軍人な彼 後編

 エンタープライズに着くまでの数時間、ケインは『愛でる』という言葉がピッタリなほどに私を離さず、膝の上に乗せたままずっと抱き締めながらあちこちにキスをし、私が動けないのをいいことに体に悪戯をしていた。


 おかげで、周囲からは生温い視線をもらいまくったが。


 だったら誰か突っ込めよ! と思いつつも、ケインの唇と手によって体に火をつけられた私は足に力が入らず、艦に着いてもそのまま運ばれた。その姿を誰かに見られるたびに、冷やかすような、面白がるような口笛をもらいながら一室に運ばれた。


「ハヅキ、部屋の中にある服に着替えて待っていろ。一時間後にまた来る」


 そう言ってキスをして部屋から出たケイン。人の体に火をつけておきながら、お預けかよ!

 悪態をつきながらさっと部屋を見れば、ベッドの上に箱が三つほど置かれていた。何だろうと首を傾げていると、ノックのあとで「失礼します」と女性が二人、入って来た。どう見ても一般女性。

 なんで軍艦である空母に一般女性が? と唖然としているうちに、女性二人は私の服を剥ぎ、下着姿だけにした。


「ちょ、ちょっと!」

「あ、大丈夫ですから。先にこれを身に付けてください」


 大きな箱の蓋を開けて何かを取り出し、手渡されたのは、ガーターベルトとストッキングだった。何でコレなの、と呆然としていると「急いでください」と言われる。

 慌てて身に付けると、同じ箱から出された白いドレスを着せられ、別の箱に入っていた靴も履かされたうえ、椅子に座るように言われた。


(何なのよ、一体)


 ケインの話では怪我人がいるという話なのに、こんな格好で治療しろというのか。


 混乱し、口を出せないままでいると、女性二人はさっさと私に化粧を施し、髪もあっという間に纏めていく。その時間はきっちり一時間。

 わけがわからないと思っていると、ノックの後でケインが入って来た。その姿は、海軍ネイビーの白い礼服姿。

 滅多に見ることのできない装いのせいか、軍服ふだんよりも二割増格好よく見える。


「よし、着替えたな。ご苦労だった」


 女性二人を労ったケインは、私に腕を差し出す。無意識にその腕に手を乗せれば、そのままエスコートしながら歩き出した。

 うしろからは、開けていない箱を持った女性二人が着いてきていた。


「ハヅキ、綺麗だ」

「ありがとう。ケインも素敵で格好いいわ。で、二人のこの格好は何?」

「すぐにわかる」


 クスクス笑っているだけでケインは一向に教えてくれない。何なのよと思いつつも連れて行かれたのは、滑走路がある甲板だった。

 そこには、来た時にはなかった赤い絨毯が敷かれ、水兵服セーラーや礼服を着た――礼服を着ているのはある程度上級の将校と思われる――たくさんの人がいた。

 礼服姿はともかく、水兵服セーラーを着ているのがオッサンなのは痛い。いや、凄く素敵だし、下手な新兵わかぞうよりは断然似合ってるよ? 似合ってる。けど。


 ……オッサンなのが痛い。


 目の前の状況に遠い目をしながらも、甲板の風もそれほど強くないから、艦自体も停泊しているかスピードを落としていると思われる。いや、さすがにこんな深い場所での停泊はないか。


「ケイン……?」


 一体これは何なのとケインを見上げれば、ケインは私を見て笑うだけ。それに首を傾げると、箱を持った女性二人から花束を渡された。それはどう見てもブーケ。


「け、ケイン!? 何、これ!?」

「今から結婚式だ」

「は!?」

「来週の予定だったが、どう見繕っても式のあとハネムーンに行く時間がなくてな。今日挙げれば、十日ほどの時間が取れるということで、急ではあったが今日式を挙げることにした」


 笑いながらも、まるで悪戯が成功したような顔をするケインに呆れた。ということは、私の格好はウェディングドレスということになる。

 急だったとはいえ、ケインも他の人も準備が大変だったんじゃなかろうか。

 でも、式を挙げたあとのその先を考えてくれたことが嬉しくて思わずケインに抱きつくと、ケインはそのまま抱き寄せて頭のてっぺんにキスを落とした。

 それを見ていた人たちが、口笛を吹いて囃し立てる。


「ほら、さっさと式を挙げてハネムーンに行こう。……早くハヅキを抱きたいからな」

「な……!」

「お、真っ赤になって……。照れるなよ、今さらだろうが。今までできなかったあれこれを、時間をかけてたっぷりしてやるから」


 耳元でそう囁きながら、耳にキスを落とすケイン。


「……バカ」


 そう小さく呟いた私にケインは笑い声を上げた。


 大勢の前で神父に結婚の宣誓をしてキスをする。

 ライスシャワーはなかったけれど、私は少ない女性軍人にブーケを投げ、ケインは男性軍人にガータートスをした。ガーターベルトを外されている時にケインに余計な場所を触れられてしまい、「あれだけで感じたのか? ……もう少し待ってろ、たっぷり可愛がりながら愛してやる」と囁かれ、期待に体が熱くなった。

 式が終わったあと、艦内に入って披露宴代わりの立食パーティー。皆との挨拶や話が楽しくて、ケインの隣にいることが幸せで、時間はあっという間に過ぎて行った。

 ……火をつけられてしまった体はつらかったけど。

 ちなみに、間近で見た水兵服セーラー姿のオッサンの筋肉は凄かった。

 ただ、私が日本でまだ女子高生だったころの制服がセーラー服だったことを思い出す。そういえば、セーラー服の原型はコレなんだよね、と思ったら何か懐かしくなった。

 日本に帰りたいとは思わないが。


 パーティーが終わったあと、とんぼ返りで基地に戻りそのままハネムーンへ出発。遠くに行ったわけではないけれど、普段行けない場所をあちこち見て周りながらホテルに二泊し、その後はゆっくりしたいからと二人で住む家に帰宅。

 ケインとゆっくり過ごした。

 といっても、宣言通り、ケインはホテルでも自宅でも、時間をかけてあれこれしてくれました。正直、軍人の体力を嘗めてました……。

 これでは体力が持たないし、仕事に支障をきたしそうだ。

 それでも、ケインを愛し、ケインに愛されるのは凄く幸せだ。


「ハヅキ、愛してる」

「ケイン、私も愛してる」


 何度もキスを交わして、何度も愛しあって……。一緒にいられる間は、ずっとケインの腕の中で過ごした。



 ――ハネムーンから帰って来たケインを待っていたのは、上司による大量の書類と、部下によるやっかみ半分の訓練であると、この時のケインは知らない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る