(13)Christmas songに包まれて



 2020年12月24日、クリスマスイブ。


 現在の仙台市は朝から氷点下になり、灰色の空からチラホラと雪が降っていた。東北地方としてはかなり遅い降雪となった。


「絶対これは積もるな……」


 昼時、家族連れやカップルが多く行き交う仙台駅東口。商業施設の各所に設置されたスピーカーから絶えず流れる様々なクリスマスソングを耳にしながら九里香とともにビルを出て玄関前で待っていると一台のクロスバイクが目の前に止まった。


 赤色の三角帽を被り、ゴワゴワの真っ白なつけ髭をしたサンタ服を着たハオさんが俺たちに「ヤア」と声をかけた。顔の半分が隠れてて一見誰なのか分からなかった。新型コロナ対策のためにヒゲの上にマスクをつけていて息苦しくないのか心配になる。


 手渡してきたビニール袋の中にはパンの他に、チーズケーキやイチゴが乗ったショートケーキ、フライドチキンが入っていて俺は驚いた。


「聖なる夜を一緒に祝いたいけど、出前が多くてね。すぐに配達に行かなくちゃいけないんだ。ホールケーキ、フライドチキンのオンパレード!」


 三角帽と白い口髭の間からかろうじて見えた目元からとごとなく疲れを感じ取れて、ハオさんは本当に忙しそうだった。


 次の出前先に行くためにもう離れるらしい。俺の事情をいっさい話していない、知らないにも関わらず、ただ元気付けるためにこの場に来てくれたんだ……。


「本物のサンタさんみたいね」と九里香が言うとハオさんが照れた。白い口髭を撫でながらサンタの声真似をした。


「ほっほっほ! 二人ともメリークリスマス! クリスマスが終わってアルバイトが落ち着いたらまた会いましょう!」


 そう言ってハオさんはクロスバイクのペダルを漕いで雪が薄らと積もる市街地の通りの奥へ奥へと消えていった。


「ありがとう……ハオさん。本当にありがとう、さようなら……」


 九里香には俺がこの世を去った後、ハオさんに事情を話してくれと伝えてある。ハオさんはどう思うだろうか……いや……その考えは頭の中から消すんだ。無へと近づいてそして消えてしまいたい。それが俺の今の願いなのだから。


「今夜、俺は金を使い切るつもりだ。もっと早く首を吊る予定だったけど、ハオさんがくれたパンのおかげで食費が浮いたから少しばかり生き延びてしまったな」


「……」


 九里香はここ最近寂しげな瞳で俺を見つめてばかりいる。


「人を救うのが天使の役目だったよな九里香。ははっ、俺を救う手立てはあるか?」


 少しばかり挑発めいた口調で言ってやると、隣にいた九里香が俺の背後に立って両目を手で隠してきた。視界が暗くなり何の意味があってそんなことをするのか分からなかったが、すぐに理解することとなった。


 周囲の喧騒が次第に消えていく。暗くなった視界に線香花火のような火花が散って、光の核が弾けると急に視界が広がった。


 何らかの景色が見える……これは……どこかの民家の居間の様子らしい。仏壇から漂う線香の匂いまで感じ取れた。


 タンスの上に置かれている何か飼っていたらしい空の水槽から視線を移す。茶色のテーブルのそば、敷かれた畳の下に菓子と緑茶を撒き散らかされている。白髪の優しそうなお婆さんが倒れていて胸を押さえて苦しそうに呻いていた。


東雲しののめさん、しっかりして! 今、人を呼ぶから! 救急車も!」


 そこに九里香が現れて、慌てて窓から外へ飛び出そうとしたがお婆さんの一声で立ち止まることとなる。


「待って、九里香ちゃん……私はやっと死ねるんだよ。このままにさせておくれ……ううっぐぅ」

 

「そ、そんな……! そんな悲しいこと言わないでよっ!!」


 九里香は今まで見たことのない焦燥に駆られた表情でそう言い放った。


「ハァ……ハァ……事故で失った夫と息子のところへ逝けるんだよ。あれから40年……二人は私に一度も語りかけてくれることが無かった……悲しい、孤独は嫌……こんな寂しい思いをするくらいなら……もう死んでもいいっ。これが、私の幸せな道……」


「ああ……やめて……! そんな風に言わないでよ……! お願い……ねえ、東雲さん……っ」


「九里香ちゃん……眞喜奈まきなちゃんに会えたらよろしくね……お幸せにって……」


 九里香がそばに寄って必死に何度説得しようとも呻き声を上げながら首を横に振るばかりだ。そうしてしばらくしてお婆さんは静かになり、生気を失って微動だにしなくなってしまった。


「どうして私の声が届いてくれないの……」


 九里香の瞳から涙が落ち、お婆さんの頬を伝っていく。お婆さんは……満ち足りたような安らかな顔で事切れていた──。


 視界が次第に暗くなり、数々のクリスマスソングと周囲の喧騒がよみがえる。俺の目を塞いでいた温もりのある九里香の手がゆっくりと離された。眼前に映るのは元の仙台駅東口の光景だった。


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