外伝 見習い従者の悩み事・後編
「私としては、この仕事を一緒にやって、ゆくゆくは継いでくれる子がいないかなぁ、なんて思ったりもするのよ?」
「えっ。もしかして、私が……?」
思いもよらない提案に面食らってしまった。自分は勉強が出来る方でも、教え方が上手いわけでもない。適任者なら他に沢山いるだろう。
「あら、サスファは勉強熱心じゃない。イリス様との相性も良さそうだもの。お互いにストレスなく過ごせるって十分に大事な条件よ」
「考えたこともありませんでした」
呆けたように呟く私にルフィニアはくすっと笑い、「進路の一つとして考えておいて」と言って
言われてみれば、教育係もイリスのすぐ傍に居られる仕事だ。一緒に学び、成長を見守るのは楽しいかもしれない。
これまで第一希望としてきた世話係と、新たに提示された教育係。どちらがより、自分が役に立てる役目だろう?
たどたどしく音読を始めたイリスを見遣りながら、すっかり悩み込んでしまった。
◇◇◇
「さぁ、お休みしましょうね」
「ふぁ~い」
勉強が終わると、今度はお昼寝の時間だ。カーテンを閉めてから服を寝間着に着替えさせ、ふかふかのベッドに入れてやる。
やはり疲れたのだろう。見守っていると、イリスはすぐにうとうとし始めて眠りに落ちた。
あどけない寝顔も本当に可愛らしい。
目覚めるまでは静かに部屋の片づけなどをしながら、少しやっては様子を窺い、数秒うっとりとして我に返る、を繰り返した。
「……」
その間にも今しがた生まれた悩みが頭から離れない。よもや、自分が進路について悩む日がくるとすら想像していなかった。
最も傍に居られるのが世話係であることは変わらないし、今後女性が必要になりそうなことも確実に感じられる。
では、私にフォルトの代わりが務まるだろうか? 実際にやってみて楽しかったのは事実にしても、これが日常となれば――。
今日だって沢山の手助けがあって、ようやくこなせているだけなのだ。
「イリス様、起きてくださーい」
夕暮れの赤がカーテンから漏れ始め、壁掛け時計を見てお昼寝の時間の終わりを確認した。
さて、どうやって起こすのが良いだろう? そっと声をかけて白い頬を指先でつついてみると、ふにっと子ども特有の柔らかい感触がした。
「んにゅ」
目覚める気配はないけれど、変な寝言を呟く口元がとにかく愛らしい……ではなくて、早く起こさなくては。
己に
「……もうおきるじかん?」
「そ、そうですよ。少し遊んだら、お夕食にしましょうね」
慌てて引っ込めた手をじっと見つめてしまう。
別の意味で、私には教育係の方が向いている気がしてきたのだった。
「よう」
「あっ、お兄ちゃん!」
イリスと積み木や人形で遊んだあとは、料理人が運んできた夕食を食べさせてから、本の読み聞かせを行った。
予定ではもう少し相手をしてから寝かせるところだったのだが、そこにやってきたのがイリスの兄であるルーシュだった。
「イリス、今日は俺と一緒に寝ないか? 外の話、聞きたいだろ」
「わーい、ききたいききたい!」
「じゃあ決まりだな。お前ももう帰って休めよ」
「あ、ありがとうございます」
こうしてルーシュがあとを引き受けてくれたため、私の長かった一日もようやく終了となった。
「それではイリスさま。失礼いたします」
「うん。サスファ、おやすみー!』
ルーシュの腕の中でブンブン手を振るイリスはこれまた可愛かった。ただ、心はぽかぽかあたたかくとも、全身はくたくただ。足が重く、従者塔までの道のりがとても遠く感じられる。
「はぁ、やっと終わった……」
零れたセリフに、疲労を再認識する。同時に、やはり今の自分では力不足であることも改めて自覚した。
なんとか辿り着いた自室のベッドで、気絶するように眠り込んだのは言うまでもない。
◇◇◇
数日後、食堂で朝食を食べているとルフィニアが相席を求めてきた。もちろん断る理由はない。快諾すれば、彼女はパンやスープを少し味わってから口を開いた。
