第13話 その日 2

どこで何をしていたのか、記憶がない。

 

 「セディ!」


 気が付いたら、シルヴィに抱き着かれていた。いつの間にシルヴィの屋敷に来ていたのだろう、全く思い出せなかった。

 シルヴィの温かい魔力が微かに僕に染み込んでいた。恐らくこの癒しがなかったら、そのまま屋敷に着いたことにも気が付かなかっただろう。

 それでも、シルヴィの話に付き合っていたものの、久しぶりに世界と自分の間に膜が張られている感覚で、心が全く動かない。

 時折シルヴィが心配そうにこちらを見ていることに気が付いても、取り繕うことができなかった。


 全く眠れないまま夜が明け、気が付けばシルヴィとお茶を飲んで向き合っていた。

 無理かと思っていたけれど、お茶はすんなり喉を通った。味は全く分からなかったけれど。

 その瞬間、二人の倒れた姿が脳裏によみがえる。

 湧き上がる感情がどんなものか分かる前に、抑え込む。分かってしまえばとても抑え込めるものではないと、体が勝手に全力で抑え込む。


 殿下は、今、どのような状態なのだろう。


 抑え込んだ端から、思考が戻っていく。


「セディは、ここには来たくなかったの?」


 震える小さな声が思考を貫き、僕をとらえた。


「どうしてそんなこと!」


 今、自分がかろうじて生活を送れているのは、シルヴィが横にいるからだ。それは間違いのないことだ。許されるなら、片時も離れず傍にいたい。

 どれだけシルヴィの傍にいることが、自分に大事なことかどう伝えようとシルヴィを見ていると、ハリーが来たことを告げられた。


 どういうことだ?ハリーが離れて大丈夫な状態になったのか?

 部屋から飛び出し、ハリーの下へ急いだ。勝手知ったる侯爵家だ、どの部屋に通されるのかも分かっていた。

 ドアをノックしようとして、手が固まった。


 「そこまで危ないのか…!」


 おじ様の叫ぶような硬い声が漏れてきた。その後は声の大きさはいつものものに戻り、漏れてこない。付いてきたシルヴィに合図をしながら、ドアに触れた途端、ドアがひとりでに少し開いた。

 かすかに銀の魔力がドアにまとわりついている。

 

 『静かにしていろ。』


 頭の中に深い声が響いた。

 一体、ハリーにできないことはあるのだろうかと普段なら驚いていただろうが、今は単に事実を受け止めていた。

 それよりもハリーとおじ様の会話の行先の方が衝撃が大きかったのだ。

 

 シルヴィに治癒にあたらせる?5歳のシルヴィに?


 「私も行く!」


 黙ってなどいられなかった。自分に何もできないことは昨日で身にしみてわかっていたが、それでもせめて傍にいたかった。

 おじ様も、そして絶対に反対しそうなハリーも同行を認めてくれたのが、ありがたかった。

 ハリーにとっては、子どものわがままをなだめている時間的余裕がなかっただけかもしれないが。


 登城する馬車の中で、正面に座るハリーの顔を見ていると、ふつふつと怒りが湧いてきた。魔力の暴走でシルヴィが死に至る危険性をどうしてハリーは許すのだろうか。

 職務のために身内への思いを抑える人柄では断じてない。シルヴィへの溺愛ぶりはそれを超えているはずだ。

 そもそもハリーにすら手に負えない状態で、シルヴィになにかできる余地が本当にあるんだろうか。

 普段のハリーなら、シルヴィに危ない橋を渡らせず、自分で抱え込む方をとるだろう。

 腑に落ちないものを感じ、怒りがさらに増してきた。シルヴィに何か大事なことを隠して決断させたのではないだろうか。


『キャンキャンと吠えるな。うるさいぞ。』


 吠えさせているのは誰のせいだ!

 ハリーを睨みつけた。ハリーは僕の視線をものともせず、窓から外の景色を眺め始めた。

 

『シルヴィに治癒にあたらせるのは、事実として定まった未来の強さで予知夢に現れた。』


 定まった未来?先のことがなぜ定まる!


『お前にはそうかも知れない。だが、私には変えられたことはない。』


 ほんの僅かではあったが、頭に響く声は陰りを帯びていた。いつも自信に満ち溢れたハリーに似合わないものだった。


『殿下の状態が私の守護石で治せないほどだったと知った王は、一つの決断を下した。』


 王命だったのか?


『そうではない。王は、私に治癒よりも犯人を見つけることに専念させることを命じた。』


 息を呑んでハリーを見つめた。ハリーは窓に顔を向けたまま、目を伏せた。


『私は今、持てる力の全てで城下の会話と魔力を探っている。』


 そんなことが可能なのか…!

 可能だとしても体への負担は並大抵のものではないだろう。

 犯人はハリーの探れる範囲に留まっているのだろうか、意味のある探索なのか?


 『王もそれは分かっている。その上で、賭けに出たのだ。』


 殿下の、自分の息子の命を囮にしたその賭けに、寒気を感じた。


 『決断の際の王の感情が、冷酷なものだったとは思うな。それは、私が保証する。』


 何の感情も込められていない声だったが、自分の浅慮を悟らされ、恥ずかしさを覚えた。

 ゆっくりと目を開き、ハリーはこちらを向いた。エルフを思わせる美しさに思わず畏怖を抱く。託宣のようにそれは告げられた。


『シルヴィは暴走する。』


 腰を浮かせかけ、慌てて沈める。

 シルヴィがいなければハリーにつかみかかっていた。目を伏せ、拳を握り感情を抑える。

 こんな大事なことを黙って、シルヴィに承諾させたハリーに憤りを覚える。

 

 『暴走は見えたが、その先は定まっていなかった。』

 

 それで安心させるつもりかと睨みつけようとして目を開くと、ハリーの全てを見通す視線に貫かれた。

 

 『お前の存在が、鍵となる。』

 

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