覚醒
時の流れが止まっていた。俺の視野にシオールが現れた瞬間から、その現象は始まっていた。時間が停止した世界で、意識を保ち、且つ行動可能なのは、創造主(神)たる俺と俺にその特権を与えられたシオールのみである。さしものビッグ・ファイブも「時の凍結」に逆らうことはできない。
シオールが俺の頭を銃で撃ち砕くまで、俺はそれを「意図的に」忘れていたのだった。本来なら、シオールと対面した時点で「忘却効果が解除される」筈だったのだが、どうやら記憶の封印強度が高過ぎたらしい。彼が何を云っているのか、皆目理解できなかったのはそのためである。
俺の異常を察知したシオールは(事前の取り決めに従って)スライムバスターのトリガーを引いたのだ。頭蓋が砕け散った瞬間、それまで俺が所有していた「人間闇塚の記憶」が消し飛ばされ、偽データの奥に隠されていた「創造神鍋太郎の記憶」が復活した。
俺は「本物の俺」を取り戻した。同時に破壊された頭部も修復した。神である俺にとっては、造作もないことである。この世界において、俺は絶対無敵の存在であり、死ぬことも殺されることもありえない。
食人生物スライムが跋扈する東京という舞台をこしらえた際、俺は「生身の人間として」魔界縦断を体験してみたいと考えた。無敵のままで、怪物の街を歩いても面白くもおかしくもないからである。ゆえに俺は「神の記憶」を封印し、一介の人間と化して、地獄巡りの旅に出た。
スライムに食い殺された瞬間をゲームオーバーと定め、直後に「神として目覚める」ように設定しておいた。又、不測の事態が起きた場合の備えとして、シオールに「強制解除」の役割を頼んでおいた。
古今東西、父親の暴走を止めるのは息子の務めである。シオール以外にこの役を任せられる者はいないと、俺は思った。
「……そうだったな、シオール」
俺は傍らに立つ「孝行息子」に話しかけた。この美少年兼魔少年は、宇宙的醜男子である俺の内面で絶えず渦巻く猛烈な劣等感。その裏返しと云える。シオールは口辺に複雑な微笑を浮かべつつ、
「随分冷や汗をかきましたけど、ともあれ、間に合って幸いでした」
「どのあたりで俺の異常に気づいたのだ?」
「歩道橋の階段で『肉の壁』に潰されそうになった時です。あそこでゲームオーバーを迎える筈だった。なのにあなたは、セーコさんを召喚して、危機を逃れてしまった。いかにダサクとは云え、これは酷い。あまりに都合が良過ぎます」
「そう怒るな。人間闇塚が生き延びる方法はあれしかなかったのだ」
シオールは頭(かぶり)を振ると、
「あのような強引な展開は危険です。御都合主義の連続は世界崩壊を招く恐れがあります。崩れ落ちた壁の向こうにある他次元にスライムの群れが溢れ出したりしたら、最早、僕の力ではどうにもなりません」
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