第103話南の森②

 あぁ、テツオ!

 流石に待ちくたびれたよ。

 まさか!こっちじゃなくて、ペオル・バアルを優先するだなんてね。

 でも、ようやくこの呪いの森に来てくれたみたいで嬉しいよ。

 やっと楽しめそうだ。

 ああ、こんなに胸が弾むなんて、いつ振りになるだろうか————。


 ————————


 ————



「暗くて不気味な森ね…………」


 遂にやってきた呪いの森。

 青白く発光する植物に照らされ、リリィの恐怖する顔が際立つ。

 手足が少し震えているのを見ると、こっちまで怖くなってくるじゃないか。


「リリィ、怖いなら先程のキャンプに戻られては?」


 メルロスが、先刻【ノールブークリエ】への挨拶の為に立ち寄った、デビルプラント内部に設営された簡易拠点の話を持ち出す。

 デビルプラントの内部には、樹洞と言われる大きな空間がある。

 枯れた樹であれば、魔力を吸い取る性質もほぼ消失し、魔獣や動植物の巣となりやすい。

 その洞に設営された施設の感じが、正にオフィスビルそのもの!

ノールブークリエ】の簡易拠点となったその樹洞には、医療室、会議室、食堂、寝室と幾つもの部屋割りが為されていた。

 危険地帯デッドゾーンにおいては、数少ない安全地帯セーフゾーンだと言えるだろう。


「メリィ、私は暗くて不気味って言っただけで、怖いだなんて一言も言ってないわ」


 震えるリリィを見て、メルロスは苦笑している。

 英雄なのに、高い所、暗い所、虫と弱点ちょっと多くないか?


「俺達はパーティ組んでるんだから、苦手なとこは互いに補っていこう」


「そうよね!パーティってそういうものよ!」


「ご主人様がそう仰るのであれば、何も問題はありませんが……」


 メルロスが細長い手を伸ばすと、土精霊のノムラさんが実体化して飛び出して一鳴き。


「きゅうぅぅー!」


 ——テツオ達は土精霊の加護を得た。

 ——外部干渉による状態異常耐性が大幅に上昇した。

 ——魔法攻撃力、魔法防御力が上昇した。

 ——自動回復効果を得た。


「おおっ、凄いな!体内の魔力の流れが良くなったようだ。魔力吸収もガードしているじゃないか」


「大地に根付く植物など、地を司る土精霊の前ではただただ無力……

 道中の安全をお約束致します」


「……ま、まぁ、確かにちょっぴりは効果的かもしれないけど、私だって英雄の加護を施せるのよ!見ててね、テツオ」


 俺にウインクすると、剣を抜いて高々と掲げた。

 メルロスに張り合っているのだろう。

 協力して冒険しようと言っているのに仕方のない奴だ。


 ——テツオ達は英雄の加護を得た。

 ——敏捷が大幅に上昇した。

 ——攻撃力、防御力が上昇した。


 大したものだが、魔法メインの俺には、あまり意味の無い強化な気がしないでもない。


「うん、身体が軽くなった」


「え?もっと褒めてよー」


「え?うん、まぁ、いいんじゃないか?」


 リリィはガックリと肩を落としてしまった。

 うーん、女心は難しい。

 いや、それよりもだ。

 今回の危険地帯デッドゾーン攻略は、【透明インビジブル】と【隠密ステルス 】を駆使し、戦闘をなるだけ避けて進もうと思っていたのに、身体の周囲で光り輝くこの加護の障壁が目立つせいで、どうしても敵に狙われる。

 プランを変更せざるを得ない。

 周囲に他の冒険者がいない事を確認してから、指先に魔力を込めた。


召喚サモン


 地面に浮かび上がった無数の魔法陣が、紫色に発光しながら回転速度を速める。

 禍々しいオーラと共に馬型魔獣バイコーン七体、リザードマン四体がその姿を現した。


「ま、魔獣じゃない!」


 リリィが剣を構え臨戦態勢を取るが、バイコーンは頭を垂れ、リザードマンは跪き、敵意が無い事を示す。


「剣を下ろせ、こいつらは俺の使い魔だ。

 …………この森は広いからな。

 これに乗って移動するぞ」


「えっ?コレに乗るの?」


「そうだ。なんか問題あるのか?」


「英雄の一人で、聖騎士でもある私が、魔獣に…………乗る?」


 なんだなんだ。ゴネ出したぞ。

 聖職者には抵抗があるのか?


