第47話 春に遊ぶ

最近、ニケツという言葉をサツキちゃんから教わった。

バイクや自転車で二人乗りするときに使う言葉らしい。

私はてっきり、二人のお尻だからニケツだと思ったのだけど、サツキちゃんの話によると荷台に乗るから荷ケツなのだという。

サツキちゃんは、なかなかに博学なのです。

そのサツキちゃんと荷ケツして、林道の奥に山菜採りに行く。

昆虫は勿論、植物に関してもそれなりに詳しくなったつもりだけど、山菜となるとサツキちゃんには敵わない。

図鑑で見た知識はあっても、実物を見てそれを判別する能力はまた違うのだ。

「あった! ありました!」

「それ、似てるけど毒だから」

「えーい、まぎらわしい!」

そんなやり取りを繰り返しているうちに、段々と見分けられるようになってくる。

そうなると俄然、楽しい。

斜面を這い、やぶに突っ込み、収穫しては雄叫おたけびを上げる。

「サツキちゃんサツキちゃん!」

「んー?」

「こんなに大きいのが!」

「大きすぎると不味いって」

「サツキちゃんサツキちゃん!」

「んー?」

「何かの幼虫付きの山菜です!」

「幼虫は食えんからな?」

何故か度々、苦笑いされている気がする。

「タマちゃんを見てると、子供の頃を思い出すなぁ」

「なっ!? それは私が子供っぽいと言いたいのですか!?」

「いや、うーん、そうとも言えるかもだけど、何て言うか……経験って、得るばかりじゃなくて失うものもあるんだよ」

サツキちゃんが、何だか大人みたいなことを言うのです。

「喜びだったものが当たり前になったり、楽しみだったものがつまらなくなったり。そうやって大人になっていくんだろうけど、でも、それが大人だって言うなら、それはちょっとイヤだなって」

その目は私をバカにしているわけではなくて、過去の自分と重ねているような、あるいは、ほんの少し今の自分に嫌気が差したような、どこか心許こころもとない色をしている。

「サツキちゃんは、好きな人はいますか?」

「んあ!? な、何、いきなり」

「この人でまあいいか、という場合と、本当に好きな人に抱かれる場合とでは、同じ行為であっても全然違うのです」

「え? え? いや、そりゃそうかもだけど?」

「私が山菜採りに夢中になったり、虫や草花に反応するのは、好きだからに他なりません」

「あ、あー、うん」

「サツキちゃんが好きなものは子供の頃とは変わってしまったかも知れませんが、また別の好きなものに対して、新鮮で、でも変わらない喜びというものが生まれるのではないでしょうか」

「うーん、そうなのかなぁ」

「カッコいいバイクとか」

「あー、そういや子供の頃はバイクなんてうるさいだけだったけど、今はカッコいいと思うし、見たらはしゃいじゃうな」

「それと同じことです」

「そっかぁ、確かにそうかもな」

「で、好きな人はいるのですか?」

「え? その情報いる?」

「好きな人と好きなものは次元が違うのです」

「ど、どういうふうに?」

「好きなものは、その対象だけが輝きますが、好きな人がいると、全てが輝き出します」

「……ま、まあ、判るような気はするけどさ」

「いるのですね」

「いや、いない! いないけど……なんか私は、年上がいいかなぁって思う」

「孝介さんは駄目ですよ」

「そこまで年上は想定してねーよ!」

それはそれで、少し腹立たしくはありますが。

「それにしても、タマちゃんが他の男性も知ってるって意外だったな」

「は?」

「いや、愛する人とそうでない人に、その、だ、抱かれたときの違いとか……やっぱり大人だなって」

「何を言っているのですか?」

「何をって、さっき例え話で」

「そんなもの経験に基づかない例え話に決まってるじゃないですか」

「基づかないのかよ!」

「私をその辺の腐れビッチと同じにしてもらっては困ります」

「いや、腐れビッチって……」

「肉便器と公衆肉便器は違うのです」

「にくべ……っ!?」

「どうかしましたか?」

「い、いや、なんでも……」

どうやら恥じらっているようです。

「専属肉奴隷と呼んでもらっても構わないのですが」

「ごめ、私、そっち系の話、苦手だから」

なんと初々しい。

だが、ここは心を鬼にして言わねばならぬ。

「……サツキちゃん」

「な、なんだよ」

私の真剣な眼差しに、サツキちゃんは気圧けおされたように後退あとずさる。

「いずれ、通る道です」

「普通は便器も奴隷も通らねーから!」

何故だか叱られてしまいました。

まあこの件に関しては、サツキちゃんが間違った道に進まないよう、追々、じっくり教えてあげなければいけないようです。


収穫を終え、また荷ケツでのんびり山を下る。

水が張られて、格子こうしの入った鏡みたいな田圃たんぼが見えてくると、サツキちゃんは普段からゆっくり運転なのに更に速度を落とした。

「あれって、孝介さんじゃないか?」

なぬ?

こんな遠目で、しかも私より先に気付くとはしからん。

「サツキちゃん、やっぱり孝介さんに横恋慕しているのでは」

「横恋慕ってイヤな言い方だなオイ! 視力がいいだけだよ!」

「ふふふ、何を隠そう私は0.3ですが」

「何で偉そうに言ってるのか判んないけど、私は2.0だから」

「上限値だと!? キサマ、能力者か!?」

くそ、孝介さん探知能力は敵いそうにない。

私が悄気しょげていると、エンジンの小刻みな振動とサツキちゃんの背中の揺れが重なった。

笑っているのだろうか。

「で、どうする? 声かけていく?」

「当たり前です。働く夫の勇姿を目の前にして素通りなど出来ましょうか」

サツキちゃんの背中の揺れが、もっと大きくなった。

何だか温かい背中なのです。


「孝介さん孝介さん」

「おー」

「孝介さんが悠長に田植えをしている間に、私はとっとと収穫してまいりました」

「悠長とはなんだ!」

「ですが、いま植えて面倒を見続けても収穫は秋ですが、山菜なら自然が勝手に育み、食べ頃になったところでさらえばいいのです」

「来週は棚田の田植えを手伝わすからな」

「なんと、性的搾取……」

「どんな田植えだよ!」

普段と変わらない、ふざけたやり取り。

「どう見ても、肉便器や肉奴隷って感じじゃないよなぁ……」

サツキちゃんが、ポツリと呟くように言う。

なに言ってんだこの娘は、みたいな顔で孝介さんがサツキちゃんを見た。

私も同じく。

「ちょ、なんでっ!?」

まるで、理不尽だと言わんばかりの、私に向けられた視線。

「まあ、そういうことに興味津々なお年頃なのです」

「なっ、おい! タマちゃん!」

辺りを賑わす耕運機の音を弾き飛ばすくらいに、サツキちゃんの大きな声が響き渡る。

顔は赤く、鬼の形相ぎょうそうだ。

田のあぜで追いかけっこが始まった。

足の遅い私はどうせすぐに捕まるだろう。

なのに、それを楽しいと思えるのは、やっぱり私が子供だからだろうか。

「待てコラ!」

でも、追いかけてくるサツキちゃんの顔にも、何故か笑みがあふれ、楽しそうに見えるのです。

春の田圃を吹き抜ける風は、水と泥の匂いが混じって、どこか懐かしい気持ちにさせるのです。

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