶのを回避できたと思い、ホッと息をついて顔を上げると。
いつの間にか、線路のど真ん中に立っていた。
僕は、遮断機を潜った覚えはないのに、なぜ!?
―――カンカンカン
警告音は鳴り響き続ける。
線路の奥から電車が見えた。
は、早く、戻らなきゃ!
僕は、そこから逃げようと足を動かそうとしても、地面に張り付いたように全く動かない。
足だけじゃなく、身体もピクリとも動かなかった。
な、なんでだよ!!
背筋に冷や汗が次から次へと流れていく。
そ、そうだ!
さっきの男の人!!
助けてくれよ!!!
男がいるであろう遮断機の方にそう目で訴えると、男は僕に向かって手を振っていた。
な、なんなんだよ!
もしかして、お前がやったのか!!
お前が!!!
叫びたくても、声が出ない。
僕は、そいつを思い切り睨みつけてやると、男は帽子とマスクをとった。
すると、男の身体から黒い霧のようなもの放ちながら煙のように消えていった。
混乱する頭で、それを呆然と見送るしかない僕に、もう成す術はなかった。
迫りくる電車は、警笛を鳴らしながら勢いよく僕に向かって走ってくる。
電車と僕までの距離は
あと、5メートル。
昨日、喧嘩別れした田中と斎藤の悲しそうな顔が浮かんだ。
お前たちは、撮りに行くのはやめろって言ってくれたんだよな。
素直に言うことを聞かなかったんだろう。
なんで、喧嘩なんかしてしまったんだろう。
ごめん。
できることなら、ちゃんと二人に最後に謝りたかったよ。
あと、2メートル。
僕のカメラに写っていた写真を思い出す。
あそこに写っていた女の幽霊は、あの黒い男がいるから、写真を撮るのはやめておけと僕に教えてくれていたのかもしれないな。
だから、あんなに、怒って警告してくれていたんだ。
それなのに。僕が…いうことを聞かなかったから。
ごめんなさい。
あと、1メートル。
横目で、遮断機の向こう側の道路に寂しそうに落ちているカメラを見る。
お前と見てきた風景は、本当に綺麗だったよ。
ありがとう。
まだ、いっぱい撮りたかったよ。
ごめんな。
「せっかく、忠告してあげたのに。」
悲しそうな女の人の声がどこかで聞こえた気がした。
きっとこの声は、あの世からの招きの声なのかもしれないな。
僕は、導かれるようにそっと目を閉じた。
その時。
僕の肩辺りを何かが思い切りぶつかった。
身体が横へと弾き飛ばされ、僕の身体は真横に倒れこんだ。
その三秒後。
もの凄い爆音と警笛を鳴らしながら、僕の身体スレスレを電車が車輪を鳴らしながら走り抜けていった。
呆然と電車が通り過ぎるのを見送った後、僕がさっきまでいた場所を見ると、一眼レフカメラが粉々になっていた。
僕のことを…助けてくれたのか…?
しばらく、僕はそこから動けなかった。
けれど、震える膝に叱咤して、何とか立ち上がると粉々になったカメラを拾い集めていく。
僕の目から涙が掌に集められたカメラの破片に零れ落ちると、キラキラと輝いていて空へと昇って行った。
***************
それから―僕は撮り鉄をやめた。
今は田中と斎藤と神社仏閣巡りという新たな趣味を見つけて、また三人でワイワイと楽しんでいる。
今日は、神社にお参りに来ていた。
三人横に並んで賽銭箱にお金を入れて、鐘を鳴らして、手を合わせ目を瞑り、各々願いを込め終わり一礼する。
目を開けて、みんなで顔を合わせてニヤニヤ笑い合う。
そして、みんなで踵を返すと―――。
黒い男が立っていた。
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