第六章

第36頁  やっと見つけた

 3月13日、正午、瑞穂山中腹付近。


 何だかんだ時が過ぎて、あれから一週間。いまだアサヒさんからの答えはもらえない。でも、いろいろ考えているんだと思う。昨日はひまわり畑で会ったんだけど、時折眉間にしわを寄せながら、難しそうな顔でこっちを見てたから。ゆっくりとアサヒさんの答えを待ちたいと思います。


「ん? ペンギン……」


 僕がひまわり畑までの道を歩いていると、前方からペタペタと可愛らしい音を響かせながら歩いて来るペンギン(?)さんが。身体の色は桃色で、手は刀みたいに先が鋭く尖っているけど、多分ペンギンさん。


「こんにちは」


 すれ違いざまぺこりと頭を下げて挨拶をすれば、ペンギンさんも僕へ頭を下げてくれた。でも、この子はどこに行こうとしているのだろう。下山する方向に進んでいるんだけど、その先には弥生村がありますよ。そのまま進んで大丈夫です? いや、でも今まで猫さんとか雪だるまさんとか、自ら人里へ降りていく異形も居たから、この子も何か目的があって行くのだろう。無事に目的を果たせるといいなぁ。


「ん?」


 そんなことをぼんやりと考えながら進んでいれば、さっきまで小気味よく聞こえていたペンギンさんの足音が止んだ。何かあっただろうか。気になって振り返れば……


「……」


 ほんの少し進んだ木の陰に居た。ジッとこちらを見つめているのが見える。えっとぉ、僕ですか? 僕を見てます?

 辺りを見渡すけれど、僕以外の存在は確認できなくて。やっぱり僕ですね……何かしましたでしょうか? いや挨拶をしてすれ違っただけで、特に見つめられるようなことは何もないと思うのですが。あ、もしかして寝癖でも付いてます? それか服が変とか?


 自分の頭や服を触りながら確かめるけど、特に変な所はない気がする。んー、何だろう、どうしたのかな。途方に暮れながら、ペンギンさんを見つめ返せば、ほんのりとその頬が赤くなっているのに気がついた。

 肌が桃色なのでちょっと分かりにくいのですが、赤くなってますよね、多分。赤い顔……もしや風邪? 熱がある? はっ、体調が悪くて、僕に助けを求めているのでは!


「大丈夫ですか?」


 僕はペンギンさんが隠れこんでいた木へ歩み寄り、近くで顔を覗き込む。すると赤かった頬が更に赤く上気し始めた。えぇ、悪化してる⁉ 異形の風邪って進行が速いのか。大変大変、どうしよう。えっと、こういう時はどうするんだっけ? 薬! そうだ薬! あ、でも異形の子に人間の薬を飲ませるのは不味いよね。


「gibn:sm」


 僕が考え込んでいれば、ペンギンさんは僕の足に身体を預けるようにすり寄った。何ということでしょう! 身体を支えられない程に、弱っていたのですね! もっとはやくに気がつけず申し訳ない。

 ど、どなたか、お医者様は! お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか! あぁぁぁあ、アサヒさん医者だ! ん、医者ではないのかな? まぁ、いいか、とにかく一刻も早く彼女に診せなければ! そうと決まれば話は早い。

 僕は着ていた上着をガバッと脱いだ。寒っっっう! いや、今はそんなこと言っている場合じゃなかった。


「ちょっと失礼しますよ」


 ペンギンさんに一声かけて、脱いだ上着で身体を包み込んだ。そして服ごと抱き上げる。


「もう少しだけ辛抱ください。すぐにお医者さ……っぽい人の所に連れて行きますから」


 なるべく揺れないように、そして包んだペンギンさんが冷たい風に晒されないように気をつけながら、僕は猛ダッシュでアサヒさんのログハウスを目指す。

 チラリと腕の中のペンギンさんの様子を伺えば、ヤバい、さっきよりも頬赤くなってません? 何だか若干瞳も潤んでいるような。余程しんどいのですね。急げ僕、頑張れ僕。そして、どうかアサヒさんがログハウスに居ますように!




※※※




「アサヒさーん!」

「何でしょう」


 息を切らせながらたどり着き、大声を張り上げれば、彼女はすぐに出てきてくれた。そして僕のただならぬ様子に目を見開く。


「どうしたのですか、そんなに慌てて」

「病気の異形を見つけたんです。多分すごく熱があって苦しいんだと思います。診てもらえませんか」

「もちろんで……おや、ももさんこんにちは」

「fvha」

「あ、なるほど」


 僕の抱えていた上着を見ると、アサヒさんから納得の声が漏れる。え、何か心当たりがあるようですが、どういうことです? 僕は全く分からないんですけど。


「陸奥さん安心してください。彼女病気ですが病気ではないので」

「へ?」


 ……どういうことでしょう? 僕はますます混乱するばかり。でもアサヒさんが安心してって言うことは、安心していいんですよね? 命の危機はないということで良いのですね?


 腕の中に居るペンギンさんに目を向ければ、まだ顔は赤いままだけど、どことなく楽しそうな雰囲気を感じる。何か楽しいことありました? でもお元気そうで何よりであります。




※※※




「恋の病です」

「……」


 ログハウスの中に入り、ペンギンさんをベットに下すと同時に、アサヒさんの声が響いた。

 ……今、何とおっしゃいました? 僕の聞き間違いかな、恋がどうのと言ってます?


「恋の病です」


 聞き間違いではないようで。はっきりと、先ほどよりもはっきりとした口調で、アサヒさんは繰り返した。あっ、頬の赤みってそういうことですか。僕はてっきり体調不良の熱で火照っていると思っていましたが、恋の炎が燃え上がった感じですか!


 いやいやいやいや。ペンギンさんが僕に恋をしているってこと? 彼女と出会ってからまだ30分も経ってませんけど、恋に落ちる要素ありました?


「nsbg[p」

「『あなた私の旦那よね?』だそうです」

「違いますけども?」

「tuos,:、igbrsnowpee;、t8wgh」

「『はぐれてからずっと探していたの。少し痩せた? 以前はそんなにスリムじゃなかったわよね。それに手足の本数も顔の形も違う気がする。うふふ、まるで別人みたいね!』だそうです」

「別人ですからね……」

「mtpj2ujsto,k4l2u.」

「『間違えるはずないもの。私を見つめ返してくれた熱い眼差し。そして優しく抱いてくれた力強さ。間違いなく私の旦那よ!』だそうです」

「確かに見つめ返しましたけれども。それは体調不良なのかと心配した訳で。それに抱いたというか、あなたをアサヒさんの所に運ぼうと抱き上げただけでありまして……って、近い近い」


 グイグイっと距離を詰めながら、うっとりと見つめてくるペンギンさん。いやいや、違いますって。僕、あなたの旦那さんではありません! まだまともに恋愛したことない、22歳独身の陸奥でございます!

 そして誤解を招くような文言は避けていただきたく。本当の旦那さん、僕は無実ですよ! ドロドロの修羅場とか嫌ですよ!

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