第33話ノムラさん

 メルロスが美人だとは分かっていたが、なんか一生仕えるとか言い出したので、ジロジロと吟味してみる。


 エルメスと同じエルフだが、遥かに巨◯。

 薄い金色の長髪で、優等生タイプの真面目そうな清純派というのか、眼鏡が似合いそうなぱっちりお目目の持ち主だ。

 うん、一生お仕えしてほちぃ。


 ん?

 俺にしか見えないかも知れないが、メルロスの肩にまん丸フォルムの真っ白な土竜みたいな何かが乗っていた。

 数本の髭が生えた丸っ鼻がピョコピョコ動き、つぶらな黒い瞳でキョトンと俺を見ている。


 なんだ、コイツは?

 というかモフモフで可愛い。


「あら?

 もしかしてこの子が見えるんですか?」


「あ、はい」


「私に力を貸してくれてる土精霊ノーム です。

 父の様に真の力を引き出せないので、小動物の様な見た目ですけど。

 モグラのノームなので、ノムラさんと呼んでます」


 ノ、ノムラ?

 モグとかモムとかじゃなくて、ノムラ?

 ニコッと自信満々に紹介されてしまった。

 なぜだろう?凄く違和感がある。


「この子こう見えて凄いんですよ」


 するとメルロスがノムラさんを両手でギュッと抱えて詠唱を始める。

 果たしてそれは詠唱の力なのか、押し当てられた巨◯の力なのか、むきゅー!と鳴いたノムラさんが眩く光り輝き、治療施設を優しい風が通り抜けた。


 程無くして施設内からどよめきと驚き、そして喜びの声が上がる。

 負傷者の怪我や、病気が治り、重傷者も意識が戻ったらしい。

 これは中々に凄い力の持ち主だ。


 さてと、そろそろいいか。

 三十五人待たせているし。


「では、これから治療施設に向かう。

 全員、俺に出来るだけ密集してくれ」


 美女のおしくらまんじゅう状態。

 おしくらまんじゅう〜押されて勃つな〜。

 とか歌ってる場合じゃない。


【転移】


 ——デカス山頂・デカスドーム


 テツオ邸内。


 三十六人がズラリと一階リビングのダイニングテーブルに座っている。

 一人の男が、三十六人の美女と共同生活。

 いきなりとんでもない展開だ。


 リリィやエリンが知ったらなんて思うだろうか?

