真・白乾児(改訂)
ボン
プロローグ
その世界で俺は「虫」だった。
そのカフカ的世界の舞台は何処かの研究室らしき一室にある水槽の中で、部屋で使われている文字からして中国の何処かにある施設なのだろうと思うが、そこでは「毒」を持つ様々な生き物達を水槽に入れて、互いに戦わせていた。
部屋にはそんな水槽が幾つかあり、それぞれの水槽で生き残った生き物をまた一つの水槽に集めて再び戦わせる。
その様は伝奇小説なんかに出てくる「蠱毒」を思わせるが俺はそんな中で生き残っていた一体だった。
だがある日、実験が中止となり、実験動物達が何処かに持ち出されて行くところでいつもこの夢は終わる。
天窓から射す日の光と喉の渇きで悪夢から覚めた俺は狭いキャビンのベッドから起き上がるとビッショリと汗をかいたTシャツを脱いだ。
久しぶりにあの「夢」を見ていた。フッと息を吐き、枕元にあった水を一杯飲んでからキャビンの外へ出た俺は4月初めの爽やかな朝の空気の中、桟橋を歩いてヨットハーバーのクラブハウスへと向かう。
俺がその「悪夢」を見るようになったのは、昨年秋に中国で開かれたE–sporsの国際大会「WEG2010」こと「World E-sports Games 2010」への参加がきっかけだった。
ちょうどその頃「尖閣諸島事件」や「ゼネコン社員拘束事件」などがあって日中間での緊張感がこれまでになく高まった時期と重なり、今大会での日本チームの参加が危ぶまれる中、ようやく開催2週間前になって日本チームの招待が決まった。
とはいうものオファーを受けた選手達の中には当然ながらスケジュール調整が間に合わない者がおり、当時L.Aの高校へゲーム留学中の俺にまで声が掛かった次第だが、丁度秋の感謝祭休暇と重なる事もあって、このオファーを受けた俺はいそいそと中国へ飛んだ。
結果FPSシューティングゲーム部門に出場した俺は見事優勝を掻っ攫い、これで国際大会での2勝目を挙げた。
時節柄もあって、長居は無用と閉会式後はすぐさまここを立ち去る予定だったのだが、運悪く予定していた便が運休となり、帰国が延びた俺たちはせめて地元の食べ物を楽しむ事でなんちゃって観光気分を味わう事にした。
ゲーム大会の開催地「湖北省武漢市」には生きた野生動物を扱う生鮮食品市場が幾つも有り、薬膳料理と称して半茹でコウモリが丸ごと入ったスープを出す店なども有ると聞いた俺たちは怖いもの見たさも手伝って、監視カメラだらけのホテル周辺を外れて、通訳の人の行きつけのその薬膳料理店に連れて行って貰った。
実は以前、親父の仕事の都合で、シンガポールに3年程住んでいた事があり、シングリッシュと言われるマレー訛りのある英語の他、標準中国語も少し話す事が出来るのだが、不思議とシンガポールチーム連中の英語にはマレー訛りが無く、また通訳と会話する彼らの中国語にはシンガポールで華人の老人が話す様な福建訛りが感じられた。
薬膳料理店では噂通りのネタ料理のオンパレードだったが、さすがに「半茹でのコウモリ」はビジュアル的にNGなのと、伝染病のウィルスの宿主である可能性もあり、俺はかねてから興味のあったアルコールで酔わせたサソリの踊り食いの方にチャレンジしたが、さそりは予想通りの甲殻類っぽい食感と味は悪くなかった。
またシンガポールチームの連中は翌日タイ経由で帰国するらしく、旅費は持つので一緒に行かないかと勧誘してくるが、俺はまだ未成年であるという理由で丁寧にお断りしておく。
聞いた所では日本チームの中には彼らに同行する者も居るようだった。
生まれながら脳の血管に奇形がある俺は年に一度、都心にある大学病院で精密検査を受けており、今回はアメリカへ戻る前に一時帰国した俺は予約してあった都心の病院にチェックインしたのだが、その夜不意に寒気を伴う高熱に襲われ倒れて3日間程寝込むことになる。
熱が下がった朝には以前に増してすこぶるコンディションが良くなっていたのを感じたが、未知の伝染病の可能性があるとして更に3日間入院させられる。
こうして秋の感謝祭の休暇は病院のベッドの上で消化された。
L.Aの学生向けアパートに戻った俺は寝込んでいた間に繰り返し繰り返し見ていた「悪夢」の原因が知りたくて裏サイトなどで情報を集め始めたが、どうやら武漢市には1950年代より「ウィルス研究所」なる施設が置かれており、最近ではコウモリなどを媒介としたウィルス兵器などの研究をしているらしい。
更にヤバい事にはウィルス研究所で使った実験動物を研究所員が小遣い稼ぎのために野生動物市場に横流ししている可能性があるという如何にも中国アルアルなネット情報にはさすがに背筋が寒くなったが、俺の身体に「換骨奪胎」とも言うべき劇的な変化が生じ始めたのもちょうどその頃からだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クラブハウスで用を足した後シャワーを浴び、洗濯物をランドリーに放り込むと
洗面台に向かう。
鏡の向こうからこちらを覗いてくる鳶色の瞳は鋭く、なめし革の様なブロンズ肌とシルバーの短髪がコントラストを成すシャープな小顔は些か精悍すぎるきらいが有り、正面から見ると確かに日本人なのだが、横顔は西洋人を思わせる不思議なバランスで成り立っている。
また身長180センチ、股下90センチ、リーチ190センチの極めてバランスの良い骨格をトレースする筋肉もまるでノミで粗削りしたかの様な荒々しいエッジの効いたモノでジムなどで人工的に作った物などとは明らかに質感が異なっており、特に肩から背中に掛けての肉付きはまるで巨大なサソリを連想させる。
実際、その身体が物語る身体能力も明らかにリミッターを振り切っており、腹筋と背筋と屈伸を同時に行う事で仰向けに寝た姿勢から手も反動も使わずにキョンシーみたいにブリッジ起立する、ヨガの奥義「ニラルンバ•プルーナ•チャクラアーサ」を1分に20回繰り返し行える他、数メートルではあるが水を踏んで水上移動すら出来る。
また心拍数は平常で30回/分のうえ、疲労物質である乳酸を体内で分解出来るらしく、先月初挑戦したトライアスロンでは軽く流したつもりだったにも関わらずぶっちぎりの新記録で優勝した。
だが肉体的に最大の変化は人間には無いはずの「陰茎骨」と言われる4センチ程の軟骨が局部に生じたことにある。
これによって最長20センチ、外周15センチの黒光りするモノをサソリの尾の如く独自に動かす事が出来る。
また感覚の方にも大きな変化があった。
目に見える色彩がこれまでよりも何倍も鮮やかに見え、暗い場所でも猫の様に対象がハッキリ見える。結果女性がカバーマークの下に隠したシミやそばかすなどもハッキリと分かるといったあんばいだ。
だがそればかりか全ての生物の体表を包み込むに存在する「オーラ」=「生体電位」の波長を視覚や肌で感じられる事も解って来た。
これらはまだほんの一部なのだが、あの蠱毒サソリのDNAが俺のDNAに影響を与えたようで、それはクモの特性を持つあのアメコミヒーローを彷彿とさせた。
真・白乾児(改訂) ボン @bon340
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