第27話


 春エリア最終ボス『マザーグース』。

 ムサシの攻略動画が出回って以降、ここまで到達したプレイヤーは百人超えられるか怪しいと聞く。

 原因は、手前のバンダースナッチで苦戦しているせいだ。


 僕も、ムサシの動画を参考にして攻略を練ろうとしていたが、ハッキリ言ってバンダースナッチよりも弱い。

 ラスボス手前のボスが強い、なんてのは良く聞く話。

 まさしく、それを体現した形。


 決して、弱くない部類なんだろうが、成長したレオナルドなら僕のサポートなしでも余裕で回避できる攻撃ばかり。

 厄介な攻略の手順を必要としている、今までの春エリアのボスたちと同じだ。

 実際、攻略サイトでもバンダースナッチより強くないと称されている。


 問題は――ボス戦前。『マザーグース』との対話だ。

 以前も触れたが、ボス戦前で『マザーグース』は対話することが可能な特殊な状態から始まる。

 メリーがアドバイスした『嘘をつくな』を踏まえたうえで、癇癪状態の『マザーグース』を説得できるか。

 これが戦闘勝利よりも困難を極める特殊勝利への道のり。



 ホノカとマーティンの前で『マザーグース』戦に挑むと宣言したレオナルド。

 傍らにいるジャバウォックが、無垢な表情でレオナルドを見上げている。

 贖罪のつもりか、話を聞いたマーティンが提案した。


「じ、じゃあ、俺とギルドメンバーも一緒に行かせてくれっ。フォローするから」


 レオナルドは控えめに断る。


「悪い。戦いにじゃなくて、話に行く奴だから、戦力はいらねぇんだ」


「まさか、噂の特殊勝利狙いに?」


「おう」


 ホノカは「物好きだな」と呆れ半分のリアクションをしている。

 僕はレオナルドに確認しておく。


「結局、どういう作戦でいくつもりだい?」


「作戦てか……うーん。…………友達になろうかなって」


 随分と曖昧で計画性がないように見えるが、まあ仕方ないかもしれない。

 なんせ、嘘をついてはならない。

 これがどの範囲まで適応されるのか、不明。

 誘導尋問すら利かない可能性がある。……尤も、あの『マザーグース』だと話を聞いてくれるかも怪しい。

 しかし、レオナルドの一貫した目的を達成するには……僕は告げた。


「レオナルド、君一人で行った方が良い」


「え? そしたら、ルイスは『マザーグース』戦どうすんだよ」


「僕は別にメインボスを全部倒したい完璧主義者じゃないから、別にいいんだよ。レシピイベントを回収しておきたかっただけだからね。事の顛末を君の口から聞かせて貰えば十分かな」


「お前なぁ……でも、俺一人の方がいいってどういう?」


「嘘をつかないのが、僕には難しいだけさ。僕じゃなくても些細な嘘までつくな、なんて難しい話だよ。君は良くも悪くも正直だ」


 僕自身のことは僕が一番知っている。

 不都合な言い訳をしないよう、日ごろ立ち回っているだけあって。

 今まで、一体どれだけ嘘をついたか数えきれない。

 僕の返事に、怪訝そうな表情をするレオナルドは首傾げながら、傍らにいるジャバウォックに聞く。


「ちょっとくらい大丈夫だよな?」


 ジャバウォックは手元にある兎の小物を動かしながら喋る。


「虚偽は断罪すべし! 赦しはせん! 首をはねよ、首をはねよ、首をはねよ!!」


 『マザーグース』の台詞だ。

 子供らしいジャバウォックの返事は、レオナルドの考えを否定するものだと受け止めれる。

 僕は一つだけ、彼に助言を与えた。


「レオナルド。多分だけど……現実リアルの本名を名乗った方がいいよ」


「え?」


「今日まで色々な『マザーグース』戦の動画を見たけど……最初『マザーグース』に名を名乗れと言われるだろう。プレイヤーが名乗った時点で『マザーグース』は怒るけど、ムサシの動画だけはそうじゃなかった。―――彼の本名も『ムサシ』だからだよ」