「その後、どう? 少しは考えてくれた?」
「あの時は声をかけてくださってありがとうございました。嬉しかったです。もちろんすっごく考えました。もう頭が沸騰しそうなくらいに」
私の意気込み具合に、彼女は目をぱちくりさせた。それから、まだ先のことなのにプレッシャーを与えすぎてしまったと謝ってくれた。
でも、このタイミングで言って貰えて助かったと私は思っている。だって、選ぶギリギリの時に提示されたら物凄く困っただろうから。
「それで結論は出たの?」
「はい。私……どちらも目指そうと思います!」
「えっ、『どちらも』って、世話係と教育係の両方ってこと?」
それはさすがに――と否定されてしまう前に急いで付け加える。正確には二人の助手になりたいのだと。ルフィニアは更にぽかんと口を開けた。
「助手? 私とフォルトの?」
「この前、代理を体験して思ったんです。お二人とも大変なお仕事なのに代わりが全くいないのは問題なんじゃないかって」
現にフォルトは参っている様子だったし、それをルフィニアが自分の仕事もしながらサポートしている状態だ。どちらかが完全に倒れたら、途端にイリスを世話する者がいなくなってしまう。
もし本当にそうなったなら、臨時で別の誰かが充てられはするだろうが、慣れない者同士ではお互いに辛いだろう。
「言って下さったじゃないですか。私とイリス様は相性が良さそうで、それも大事な条件だって」
だから、毎日の必要な道具の準備やちょっとした代替要員という意味での『助手』になれたら、二人の負担を軽くできるのではないかと思ったのだ。
あの日に見た、料理人と給仕係のように。
「……なるほどね。それこそ、考えてもみなかった」
息を吐き出すみたいにルフィニアが言い、話しながら考えを纏め始めた。
助手に仕事を手伝って貰えればかなり助かる。何を頼むかはフォルトと相談すれば良いし、それによって情報交換の密度だってこれまでより上げられるかもしれないということ――などを、である。
それからややあって、彼女は眼鏡の奥でふっと笑った。
「これまで二つの道を選ぶ人間なんていなかったから、盲点だったわね」
「駄目、でしょうか」
「いえ、大ありよ。上が『なし』と判断したって、私が『あり』と言わせるわ」
えっ、今、非常に物騒なことを宣言したように聞こえたのだが。気のせいだろうか。呆気に取られているうちに、「方々への手回しは任せて」なんて言いながら眼鏡を光らせているし。ちょっと恐ろしい。
「それより、これから貴女も大忙しよ?」
「大忙し、ですか?」
「だって、世話係と教育係の両方を志望するのでしょう。助手とはいえ、学ぶことは単純に二倍になるじゃない」
「に、二倍……ッ!!」
うっすら想像はしていても、実際に言われてしまうとインパクトが違う。そうでなくとも勉強は得意な方ではないのだ。
悩んだ末の結論とはいえ、早まってしまったかもしれない。
大いに冷や汗をかいている正面で、ルフィニアは冷静に食事を終え、「お先に失礼」と言い添えてから去っていった。止める間もなかった。
後で知ったことだが、彼女はその足で主だった従者を集めに向かい、この議題を提案したらしい。そして、あっという間に可決させてしまうことになる。
私が助手第一号として城中を走り回るようになる日も、そう遠い未来ではないのだった。
〈終〉
◇後書き
だいぶ前に書きかけたまま長らく放置していたお話を、ようやく書き終えることができました。
形にしてみると想像とは全く違うお話になり、私も驚いています(笑)。
久しぶり過ぎてリハビリのようになってしまいましたが、また何か思い付いたら是非書きたいと思っていますので、その時はお付き合い頂けると嬉しいです。
吸血鬼な幼女様と下僕な俺 K・t @kuuuuu
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