第五話「花咲ける少女たち」

1.新しい春が来た

 一九五六年、四月初旬。

 都内ではソメイヨシノが満開となり、新たな春の到来を予感させていた。

 それは皇居内に存在する「育成館」でも例外ではなく、校舎へと続く一本道には見事な桜並木が咲き乱れていた。


(去年は、ここに生えてるのが桜だってことにも気付かなかったな)


 満開のソメイヨシノと、はらはらと舞い落ちる花弁とで桜色に染まった風景を眺めながら、小町は感慨にふけっていた。

 彼女が育成館へ編入して、既に一年近く。未だに学校という場所に馴染めむ部分もあったが、それでもだいぶ順応して来たと、周囲からも言われている。

 しかし、小町自身には自分が成長したという実感がなかった。


 背が伸びた。髪も伸びた。

 知識は増えた。

 霊力も増した。

 荒魂との戦いに対する覚悟も固まってきた。

 だが、それでもって「自分は強くなった」と胸を張って言えるとは、小町には思えなかったのだ。何故なのかは自分でも分からない。


 間違いなく、一年前の自分とは違う自分になっているはずなのに、何故?

 周囲からの評価も高くなっているのに、何故?

 小町の自問自答は尽きない。


「――どうした小町。足が止まっているぞ」


 いつの間にか立ち止まってしまっていたのか、少し先を歩く安琉斗が声をかけてくる。

 彼もこの一年近くで、更に背が伸び男前が増していた。以前は少し幼さが残っていた顔立ちも、いよいよ大人びてきて「美青年」という言葉以外に相応しいものが思いつかないくらいだ。

 桜色の風景の中に佇む、白い学ランを着たくすんだ金髪に碧眼を持った美青年。まるでどこかの絵画から抜け出した存在のようだと、小町は思った。


 だが――。


『キャー! 五ツ木先輩と柏崎先輩よぉ! 今日も


 どこからか、押し殺した悲鳴のような女生徒のささやきが聞こえてきた。

 そっと周囲を盗み見すると、後輩の女生徒の何人かが遠巻きにこちらに熱視線を送っているのが見えた。


(男前、ねぇ)


 自らの服装をしげしげと眺めながら、小町が苦笑する。

 小町が身に着けているのは、例のセーラー服とスラックスの組み合わせ――ではない。

 彼女は今、安琉斗のお下がりのに身を包んでいた。言うまでもなく、女子ではなく男子の制服である。


 きっかけは半年ほど前のことだ。

 二学期が始まる頃、育成館ではちょっとした「交流会」のようなものが開かれていた。

 各クラスが一致団結して何がしかの「出しもの」を披露しあうという、普通の学校でも時折行われているアレである。

 小学生組は合唱を披露し、高校生組は和楽器演奏に乗せた剣舞を披露した。

 一方、小町達の所属する中学生組が披露したのは、「演劇」であった。


 演じたのは、西洋の劇作家が書いた、家が対立しあう男女の悲恋物語だ。

 ヒロインは当然彩乃が演じたのだが、相手役の男を演じたのが、なんと小町であった。

 彩乃は自前のドレスを衣装としたのだが、小町には服の持ち合わせがない。五ツ木家の衣裳部屋にもめぼしいサイズの合う物がなかったので、小町は仕方なく安琉斗のお下がりの白い学ランを身に着け、舞台に上がった。


 するとそれが大変好評だった。

 元々、美少年然とした小町のことである。しかも彼女の立ち振る舞いは、やんごとない家の出身が多い育成館にあっては異色ともいえる「男勝り」だ。

 純真可憐を絵にかいたような彩乃をエスコートする美男子振りが、堂に入り過ぎていた。


 それ以来、暗に小町の学ラン姿を切望する声が多くなり……いつしか館長の原田や、どこからか話を聞きつけた霊皇までもが裏から手を回した結果、なし崩し的に小町の制服が学ランへと変わっていってしまった。

