本日の天気、曇のち晴天
倉庫に眠っていたのでアップしておきます。
完結後のとあるお話。
◆◇◆
お正月初日は晴天と決まっている。
この研究都市内では。
目を閉じて集中する彼が空へと手をかざしていると、曇り空だった空が徐々に晴れていく。雲の切れ間から朝日が覗き込み、目にその光が刺さって眩しくて私はギュッと目を閉じた。
その光に慣れてきたころにそっと目を開けると、とても綺麗な朝焼けが見れた。あんなに曇っていたのに……本当に晴れた……。
「すごい…便利だね! いいなぁ! めちゃくちゃかっこいい!」
「そうかな?」
私が褒め称えると、照れ笑いしていた隆一郎君はぐるりと空を見渡して「こんなもんかな」と満足したように頷く。元旦の早朝から会えないかと言われた時は戸惑ったが、この景色を見せたかったんだね。今日はいつになく早起きをした。ここに来る時は眠かったけど、今ではスッキリ目が覚めた。いいものを見せてもらったぞ…
今いる場所は外の世界で言う、気象台みたいなところだ。そこの屋上から彼が天候を操る能力を見せてくれた。ちなみに私の高所恐怖症は上から地面を見なきゃなんとか耐えられる。地上を見てしまったら最後、生まれたての子鹿になるけど。
能力で天気を操作しすぎると、地球の環境に影響を与えてしまうかもしれない。ただでさえ地球温暖化の影響で日本は異常気象なのだ。それにその異常気象にいちいち対応していたら隆一郎君が倒れてしまうだろう。
だから彼が能力を使うのは年に数回程度、範囲はこの研究都市内で限定されているのだそう。
「そういえば、私達のように二種類以上能力を持っている能力者ってたくさんいるの?」
「いるにはいるけど、そこまで多くないよ」
じゃあ私は珍しい方に入ってるんだな! 私が自分の凄さにニヤニヤしていると隆一郎君は不思議そうに首をかしげていた。いかんいかん。自画自賛しない。
「私、隆一郎君の声好きなんだよねぇ。最初に会ったときから不思議な声だなぁと思っていたんだけど」
彼はこの能力を苦手に思っているみたいだけど、私はその声に何度も助けられた。能力使っていないのに引き寄せられる声……なんだろう、イケボって奴だろうか。
私は単純に自分の嗜好ぴったりですぜデヘヘと、ニヤけながら打ち明けただけなのだが、隆一郎君の反応は微妙だった。気持ち悪いなと思われちゃっただろうか。
私が自分の失言に気づいて口元を手で覆い隠していると、隆一郎君は天に向かって登り始めた朝日をぼんやり眺めながら口を開いた。
「以前…ここに来る前に、外の世界で意識せずに声の能力を使って、当時の友人に気味悪がられたから…」
当時の友達と遊んでいるときに、意図せずに声の能力が開花したそうだ。詳しい話はしなかったけど、幼い彼は色々と傷ついたのであろう。『僕はやっぱりあまり好きになれないかも』と彼は小さく呟いていた。
「あの時の友達の顔や言われた言葉を今でも忘れない。自分のこの声の能力は、絶対に自分の力を私利私欲で使っちゃいけないことなんだって学んだな」
悲しい顔をしていた理由を知った。そうか……そうとも知らずに私はいままでなんと無神経な発言ばかり……
今になって申し訳なくなったが、今謝っても仕方ない。それに隆一郎君はその経験があったからこそ自分の能力の危険性を認識している。何もマイナスばかりじゃないのだ。
私は彼にぴったりくっつくと、手を繋いだ。隆一郎君が首を動かしてこっちを見たので、私はにっこり笑ってみせる。
「無能力者からしたらそうだよね。私も自分の能力が開花した時、無我夢中で気づいてなかったけど、周りに怖がる人もいたのかもしれない。みんなパニック状態だったもの」
私が初の能力枯渇で気絶する前に声を掛けてきたおじさんは私の能力に興奮していて、憧れているような好意的な反応だったが、あの場には他にも大勢の人がいた。中には私の異能を恐れて、私が化け物に見えていた人もいるはずである。たまたまそういう人と会う暇もなく、彩研究学園へと転校になっちゃっただけで…
私は未だに超能力やこの研究都市についてわからないことばかりだけど、あの日あの時能力が開花したことを後悔してないよ。
私の能力で大勢の人を助けた。あの時死者は一人もいなかったんだもの。
「人と違うことは誰だって恐れちゃう。それは仕方ない。だけどこの能力で誰かを助けられたら、きっと誇りになるよ。自分の能力を好きにならなくても、ね」
隆一郎君は気の抜けた顔をしていた。だけどふにゃりと柔らかい笑顔を浮かべると、身をかがめてこちらに近づいてきた。なので私は目を閉じて彼を待つ。
朝日の光を浴びながら、重ねた唇は冷たかった。
だけど何度も何度も重ねていくうちにお互いの熱が上がり、唇を通して熱が混じり合っていく。
私は離れがたくて隆一郎君の背中に腕を回した。
君の声が好きだけど、君の唇も、おひさまのような笑顔も、穏やかな瞳も、私の頬を撫でるその手もすべて大好きなんだよ。
──ガチャリ
どこからか扉の開く音が聞こえてきた。