「やはり置いていきましょう。

 リリィには、ご主人様と共に生きる覚悟が、まだまだ足りない様ですね」


 メルロスは少し怒気を含んだ物言いで、リリィを一瞥すると、乗り易い様に脚を曲げたバイコーンの背に、ふわりと腰掛けた。

 メルロスの感情が豊かになったのは喜ばしい事だが、先程からリリィに対して棘があるな。

 頭を抱えて悩むリリィに助け舟を出すか。

 早く出発したいし、な。


「リリィ見ろよ、このつぶらな瞳を。

 馬型魔獣だとしても、産まれたてのただの仔馬なんだ。

 こいつを聖獣にするか、魔獣にするかは、俺達次第だと思わないか?」


「そ、そういえば澄んだ目に見えなくも無いわね…………。乗っても…………いいのかな?」


 何となく納得いってない感じだったが、ゴリ押しで馬に乗らせる事に成功。

 リザードマン達もバイコーンに跨り、準備は整った。


「いざ出発!」


 夜としか思えない鬱蒼とした森の中、青く発光する植物に照らされ、計七体のバイコーンが疾走していく。


 その様子を一人の男が訝しげに眺めていた。

 簡易拠点を少しの間留守にしていた為、テツオに会えず、早馬で追いかけてきたリヤドであった。

 だが、思わず隠れてしまった。


ノールブークリエ】の頭脳と言われるリヤドは苦悩していた。

 その昔、悪魔を従える魔法使いがいたという。

 異国には魔物使いなる一族がいるという。

 だが、あれは何だ?

 自在に魔物の群れを従えるテツオを目撃し、身震いした。

 あれではまるで悪魔デモンではないか。

 サルサーレでは、人間にうまく紛れ、悪事を働く魔人なる悪魔がいた。

 まさか、テツオの正体とは…………?

 信じたい。信じたいが、まだ彼をよく知らないのも事実。

ノールブークリエ】を守る為、最悪を想定するのも幹部である俺の仕事だ。

 馬首を返したリヤドは、思い詰めた顔で拠点へと戻っていった?


 ————————


 大爆走。

 森を蹂躙するかのように、轟音を響かせ駆け巡るバイコーン。

 見た目は黒馬、体高は三メートルを超え、頭部には大きく鋭い角が生えている。

 道中に湧いて出る熊型魔獣ドルドルの群れなど、いとも簡単に蹴散らしてしまう。

 たまに樹から飛び出す植物型エネミーも、メルロスのお陰で無力化され、何の問題も無い。


「こりゃ楽でいい。

 青帯はこのまま抜けれそうだな」


 青く発光する植物が群生する地帯を、【ノールブークリエ】の団員達が、読んで字の如くそのまま青帯と呼んでいたので、そのまま引用した。


危険地帯デッドゾーンといってもこの程度なのね」


 流石はリリィ。フラグをビンビンにおっ立てていくスタイルには脱帽だ。

 青帯は銀等級シルバーだけのパーティでも勝てるレベルの敵ばかりだが、進行速度が少しでも遅いと、次々と湧く敵に囲まれ、殺られてしまってもおかしく無い。

 そのまま二時間くらい走っていると、メルロスが異変に気付いた。


「ご主人様。少しずつですが、植物達が土精霊ノームの加護に抗い始めました。

 ご注意を」


「そうか。そろそろ赤帯が近付いているのかもしれないな」


 それでも結局、戦闘と呼べるものなど一切無く、赤く発光する植物が群生する地帯、略して赤帯まで到達した。

 ここの暗さは青帯の比ではなく、不気味な赤い光も仄かに灯る程度でほぼ暗闇に近い。

 暗闇の中でも自在に走れるバイコーンであれば、さしたる問題も無さそうだが、何処を走っているのか俺達自身が分からなくなるのは困る。

 敵を引き寄せてしまう行為となってしまうが、やむなく光魔法を発動し、最小限の範囲を照らしながら走る事にした。

 案の定、敵に襲われる。

 目の前から真っ黒な球体群が高速で飛んでくるではないか。


「攻撃だ!気を付けろ!」


「御意ッ!」


 先頭を走るリザードマンが、咄嗟に盾を構え球体の衝突に備えた。

 こいつらには、土魔法で創り上げたガルヴォルン製の武器と盾を持たせてある。

 盾は傷一つ付かなかったが、なんて事だ。

 リザードマンの右腕は、盾ごと胴体から一瞬で吹き飛ばされた。

 柔軟で屈強な膂力を誇るリザードマンの腕をこうもあっさり破壊するとは、なんて威力なんだ!

 まさに大砲の弾の如し!


「受け流せ!まともに防ぐな!」


「ギギッ!」


 ゴンゴンと激しい衝撃音が連続で響き渡る。

 リザードマン達は、次々と飛んでくる残りの砲弾全てを盾で逸らし、受け流す事に成功した。

 それでも、こいつらの鰐のような硬い鱗に覆われた皮膚は、衝撃によってところどころ裂けてひび割れ、激しく出血している。

 見るからに痛々しい。


「GG!よくやったお前ら!