 小町としてもセーラー服とスラックスの組み合わせよりもしっくり来てはいるのだが、経緯が経緯だけに釈然としない部分もあった。


 ――しかし、本人のそういった思いとは裏腹に、やはり小町の白い学ラン姿は似合い過ぎていた。

 育成館へ転入以来伸ばし続け肩くらいまでになった癖っ毛がまた絶妙な味わいを醸し出し、「男装の麗人」という言葉がよく似合うようになっていたのだ。

 そのこと自体は小町本人も自覚していたので、悪い気はしていない。それがまた彼女を複雑な気分にさせるのだが。


「ごきげんよう、安琉斗さま、小町さん」

「お二人ともおはようございます!」


 昇降口の近くでは、いつもと同じように彩乃と肇の二人が、小町と安琉斗を待ち構えていた。

 彩乃はこの一年ほどですっかり女性らしく成長し、愛らしさの中に大人びた表情も見せるようになっていた。背は伸びていないが、二つの豊かな膨らみの方は以前よりも迫力を増していて、逆にそちらの成長が見受けられない小町を少しだけ昏い気持ちにさせる。

 一方、肇は全く成長していない。背も伸びなければ顔立ちも変わらない。声もボーイソプラノのままだ。


「……お互い頑張ろうな、肇」

「は、はい? なんのことですか?」


 訳が分からず戸惑う肇の頭を、小町がポンポンと撫でる。

 同い年ではあるのだが、小町はここ最近、肇を弟のように思い始めていた。――そして一方的に「成長しない仲間」として認識していた。


 傍から見れば、ぐっと大人っぽくなったように見える小町だったが、本人は存外、胸が育たないことを気にしていた。

 そういった意味では、小町は見た目とは裏腹に少女らしく成長したとも言えるのかもしれなかった。


「――っと、昇降口で無駄話してると、また九重のねーちゃんが絡んでくるかもしれないな。さっさと教室行こうぜ」

「そう、ですわね。あの方、最近とみに小町さんに嫌味を仰るようになって……どういうご心境なのかしら?」


 九重麗佳は、安琉斗と同じく育成館の最上級生となっていた。

 その嫌味ったらしい言動は健在で、最近では事あるごとに小町を挑発するような仕草を見せている。

 以前は肇共々、「安琉斗と彩乃のオマケ」くらいの扱いだったことを考えれば、随分な変化だった。


 幸い、今日はまだ姿を見せていないようだが、「噂をすれば影」という言葉もある。

 四人は頷きあうと素早く上履きに履き替え、先を急ぐことにした。


「僕らもいよいよ三年生ですね、お二人とも!」

「いよいよというか、オレとしては『いきなり』三年生って気分かなぁ」


 ――今年度から、育成館には大きな変化が起こっていた。

 今までは「小学生組」「中学生組」「高校生組」の三クラスで、学年関係なく扱われていたのだが、それが改められることになった。

 理由は単純、育成館の生徒・児童数が大幅に増える予定だからだ。


 原田館長の改革の賜物か、育成館への一般家庭からの入学数は年々増えている。

 元々、戦争ですっかり数の減ってしまったサムライと姫巫女の復興を目指す機関である。上々の結果と言えた。

 だが、そこで問題となるのは、生徒数の増加に伴う予算の増大だった。今までのような個別指導体制では、教師の数も講師の数も、予算も足りない。

 そこで、文部省との協力のもと、育成館をもっと「学校機関」らしい姿に変えようという計画が、水面下で進んでいたらしい。

 その努力が実を結んだ結果だった。


 育成館は、初等部、中等部、高等部に再編成され、学年制度も導入される。

 今のところは各学年まだ一クラスずつだが、今後生徒数が増えればクラスも増えていくはずだ。

 校舎も手狭になるので、首都圏近郊で移転先を探している、という噂も聞く。


 小町にとって、この一年で慣れ親しんだ育成館も、早くも姿を変えようとしている。


(きっと、これからも目まぐるしく色んなことが変わっていくんだろうなぁ)


 ぼんやりと、何の他意もなくそんなことを思った小町だったが、彼女はまだ気付いていなかった。

 その予感がただの予感ではなく、自らの「先詠み」に由来するものだということに――。

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