第16話 ~続・ことの始まりは~
──三分後。
「ことの始まりは、一九〇八年にまで
スクリーンに映し出された写真を指し、飛鳥は語り出した。
つまり、快晴は対怪機構のメンバーになることを選んだのだった(というか選択肢がほかになかった)。
与えられた肩書きは『アーバロン担当技術補佐』。表向きは森美麻技術主任の助手らしいが、その実、具体的になにをすればいいのかは、まだ聞かされていない。
工場は辞めることになるが、退職については支部の〝
もともと先立つものがあれば辞めてしまいたいとさえ思っていたので、ありがたい話ではある。
──と思ったのも束の間、なんと、その渉外班というのが、あのブラックメンのことらしい。そう聞くと〝適切に処理〟という言葉が途端に怪しく思えてくる。工場長あたり消されてしまわないだろうか。
と、不安がる快晴をよそに、司令は対怪機構の発端について解説を始めていた。
一九〇八年──いきなり百年以上も昔の話である。その壮大さに快晴は圧倒された。
モノクロの写真は森林の風景だ。
だが異様なことに、ほとんどすべての木々がまったく同じ方向になぎ倒されている。
大規模伐採? 違う。木々は切られているのではなく、へし折られている。火災もあったようで、葉もことごとく失われている。
これは、人の手によるものではない。
「きみは、ツングースカ大爆発を知っているか?」
「ツン……なんです?」
「ツングースカ大爆発、あるいはツングースカ事件とも呼ばれる。この年の六月に、シベリアの森林地帯で起こった爆発現象だ」
「爆発……これ、かなり凄そうですけど、もしかして怪獣が?」
「ふむ……本当に知らんらしいな。原因については長らく不明、あるいは推測の域を出ず、おかげでオカルティストやSF作家連中のいい飯の種になっていたのだが、二〇一三年になって、ようやく隕石衝突によるものだと断定された」
「隕石……」
「正確には、隕石が地表近くで爆発を起こしたのだ。決定的物証となったのが、当時の地層から見つかったロンズデーライトやテーナイトといった、隕石の存在を示す鉱物だった。これらは、地球上に存在する他のクレーターからも見つかっているからな。だが……」
京香はそこで言葉を切った。どう言おうか迷っているようだった。
「一般に公開されていない情報がある」
いきなり陰謀論じみた。まさかここから一気に、オカルト雑誌『Woo』のような眉唾な話が展開されるのだろうか。
「先に述べた鉱物以外にも、当時の地層からは奇妙なものが発見されている」
京香の手がリモコンを繰る。
スクリーンの写真が変わった。
金属の球だった。目盛りが一緒に写されているおかげで、大きさは約一センチと分かる。
パチンコ玉のようだ。
「なにに見える?」
「……パチンコ玉?」
思ったままを答えた。
「まぁ、そうだな」
司令の応えはそっけない。呆れられているのだろうか。
「分析の結果、これは地球上の金属、また既存の隕鉄のいずれでもない、まったく未知の物質であることが判明した。間違いなく、当地に飛来した隕石に付着、あるいは混入されたものだ」
「混入、された?」
「そう。作為的なものだ」
写真が変わる。
同じような玉がいくつもあった。
ただし、すべてが割れていた。
それで快晴は、それがただの玉ではないこと知った。
なかが空洞だったのだ。
これではまるで……
「現地で発見されたとき、無傷の状態だったのは先のを含めて二個。ほかはすべてこの状態だった」
「これは、カプセルなんですか? それとも……」
それとも──その、もうひとつの可能性はあまり考えたくなかった。
快晴の言葉を待たず、司令は写真を切り替える。
今度のは、光沢のある柔らかそうな表皮を持った、肉の塊。
大きさは、さっきの金属球よりも小さい。
だが、それは明らかに生物に見えた。正確には、生物の…………
「これは、なんだと思う?」
「……胎児、ですよね? 動物の……」
「半分は正解だ」
京香のその言葉で、これがなんの胎児なのか、快晴にはおおよその見当がついた(当たって欲しくはないが)。
「先の金属の球のなかから発見された」
「……卵、だったんですね」
「そういうことだ。しかも驚くべきことに、隕石の落下から百年を経てなお、こいつは生きていた」
ぞっ、と快晴の背筋に寒気が走る。
植物の種が何百年も生き長らえるという話は聞いたことがある。だが、卵のなかの胎児にそんなことがあり得るのか。
「成分は不明だが、卵内部の液体には生物の新陳代謝を完全に停止させる、一種のコールドスリープを作り出す作用があった。その点では保存容器と言えるし、カプセルというきみの表現も正しいわけだ」
