第34話 ~ラブ・サバイバー~


 ガーン──今日だけで何度目かの衝撃が快晴のなかに走る。

 どうりで声に抑揚が薄いわけだ。


「けれど、博士は人間……でしたよね? 写真でもテレビでも、オレ、見てました!」


 あまりのショックに、問いかける快晴の声にも熱がこもる。


「そう、私は人間だった。今きみと話しているのは、その人格と記憶のコピーだ」


「コピー……人の精神のデジタル化ですか? 話には聞いたことがありましたけど、実用化していたなんて」


「そうだ。だが、これほど大がかりで精巧なものは、世界でも私ひとりだろう」


「けれど、なんのために?」


「私の知識と頭脳を永遠のものとするため──というのは建て前。本音を明かせば、私は逃げたのだ」


「逃げた? 何からです?」


「G10Q。アーバロン。そして、きみがソラと呼んでくれている彼女から」


「ソラから? 生みの親のあなたが?」


「そうだ。今日はきみに、私とG10Qの真実を聞いてもらいたくて、美麻に頼んでここへ招いてもらったのだ。まずは、どうぞ掛けてほしい」


「あ、はい」


 博士にうながされ、快晴は手近な椅子に座った。


「美麻」


「はい」


 フレームに納まった写真が、目の前の食卓に置かれた。

 それを、快晴は美麻のデスクで見たことがある。

 映っているのはひとりの男性と、ふたりの女性。

 男性は仁博士、女性の片方は美麻だ。

 最後のひとりは知らない。無粋かと思って、名前を訊いたこともなかった。


「私の娘の、あいだ」


「娘さん……!」


 快晴はハッとして、先刻の美麻の話を思い出した。

 仁博士には自分と同い年の一人娘がいたと言っていた。

 それが、このじんあいさんなのか。

 反射的に美麻の方を振り向くと、いつになく真剣な、そして苦しげな表情で写真を見つめていた。


「妻を早くに亡くしていてね。森家と懇意になってからは、愛をここで預かってもらうことも多く、美麻とは姉妹のように……いや、本当の姉妹以上の親友になった。面白いことに美麻が学者肌な一方で、愛はお嬢様肌だった。森夫妻とは、どこかで子供を取り違えたのかと冗談を言い合ったものだ」


 仁博士の語り口は、機械特有の朴訥さこそあれど、在りし日に想いを馳せる父親そのものだった。

 だが、なんだろう。この妙な過去形の話し方は────


「そう、あの子は芸術全般が達者でね。絵も上手かったが、ピアニストを目指していたよ。とくにベートーヴェンの『悲愴』など、哀愁たっぷりで見事だった」


 快晴は息を忘れた。

 博士、あなたは今、なんと言いましたか。

 ピアノ? 『悲愴』? それは、アーバロンが最初に弾いた曲じゃないですか。


「だが、あの子は夢を叶えられなかった。妻と同じ、遺伝性の病で……」


 目眩が快晴を襲う。

 聴きたくない気持ちと、聴けと命じる心とが、胸の奥で激突していた。

 そして否応なく快晴の脳裏に甦る、ずっと抱き続けていた疑問──アーバロンのAI。

 ピアノ──病──今の博士の姿──アーバロン──すべてが繋がろうとしてる。


「当時、私は対怪機構でG10Qの開発をスタートさせていた。戦闘ロボットとしての機能はそれまでの積み重ねもあって問題なく進んだが、ひとつだけ、どうしても解消できない部分があった。AIだ。G10Qは当初から完全な自律思考型ロボットを目指して開発されていたが、“コンピューターではどう精緻に組み上げても不完全なものにしかならない”という確信が私にはあった」


「不完全……?」


 ようやく、快晴は言葉をつむいだ。


「優しさ」


 仁博士はきっぱりと言い放った。


「怪獣をただ倒すのではなく、人々を、街を守るために戦う心。そしてそれを支えるのが想像力だ」


 ああ、と快晴は胸のうちで溜め息を吐いた。

 最初に出逢ったとき、アーバロンは己の身も顧みず、快晴をかばって負傷した。そして復活したあとも、街への被害を最小限に留めようと努力し続けた。

 あのとき、人命優先プログラムだけではない“心”を感じた快晴の勘は、間違ってはいなかったのだ。

 仁博士の話で、快晴はアーバロンに心があると確信し、無意識のうちにテーブルクロスを握りしめていた。


「想像力こそ、コンピューターには生み出せないもの。AとBという知識から、本人にも予想できないCという新しい可能性を導き出す力」


 快晴はいつかの形梨の言葉を思い出した。

 日本支部でアーバロンの説明をされたとき、これとほとんど同じ言い方を参謀はした。


「私は地球を守るためのロボットにとって、この優しさこそ、無くてはならないものだと考えていた。だが、どうしてもAIでは果たし切れないと悟ったとき、私は大きな罪を犯した」


