第10話:廃鶏

 俺の亡父は卵の仲卸をやっていたことがある。

 直接養鶏場から卵を買い取って、小売店に卸すこともあった。

 自分で養鶏場に卵を買いに行けない時には、配送業者さんに頼んだこともあった。

 だから俺は、ひよこを養鶏場に運んだり廃棄される鶏を処理業者に運んだりする、専門の配送業者さんに知り合いがいる。

 その人に頼んで、廃鶏処理業者に連絡を取ってもらった。


「これを飼ってください」


 異世界と日本を上手く行き来して、住宅ローンの支払い日までに、異世界の送った小麦粉と塩が売れるまで時間稼ぎをした。

 廃鶏の値段は輸送費もあわせて1羽20円から30円だが、知り合いの伝手もあり、これからも定期的に1000羽単位で購入する事を約束して、最低単価の1羽20円で購入できので、総額3万円で1500羽を買うことができた。

 氏神様の境内が神域になっていなければ、配送業者に秘密を知られてしまっていたが、有り難い事に普通に境内に廃鶏を放すことができた。

 そのまま女神様が異世界の境内に転移させてくれたのだが……


「ええい、私の境内が鶏臭くなってしまったではないか。

 鶏がそこら中に糞をしてしまっておるではないか、直ぐに鶏を境内から追い出して、元通りに掃除をさせよ」


 石姫皇女が烈火の如く怒りだしてしまった。

 確かに養鶏場の臭いは強烈で、きれいに掃除されていた境内には相応しくない。

 300人の村民の家だから、軒数で言えば60軒程度しかない。

 1軒で飼える鶏の数は25羽くらいだから、どの家も家族総出で森から落葉と虫を集めて準備してくれており、直ぐに引き取ってくれた。

 境内の掃除も、石姫皇女に敵意を持たない氏子なら何の問題もなく入れるから、直ぐに元通りの奇麗な状態に戻った。


「ここにいるのは構わないが、毎日の生ケーキとアイスクリームケーキは忘れずに供えるのじゃ、分かったな」


 本当に困った事で、塩と小麦粉を都市に売りに行った若衆が戻るまでは、異世界で時間稼ぎをしたかったのだが、その日数分はケーキが必要だった。

 異世界では1日過ぎていても、日本では全く時間が過ぎていない。

 同じ店に1日に何度もホールケーキを買いに行くわけにはいかないし、ネットで購入してしまうと配送されるまでに日にちがかかる。

 結局1日に市内にあるすべてのケーキ屋さんを巡り、遂には近隣の市にあるケーキ屋さんに行ってホールケーキを買う羽目になってしまった。


「女神様、配祀神様、鶏を焼かせていただきました、どうぞお食べください」


 鶏を異世界に持ち込んだ初日、俺と石姫皇女の前には、それぞれ2つの胸肉、もも肉、ささ身、手羽元、手羽中に、肝、砂ずり、ネック、皮、ぼんじり、はつ(心臓)などが、美味しそうに焼かれて並べられていた。

 村に残っている氏子衆総出で歓待してくれたのだ。

 だが、まだ幼い子供達は、羨望の目で焼き鳥を見ていた。

 それどころかよだれまで垂らしているので、とても平常心では食べられなかった。


「私はこれで十分だ、残りはお前達に下げ渡すから直ぐに食べるがいい。

 女神様のお世話は私がするから、お前達がここにいてはじゃまになる。

 ああ、それと、鶏ガラは玄米雑炊を作るときの出汁にすれば美味しくなるぞ」


 俺はもも肉1枚だけを食べて、後は下げ渡した。

 とてもじゃないが子供達の飢えた視線を前にして平気では食べられない。

 石姫皇女は平気で食べられるようだが、俺にはとても無理だった。

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