 いや、俺はあくまで彼女達の治療場所を提供しているに過ぎない。

 俺の夢は終わらねぇ、ゼハハハ。


「さて、君らにはここで、心をゆっくりと癒しながら共同生活をしてもらう。

 ここでは、身分も種族も年齢も関係無く全員が平等だ。

 食材や生活用品はたくさんあるが、明日からは色々な仕事をしてもらう」


 全員、俺に注目している。

 美人に一斉に見つめられると緊張するが、同時に興奮もするな。


 テーブルに手を翳すと、モニターが映し出された。

 この館の間取りと周辺の畑や各作業場のマップが浮かび上がる。

 魔石を応用するとこういう事も出来るのだ。


 まず、各階の部屋の説明をし、全員に個室と仕事を振り分けた。


 まずは農業部門。

 食材はたんまり貯蔵されているが、新鮮な食材を食べる為の野菜や果実などの畑を管理するグループ。

 実際の力仕事や水質管理は人型タイプのゴーレムが担当するから、彼女達はあくまで管理でよい。


 次に、貴族や王族もしているという、髪やネイル、肌などを手入れする美容管理部門。


 そして、彼女達が自分で着る為の服や下着を作る服飾裁縫部門。


 とりあえず今は三部門を設立した。


 別に俺が全て用意出来るから何もしなくていいんだが、暇な時間を過ごすのは辛いだろう。


 俺が居ない間の料理、掃除、洗濯などの雑務は彼女達が話し合ってやっていけばよい。


「もし何かあれば、このピクシーのピピが対応する。

 ピピを通じて俺に連絡が繋がるようになっている。

 最初は慣れないだろうが、皆んな協力して過ごしてくれ」


「ピピに、任せとけ」


 ピピは他に人が大勢来て嬉しそうだ。

 一匹で寂しかったのだろう。


「メルロスさんも少しの間、ここで彼女達のまとめ役というかサポートお願いします。

 えっと、今から敬語を止めても大丈夫ですか?」


 紳士はちゃんと確認をとる。


「はい、大丈夫ですよ。

 貴方は、私のご主人様なのですから」


 ご、ご主人様……。

 なんだ、

 この淫靡で高まる呼び方は?


「では、宜しく頼む。

 眼鏡と時計を渡すから身に付けてくれ」


 メルロスはいずれパーティに入る可能性もある。


 とりあえず、こんなとこかな。


「ふかふかのベッドに美味いメシと飲み物。

 今夜からは快適な生活が送れるだろう。

 みんな、ゆっくり休むように」


「はい、ありがとうございます」


 三十六人が一斉に返事する。

 女子校気分だ。

 たまりません。


 リビングにある壁一面の嵌め殺し窓からは、すでに闇夜が広がり満天の星が輝いていた。


 もう、七時か……。

 リヤドが待っているかもしれない。


 後は、メルロスに任せておけば大丈夫だし、【転移】してクランに一旦戻ろう。



 ——【北の盾】クラン・ホーム


 盾印の鉄細工があしらわれた玄関扉を開けた途端、カンテが血相を変えて俺に掴みかかってきた。


「せいっ!」


「グボァッ!」


 ついカウンターの正拳突きをクリティカルってしまった。

 カンテは突っ伏したまま、慌てふためく。


「イテテテツオさん!団長がっ!

 団長がっ!」


 ど、どうした!

 まさか急に容体が……?

 というか、台詞に俺の名前を混ぜ込むんじゃないよ!


「目を覚ましましたぁ!」


 吐血しながら叫ぶカンテをそのまま放置し、急ぎ医務室へ駆け付ける。

 目を覚ましてくれた!

 やった!よかった!


 医務室の扉を勢いよく開け、ベッドを見ると上半身を起こしたソニアが俺に気付いた。

 周りにはヴァーディやリヤド、あと年季の入った強面爺さんがいる。


「テツオ……」


 団長が微笑んでいる。

 団長に笑顔が戻った。

 それだけで、このホーム全体に光が満ちている気持ちにさせる。


「団長、……良かったどす」


 やべっ、嬉しくて噛んでしまった。


「リヤドに全て聞いた。

 テツオ、よくやってくれた。

 私を救う為に、わざわざエルフの国にまで行ってくれたんだってな」


 あんまり新入りが目立つのは良くない。


「全ては団長の人徳と天運の為せる事。

 私はその天命の大流に従ったまででございます」


「……プッ。

 ハハハハハ!

 テツオは面白い奴だな!」


 大笑いされた。

 いつも厳しい顔をしているけど実は無理をしているのかも知れない。

 笑うと可愛いただの女の子に戻るな。


「今回、ギルドから特別に沢山の報酬をいただきました。

 今夜、団長の快気祝いとして、そしてテツオの歓迎会として、宴会を開きましょう」


 リヤドが話題を変えると、ヴァーディが続ける。


「いや、もう準備は出来てるぜ!

 団長の好きな酒もちゃんと用意してある。

 腹減っちまった。

 爺様、早く行こうぜ!」


 爺さんは儂まだ挨拶しとらんとか言いながら、ヴァーディに背中を押され出て行ってしまった。

 回復したばっかりの人間にすぐ酒を飲ませるのってどうなの?