「あなたは……愛さんの……」


 最後まで言えなかった。

 息が喉元で詰まる。


「……愛は優しい子だった。私の知る誰よりも」


 沈黙ののち、仁博士はゆっくりと話し始めた。


「すでに精神バックアップの技術を完成させていた私は病床の娘に請うた──お前の人格をコピーさせてくれと。余命幾ばくもない我が子に向ける親の言葉ではなかったが、それでも愛は認めてくれた。自分なんかが人々の役に立つなら、と言って」


「──ゥッ!」


 快晴の口から呻きが漏れた。

 クロスを握る拳が痛いくらいに張り詰めている。

 自分なんかが人々の役に立つなら──いかにもソラが言いそうなことだ。

 まもなく自分は死に、そのコピーが代わりに父親や親友とともに生き続けると解っていて、なお彼女は本心からそう答えたのだろうか。


「かくして私は愛の精神をコピーし、そのなかから記憶だけを消去してG10Qの頭脳を完成させた。愛が亡くなったのは、そのすぐあとだった。私も美麻も悲しみに暮れたが、愛の残してくれたG10Qを心の支えにして、なおも開発に打ち込んだ。だが、それも長くはなかった」


 怒りと哀しみの結晶が快晴の眼から滴り落ち、特殊繊維に吸収されて即座に乾いてゆく。

 博士の言わんとしていることは、おおかた検討がついていた。

 最初に、博士は「G10Qから逃げた」と言った。そして「罪を犯した」とも。


「最後の詰めとも言えるG10Qの武装が完成してゆくうちに、私は怖くなった。ロボットであっても、G10Qの精神は愛そのものだ。だが愛であって愛ではない。かつて人間だったことすら知らず、従順に自分をロボットだと信じて疑わない。それでも、彼女は私の子だった」


 言っていることは矛盾だらけだが、博士の言いたいことは快晴にも解った


「愛を失い、もうひとりの娘も今また、きたるべき怪獣との死闘に送り込もうとしている。その事実に私は耐えられなかった。G10Qと接するたびに胸が痛み、顔を見ることもことも、開発を進めることも出来なくなってしまった。かといってG10Qなくして、人々を怪獣から守ることなど出来ない。

 葛藤の末に心を病んだ私は、一年前、美麻にあとを託して対怪機構を去った。そして世を捨てる前に、せめてこの頭脳だけでも後世に残そうとして、森の協力を得てこの地下室を造り、機械のなかに逃避した」


「待ってください。あなたは本物ではなく、博士の精神のコピーだと、最初に言いましたよね。じゃぁ、本物の仁博士はどこへ?」


「死んだよ」


「え……」


「このマシーンに私というコピーを生み出す際、装置の調整ミスから脳に必要以上の負荷がかかったせいでな。天才科学者と呼ばれた男らしからぬ最期だった」


「そう、だったんですか……」


 それ以上、快晴にはなんと言っていいか分からなかった。

 恐らく、いちばんつらいのは美麻だろう。友と師を相次いで亡くしたのだ。それなのに、愛の分身とも言えるアーバロンのすべてをひとりで担い、彼女にも自分にも、常に明るく接してくれた。


「けれど────」


 快晴が言葉を発したそのときだった。


 ズゥン──!


 低い地鳴りと揺れが、部屋を走った。


(この揺れ方ッ!)


 快晴のなかに、あの日の災厄が甦る。


「これはッ!」


 仁博士が狼狽えるような声を上げた。

 画面が分割され、片方に博士、もう片方には大浪区だいなみくを一望する風景が映し出された。


「これはたったいま森家の屋根から発進したドローンのカメラ映像だ。現場へ接近しながら拡大しよう」


 ドローンを操るコンピューター人格という、ややトンデモナイことがサラッと言われた気がしたが、快晴はスルーした。

 それどころではなかったのだ。

 高層ビルが立ち並ぶ大都市のド真ん中から立ち上る爆煙。

 そして、その爆心地で文明を蹂躙する四本足の巨大な影────


「怪獣ッ!」


 美麻が声を上げた。

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