第14話 あいとこころ

 そうして私は話を聞き終えた。長い長い、こころさんの話。


 こころさんという人がどうしてそうなったのかを。


 息を吸う。吐く。長く。長く。


 心に溜まったものに飲み込まれないように、長く長く、ざわつく波が落ち着くのを待つ。


 先日、こころさんの性別の話を聞いたとき以上の動揺。困惑。あと、悲しみ。


 心の中には大きな暗い波がざざんざざんと音を立てている。悲しいよう、悲しいようって波が鳴いている。


 ただしばらくそうしていると、少しずつ、少しずつだけ波が収まっていく。


 胸に手を当てて、そのまま少し考える。


 悲しい。なんで?


 人が殺されたから?それもある。


 罪の話だから?それもある。


 でもそこが一番、悲しいんじゃない。


 これはこころさんが幸せになれなかった話だから。


 こころさん自身がとても痛かった話だから、辛いのだと思う。


 ゆっくりと顔を上げて、こころさんの顔を見た。


 優しい表情、でも少し怖がっているようにも見えた。


 怖い、怖いよね。自分が犯した罪の話。自分が行った犠牲の話。


 自分自身を否定されるかもしれない話。


 怖いよね、きっと私だって怖い。


 安心、させてあげなくちゃ。この人が辛いことは私も辛い。


 声に出そうとして、喉が詰まる。上手く、口が動かせない。じわじわと喉奥に痛みが広がっていく。眼が熱くなっていく。


 手がぽんと頭に置かれた。


 優しく、微笑まれる。


 違うでしょう、辛いのは、ずっとずっと辛かったのはあなたのはずなのに。


 「大丈夫、いいよ、泣いても」


 なのに、どうして、そんなことを言うの。


 どうしてそんなこと言っちゃうの。


 抱きしめられた。


 こぼれる、こぼれる。痛い、悲しい、辛い。


 この人が感じてきたものが。この人の背負ってきたものが。この人が歩んできた道が。


 全部受け止めてあげたいのに、受け止めきれなかったものがぼろぼろと涙になって零れていく。泣き声になって溢れていく。


 手を背中に回した。こころさんの身体は思っていたより、ずっと小さく細い。


 泣く、泣く、泣く。


 優しく、頭を撫でられる。


 「ありがとう、僕の代わりに泣いてくれて」


 最後の栓が外れた。


 ダメだよ。もう、止まらない。止まれない。


 零れた、溢れた。何もかも、何もかも。


 この涙はきっと二人分。


 ずっとずっと泣くことができなかったこの人の。


 ずっとずっと自分を許せなかったこの人の涙。そして、私の涙。


 「ごめんね、ありがとう」


 悲しい、つらい、わからない。でも、泣いてしまおうと思った。


 この人が殺してきたたくさんの人、そしてそれを成す間に殺し続けたこの人自身の心の分まで。


 泣こう。たくさん泣こう。私の涙で足りるかはわからないけれど。


 声を上げて泣いた。零れるほどに泣いた。溢れるほどに泣いた。


 泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。


 小さな、子どもの声がする。


 小さく、小さく、涙をすする声。


 女の子にも、男の子にもなれなくて。


 優しくて、そのために罪を犯すことを決めてしまった。


 犠牲を払うことを決めちゃった。


 そんな小さな小さな、子どもの声。


 私の傍で泣いている。


 止まらない、ずっとずっと、止まらない。まだ足りない。


 この人が泣き損ねた分にはまだ足りない。


 こころさんの頭を胸で抱きかかえた。


 細く小さなその頭。少しだけ震えていた。


 胸のあたりに少し暖かく湿った感覚がある。


 声は上がらない。


 きっと泣き方をうまく知らないのだ。


 人を怖がって、自分を否定して、誰かを幸せにしようとして、でも自分が幸せになれなくて。


 そんな生き方じゃ、泣き方なんてわからないよね。


 いいよ、泣いてあげる。


 私があなたの分まで泣いてあげる。


 だから、この涙が止まった時に。


 あなたが少しでも、ほんのちょっぴりでも幸せになっていればいい。


 少しでも自分を許せたらいい。


 少しでも前を向ければいい。


 あなたの幸せが私の幸せだから。


 あなたの幸せのために何かがしたいから。


 「愛してます」


 言葉は伝え足りない。想いも伝え足りない。


 きっとまだまだ何もかも足りていないのだけれど。


 それでも、たとえそうだとしても。


 少しでも、この気持ちが伝わればいい。


 そしてあなたが、幸せであればいい。


 どうか、どうか、どうか。


 「僕も愛してる」


 幸せになれますように。

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