さらに写真が替わる。
今度はれっきとした動物……ではなかった。
四足歩行のずんぐりした身体だが、ぬらぬらとした体表は哺乳類ではなく爬虫類的だ。おまけに背中には小さな針が無数に備わっている。トカゲとサイとハリネズミが合体したような姿だ。
科学者服の女性と一緒に写っているので、体長は五〇センチくらいと思えた。
「米国の研究所で、三年間に及ぶ飼育調査がなされた」
なら女性は飼育担当者だろうか。内向きにカールしたブロンドが、なんだか〝昔の映画に出てくる女優〟っぽい。
生物の頭に触れ、カメラに笑顔を向けている。背中の針はあまり危なくないらしい。そう思うと、愛嬌のある動物だ。
「その結果わかったのは、この生物は地上のどんな悪環境はおろか、水中や地中にすら適応出来るばかりか、鉱物に原油、はてはプラスチックや化学物質さえも食料にできること。そして……」
シャッと、写真が変わる。
ひと目で、さっきの生物が成長した姿だとわかる。今度も同じ科学者が一緒だが、互いの身体は動物園のような透明な壁で遮られている。
生物の体長は、明らかに二メートルを超えていた。威嚇しているのか、後ろ足で立ち上がって女性の方に吼えかかっているようだ。
「際限なく成長し、それに比例して凶暴性を発揮する」
女性科学者は生物の方を振り向きながら、目と口を大きく開いて悲鳴を上げている。その驚き方が神がかりすぎていて、構図がもう完全に〝とっても古いモンスター映画のポスター〟だ。こんな写真が公的記録になっていいのだろうか。
「それじゃ、これが……!」
「そう。怪獣だ」
先ほど見た、割れた卵の群れが快晴の脳裏にフラッシュバックする。
隕石に乗って、百年前の地球に飛来した、人工的な金属の卵に包まれた怪獣たち。
それらは隕石の衝突で孵化し、まんまと人の目から逃げおおせ、シベリアから世界中に散らばったのだろう。そして百年間、地上の人類から身を隠しつつ、密かに巨大化、凶暴化し続けていた。
そして今、一斉に隠れることをやめた。
なぜ今なのか。
そもそも怪獣たちは本当に、卵から
そう、あの金属の玉は〝カプセルでもある〟と司令は言った。隕石に着いていたのも、〝作為的〟だと。
そこから見えてくる存在は……
「宇宙人、なんですか? 隕石を堕としたのは……」
「我々、対怪機構はそう見ている。飼育調査された対象には、生殖器官と思われるものは存在せず、アメーバのような分裂の兆候も見られなかった。宇宙にはまだ謎が多いが、自分たちで増殖が不可能な生物は考えにくい。なんらかの目的で製造された、生物兵器の可能性を考えるべきだ」
「目的は、地球侵略ですか?」
「それはまだ分からん。なにせ向こうからの接触がない。それに、侵略計画だとしても迂遠すぎる」
たしかに怪獣が兵器なら、成獣を投入してくればすぐに片は付くはず。なぜ百年もかけて地球で成長させるのか。
これでは寿命が千年ないとやってられないのでは? まさか本当に百年計画だとでもいうのだろうか。それとも、実際に千年以上生きる宇宙人のしわざ?
「地球外知的生命体と、その侵略の可能性は国際科学者会議や各国首脳部の間でもさんざん議論された。だが、まず避けられない災厄への対処が必要だった」
「それで結成されたのが、国際対怪獣機構ですか」
「そうだ。ことが起こってからすでに百年が経過しており、対策としては後手後手もいいところだったが、なんとか間に合ったというわけだ。とはいえ……」
そこで言葉を切り、京香は大きな溜め息を吐く。
「間に合いはしたが、アーバロンは初戦でアクシデント。きみの助力で辛くも勝利でき、弱点の改修もしたが、それ以降は知っての通り。戦闘機隊の火力不足もまだ改善の目処が立っていない。早晩行き詰まるのは目に見えている」
アーバロン──そう、肝心の〝彼女〟についての話はまだだろうか、と快晴は焦った。
正直、怪獣と宇宙人については分からないことだらけだ。
その不安からだろうか。今は早くアーバロンについて知りたかった。まるで初めての恋活で相手を紹介される純情男子である(恋活などしたことはないが)。
これで相手がスーパーロボットじゃなければ……と、自分の方こそ溜め息を吐きたい快晴である。
「そこでだ、いよいよ本題に入りたい」
ついにアーバロンの謎が司令の口から明かされ──
「状況確認も済んだことだし、早速きみに仕事を始めてもらおう」
「え?」
──なかった。
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