その音に気がついた隆一郎君がそっと私を引き離す。
「ここの施設の人だ」
この気象台の人が屋上に上がってきたみたいだ。恐らく隆一郎君を呼びに来たのであろう……。
私はまだまだ足りなくて不満だったが、人様の前でチュッチュするのは失礼だな。大人しく離れて、平然を装った。
毎年のことなのだそうだが、能力で天気を晴れにしたあと、この施設で心ばかりのおせち料理を振る舞われるそうだ。それの準備ができたと施設関係者が呼びに来たようなのだ。今回は同行した私もご相伴に預かった。会議室みたいなところでおせちオードブル盛り合わせを広げて、紙コップに各自好きな飲物を注ぐという簡単なものだった。これなら気負いせずに済む。
そこには私にとって知らない大人ばかりいたけど、隆一郎君は毎年会っているからか、職員の人達と親しそうにお話していた。
今日聞いた話なのだが、隆一郎君は将来気象予報士になりたいと考えているのだって。外で就職するか、この研究都市で働くかはまだ決めてないと言っていた。彼は天候を操る能力のお陰である程度の天気の流れを読めるそうだ。外の人が開発した気象衛星と併用すればかなりの高確率予報が出せるんじゃないかと私は思った。
気象予報士……隆一郎君にぴったりな気もする。試験は難易度が高いそうだが、彼なら大丈夫そうだ。
■□■
おせち料理で朝食を済ませて施設を出た後、都市内にある神社に初詣に行こうという話になった。この中の神社に入ったことないな。この都市内唯一の神社らしいので人が多そう…
「あっ、日色くーん! ちょうど良かった! 現金書留が届いてるよー。サイン頂戴!」
突然目の前でシャッと軽やかに自転車をスピンさせて停まった。
私が目をパチクリさせていると、そこには郵便配達員の姿。その人はペンと紙を差し出してサインを求めた。
私が現金書留…? と少々疑問に思っていると、隣にいた隆一郎君は差出人を確認して軽くため息をついた。
「お金はいいって言っているのに…」
ちらっと見えたのは隆一郎君と同じ名字が書かれた差出人欄。サラサラっとサインをすると、紙とペンを返す。
「じゃあこれ! あざっしたー!」
シャアアア! とスポーツ用っぽい自転車を軽やかに飛ばす配達員。お正月も働いているのか……あ、そうか、今日は年賀状が届く日だから都市内の郵便局員もお仕事なのね。
現金書留封筒を受け取った隆一郎君はといえば、封をビリビリと慎重に破いて、中身を確認していた。
「うちの親が毎年…この日にお年玉をクリスマスプレゼントと兼ねて送ってくるんだ」
へぇ! なるほど、それで現金書留か。
あれ、こっちってお金じゃなくてICカード決済がメインだけどお金どうしてるんだろう…
「お金は十分な金額を国から支給されてるからいいって言ってるんだけどね…仕方ないから、通帳作って毎年そこに貯めてるんだ」
ここから出たらそれごと親に返そうと思ってるんだ、と言う彼。真面目すぎないか。
いや、でもSクラスは支給額が多いもんね…不自由してないと言えるなんて羨ましいよ。
「隆一郎君のご両親ってどんな人だったの?」
私が聞くと、思い出すように目を細めた。
「もう随分会っていないから記憶も朧げなんだけど……父さんは市役所に勤めている公務員で、母さんは…今はどうかわからないけど、少し前までは雑貨屋でパートしていた気がする」
カサ、と彼の手元の現金書留封筒が音を立て、その中から封筒が出てきた。封筒には便箋数枚と写真が入っていた。あっち側から写真を送るのは認められているもんね、隆一郎君はその写真を見せてくれた。
そこには40代くらいの男女と、小学生くらいの男の子が映っていた。その少年の面影は隆一郎君によく似ている。
「年の離れた弟がいるんだ。自分がこの学校に入った時はまだ生まれたてだったけど……写真だけでこんなに成長したんだから、実物はさらに大きくなったんだろうなぁ」
毎年3人の写真が送られてくるんだ、と教えてくれた。彼はそれを見てしんみりしている。
隆一郎君は毎年こうして遠く離れて暮らす家族の写真を見て寂しく思っているのかもしれないが、きっとご両親も彼の成長を見たいと願ってると思うよ。弟くんだってお兄ちゃんに会いたいって思ってるはずだ。
「私も今度両親の写真持ってくるね。あとこの学校の図書館で昔の卒業アルバムに、私のおじいちゃんの若かりし頃の写真も残ってるよ!」
見せてもらったお礼にと言っては何だが、私も見せてあげるよ!
何も考えずに言った言葉なんだが、隆一郎君はぽかんとした顔で私を見てきた。
「うん、楽しみにしてる」
陽だまりのような優しい笑顔を向けてくれた。大好きなその笑顔。彼の優しい笑みを間近で直視した私の胸は一足先に春がやって来たようにポカポカして……嬉しくなってヘラッと笑い返したのであった。
サイキック・ガール! スズキアカネ @suzukiakane
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