 ——ホーム・食堂


 トントン拍子で宴会の流れになってしまい、五十人近くの団員達が食堂に集まっていた。

 クランには百人以上の団員が在籍しているが、半分は任務中で街に居ないようだ。

 それでも、こんなに見た事無い人達がたくさんいるとそれだけで緊張してしまう。


 既に、ヴァーディやカンテ、若い団員達は、食堂から繋がっている外庭で、火を焚き、円を作り、陽気な音楽に合わせて踊っている。

 まさにドンチャン騒ぎだ。


 俺には踊るとか絶対無理だ。

 俺のテーブル席の横にはさっき医務室にいた爺さんが、ぐびぐびとエールをジョッキで豪快に飲んでいる。

 顔は日に焼けて黒く、いくつもの古傷が刻まれ、眼光は途轍もなく鋭い。

 一言で言えば、怖い。ヤバい。臭い。一言で収まらない。


新入ルーキーり、飲んでるか?」


 ああ、とうとう絡まれた。

 これが、地獄の始まりかも知れない。


「儂は副団長のモーガンだ。みんなは爺様と呼ぶがな。

 儂ゃ、ソニアの爺さんが団長の頃からこのクランにおる。

 金等級ゴールドだったソニアの親父カスパーは、この街でずっと貴族の犯罪を探っていた。

 忘れもせん十年前、カスパーは死んだ。

 崖から転落死したとか言われたが、あいつは魔道具の浮遊靴を履いとる。

 誰もが殺されたと分かっとった。

 お前さんは今日、カスパーの仇を討ち、盾の誇りを取り戻す最高の仕事をしてくれた。

 カスパーに代わり感謝する!」


 気がつくと周りが徐々に静かになっていった……。

 なんか全員が俺と爺様の方を見ているような……。


 食堂正面の団長席にいるソニアがガタッと立ち上がる。


「今日カスパーの悲願は遂に達成した!

 前団長カスパーに!」


 グラスを高々と掲げて献杯する。


「「カスパーに!!」」


 団員もソニアに続く。

 若い団員は笑顔を称え、年配団員は涙を浮かべている。

 ソニアは更にグラスを掲げる。


「新団員のテツオに!」


「「テツオに!!」」


 ヤバい、こういうのめちゃくちゃ恥ずかしくて照れるし、困る。

 それを察してくれたのか、リヤドが大声でブークリエコールを始めた。


ブークリエブークリエブークリエ!」


 食堂はブークリエコールの熱気に包まれ、音楽隊が曲を奏でると、全員が歌い始めた。

ノールブークリエ】の団歌クランソングだろう。


 歌を知らない俺は、何か食べようとテーブルに目を移す。

 ちょっと遠い皿にある串焼きに手を伸ばすと、横からひょいと串を渡された。


「あ、ありがとう」


 横を観るといつのまにか銅等級ブロンズの女の子がニコニコと座っていた。


「あたし、クロエって言います。

 テツオ様、よろしくね!」


 すると、更に後ろから黄色い声がキャッキャと騒ぎ出す。


「ちょっと、何抜け駆けしてんのよ!」


「テツオ様、今度稽古つけてくださぁい」


「もう!私も話したいのにぃ。テツオさまぁ」


 若く可愛らしい女の子団員達だ。

 有望な新人団員に唾を付けとこうと、近付いてきたか?

 でも、ちやほやされるのは気持ちいい。

 大勢の女性にガンガン話掛けられるのは俺の性格上ちょっと戸惑うが、嬉しいものは嬉しい。

 それより、その輪に入れず後ろでモジモジしている引っ込み思案な女の子が点数高くて気になる。


「静かにせんか!

 テツオが困っとろうが!」


 俺は全然困ってないのに、隣でジジイが怒鳴り散らす。

 エールが混じった口臭が漂ってきてヤバい。

 一人一人じっくり話をしたかったが、爺様の圧で蜘蛛の子を散らすかの様に女の子達は逃げていった。

 恨むぞ、ジジイ。


 ふと周りを見渡すと、団長と目が合った。

 ソニアが俺に向かってクイクイと親指を振り、扉の外へ向かうようジェスチャーをする。

 団長様のお呼び出しだ。


 はっ、只今!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る