第24話 隣の殿方
なんの意味もなく金の曜日までが通り過ぎ、わたくしはまたお屋敷に帰った。
お母様はなにかを聞きたくて仕方ないという顔をしていた。けれどわたくしには喜ばしい話はない。
アイリーンが「お疲れでしょうから」とそっと部屋に逃がしてくれる。
強く巻いた髪を
やわらかなブロンドがさらりとブラシから落ちる。
「さあ、一週間、お疲れでしたでしょう? ラベンダーの香油をお持ちしました。足湯に入れられてはいかがでしょうか? すっといたしましてよ」
ラベンダー。
わたくしが彼に差し上げたそれはもう捨てられてしまったかもしれない。いらないものとして。すべては過去になったのだから。
「お嬢様、お嬢様、どういたしまして?」
「ごめんなさい、アイリーン。せっかく用意してもらったのだけど、香油は下げていただける? その香りはわたくしを悲しくさせるの」
アイリーンの瞳は同情に満ちていた。小さな香油の瓶から微かにラベンダーの悲しい香りがした。
「わたくし、ヴィンセント様とはもうダメだと思うの。お父様とお母様になんて申し開きをしたらいいのか――」
「お嬢様、御二方ともお嬢様のご両親ではございませんか。心を痛めている娘になにを申しましょう」
「アイリーン、どうしたら綻びを直すことができるのか、まったくわからないのよ。それどころか」
わたくしはアイリーンにギュスターヴとの事の顛末を話した。アイリーンほど信頼できる者はいないし、相談のできる者もいなかった。
「まあ! 宰相家に迎えられるならお幸せな事だとアイリーンは考えますわ。なんでも王陛下はギュスターヴ様のお父上に多大なる信用をお持ちとの事で。これは内密に願いたいのですが、我が公爵殿下より宰相を引き立てていらっしゃると皆が申しております。そういう意味ではエルメラ様をヴィンセント様に嫁がせたいのでしょうけど、ギュスターヴ様に嫁がせたとしてもバランスは変わらないでしょうとも」
「……そんなものなのかしら?」
わたくしの長い髪を緩く結わえて、アイリーンはわたくしをベッドに座らせた。そうして自分はわたくしの前に膝をついた。
「お嬢様、女というのはつまらないものでございます。特にお嬢様のように位の高い方は
「ええ」
「ヴィンセント様と婚約破棄ということになりましたら、お嬢様に非があるように噂が立ちますでしょう。それに殿方というものは変な遠慮があるのか、ヴィンセント様お手つきの……実際はお手つきではないのですが、お嬢様を娶るとは申し上げにくいものなのです。ですから、ギュスターヴ様のお言葉は真に心のこもったお嬢様へのお気持ちなのですよ。――ああ、あの赤い薔薇の帽子に、ギュスターヴ様の気持ちは既に溢れていたのですね」
要するにヴィンセントがダメならギュスターヴ、ギュスターヴがダメならまたほかの家柄が釣り合う方の元にわたしは渡されていくのね。それだけは強く納得した。
「まだ早いとは思いますが。ギュスターヴ様のことはどのようにお思いで?」
そんなことをいきなり言われても困る。そんなに簡単に方向転換できるなら、なにも悩まないのだから。
わたくしはおそらく、ひどく不機嫌な気持ちをそのまま表していたのだと思う。
「申し訳ありません。出すぎました」
「いいのよ、アイリーン。ギュスターヴは……皮肉屋を気取っているけどとても紳士的な方だと思うわ。確かにわたくしを想ってくださってると信用していいと思うの。でもわたくし……そんなことを言えた立場じゃないのはわかっているのだけど、この方がダメなら隣の殿方、みたいなのは嫌だわ。心から支え合える方の元に……」
ごめんなさい、とわたくしはベッドに入った。枕がどんなに涙で濡れても、悲しみは癒えることはなかった。
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