 そらっ、褒美の【回復魔法】だ」


「アリガタキ幸セ」

「ギャッギャッ」


 主人からお褒めの言葉を貰い、畏れ多くも【回復魔法】まで賜ったリザードマン達は、その魔法の暖かい波動に、目を細め喜びの声を上げた。


(やだ、何?蜥蜴なのに喜んでるのかしら?)


 リリィは蛇や蜥蜴などの爬虫類も苦手だが、感情があった事に大層驚き、ちょっぴり反省する事にした。

 だからといって、爬虫類独特の見た目からくる気持ち悪さが無くなる訳ではない。

 なのでリリィは、なるべくリザードマンから距離を取って移動していたのだが、不意に異音を耳に捉えた。


「今、何か聞こえた様な…………?」


「どんな音だ?何処からだリリィ?」


 暗闇の向こうを睨むリリィから返事は無い。

 警戒心を最大まで高めているようだ。

 そこに間の抜けた可愛らしい声が響く。


「キュー!」


「ノムラさんどうしたの?え、羽の音?虫?虫がいるのね?」


 メルロスの肩に乗るノムラさんと称した#土精霊__ノーム__#が、鼻をムグムグ動かしてメルロスに耳打ちしている。

 音の正体は虫の羽音だと言うが、森は暗くて何も見えない。


「虫だって?このバイコーンの脚に着いてこれる程の虫が、はたしているかね?」


 テツオはモグラの戯言だと一笑に付した。

 本当だとしても所詮、虫。

 恐るるに足らず。


「警戒しつつ、このまま行くぞ!」


「御意!」


 すっかり元気になったリザードマンが、主人の周囲を堅める。

 まるで戦国武将にでもなったかの様だ。

 上機嫌で走っていると、ブブブブ……と羽音が一瞬で通り過ぎた。

 暗くてよく見えなかったが、それでも理解は出来た。

 目の前を猛スピードで追い抜いた物体は、硬い殻に覆われた大きな甲虫だった。


「何だあの大きな虫は!」


「えっ!私、虫苦手なのにっ!」


 …………逆に苦手じゃないモノは何があるんだよ、お前は。

 などとツッコミを入れる暇など無い。

 甲虫達は旋回しこちらに向き直すと、その身体を折り畳み、球体となって再び襲い掛かってきた。

 先程の砲弾の正体は、なんと虫だった。

 え?こんな魔獣より強い虫がいるの?


「私に任せて!」


「いやいや、虫苦手なんだ、ろぉっ!」


 叫ぶリリィの方へ振り返ると、すぐ目の前を剣閃が光となって迸っていく。

 漆黒の闇へ一直線に伸びる光線は、硬い殻を物ともせず貫通し、虫を次々と倒していった。

 そうだった、この反則みたいなビームで前に死にかけたんだった。

 あの時より段違いに強い威力なのは間違いない。


 ゴドン!


 なんと、空中で甲虫がぶつかり合い、リリィ目掛けて軌道を変える離れ技を敢行する。

 リリィを真っ先に倒すべき強敵だと認識し、排除しようと考えたのか?


「#羽盾__フェザーシールド__#」


 リリィの頭上に突如、羽根を象った光り輝く盾が現れ、迫り来る砲弾の衝突をふわりと優しく受け止めた。

 キャッチャーミットに収まるボールの様に、しばらくシュルシュルと回転していたが、完全にスピードを殺された甲虫は、羽ばたいて盾から脱出し、牙を開いてリリィへ威嚇する。

 それも虚しく、外殻より幾分か装甲の薄い腹部には、大きな穴が開いていた。

 既にビームの餌食。もう早すぎて、剣を突いたことすら気付かない。


「凄いな、リリィ」


「え?ええ、役に立てたなら良かったわ!エヘヘ」


「メリィも良く教えてくれた」


「ありがとうございます」


 リリィは照れ笑いをし、メルロスは軽く微笑んだ。

 俺はまだ戦闘らしい戦闘はしていない。

 移動に集中できるお陰で、進行速度をほぼ落とさずに済んだのはでかい。

 誰一人踏破した事が無いという全貌の見えない超巨大な森。

 青帯だけでも、距離で五百キロはあったろうか。

 体感ではあるが、見通しのいい直線での最高速度は時速三百キロ超え、戦闘時でも時速百キロを下回る事なく走り続けた。

 その甲斐あって、赤帯にこんなに早く辿り着く事ができた。


 そろそろアルラウネにエンカウントしたいと思うのは不謹慎だろうか?

 だが、こんなおどろおどろしい森にわざわざ来たのは綺麗な女妖魔がいる、この一点に尽きる。


 ふぅ、もう一踏ん張りだ。

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