「おー、なるほどな」


 レオナルドは木製の逆刃鎌だけ装備して、他の武器は一旦倉庫に移動させた。

 彼の動向を見守っていたマーティンとホノカに、ふとレオナルドは思いついたように言う。


「野次馬が来るかもしれねぇから、嫌だったら早く移動した方がいいぞ」


 マーティンは相応の責任感があるのか、退かなかった。


「いや、大丈夫だ。それより、このまま謝って帰る訳にはいかない。二人の代わりに、俺が素材集めするってのはどうだ」


「え、うーん……じゃあ、ジャバウォック達は庭で食事したいから、邪魔しないように野次馬を追っ払ってくれるか? 無理ならいいけど」


「あ、ああ。わかった!」


 思わぬ事を頼まれ、マーティンも驚きながら返事をしたのを聞いて、レオナルドは『マザーグース』戦へ向かって転移した。

 どことなく事情を察したらしいホノカは、僕の背後にいるバンダースナッチたちの様子を眺めながら、無神経に問いかけて来る。


「今、なにやってんだ? アイツら」


 そうだ。バンダースナッチは『重湯』を食べてくれたのだろうか。

 僕は戻ると、明らかに妙な反応をしているメリー達がいる。

 メリーは不味そうな表情で文句垂れる。


「も~なにこれ!? しょっぱい味しかしなーい!」


 だから、食べるな!

 これはバンダースナッチに作ったんだぞ!?

 僕の苛立ちが表情に出ていたのか、ボーデンが血相と態度を変えて首を横に激しく振る。


「味見! 味見だって!! ちょっとしか食ってない!」


 リジーは恥ずかしそうに、顔の包帯解かれた下にある裂かれた口で喋る。


「ご、ごめんなさい。皆が変な反応するから気になっちゃって」


 ああ、もう……

 手っ取り早く、席に座らず突っ立ったままのスティンクに確認を取った。


「彼、ちゃんと食べてくれましたか?」


「一口だけですね」


 僅かに残った『重湯』に興味惹かれながらも、皆の反応を見てか、クックロビン隊はなかなか嘴を茶碗に突っ込もうとはしないようだ。

 当のバンダースナッチは、心底面倒そうな態度のまま、嫌々言い訳する。


「食う経験あるメリー達の反応、気になっただけだ。カッカすんなよ、お前よ……」


 仕方ない。僕は更に作ろうと決心する。

 怒りを抑えて、普段通り笑みを浮かべながら告げた。


「では、味を薄めたスープなどを用意しましょう。まずは一皿一人で召し上がって下さい」


 ホノカが僕らの様子を目にし「あいつ、鬼だな」と呟いて、マーティンが苦笑する声が、しっかり聞こえた。





 春エリアメインクエスト最終ボス『マザーグース』。

 プレイヤーが転移されるのは薄暗い石造りの廊下の途中。

 豪華な赤絨毯が敷かれ、高級そうな花瓶とそれがのる装飾ある台が廊下の突き当りまで、左右の端に並べられている。

 だが、絨毯は色褪せ、空間全体にホコリが積もっている。灯りとして灯される筈の蝋燭も火がない。

 長年手入れされていない証拠だ。


 転移されたのは、木製の逆刃鎌だけ装備したレオナルドのみ。

 いつも通り、妖精『しき』が登場すると若干明るくなった。

 あまり意識しないが『しき』の体はぼんやりと七色のオーラに包まれている。

 妖精の特徴なのか不明だが、皮肉にも彼女の存在が薄暗い廊下を照らしてくれていた。


「ついに……館の中に入ったヨン。この奥に『マザーグース』がいるヨン。魔法を使ったりして灯りをつけると、魔力で『マザーグース』に存在が知られてしまうヨン。私が案内するから、ちゃんとついてくるヨン」


 自動的に会話が進み、レオナルドの体も勝手に『しき』の後を追った。

 時折、『しき』の発光で照らされた何かの影が視界の端や、遠くを駆けていく。

 明らかな足音や笑い声、うめき声、ヒソヒソと喋る音……

 『しき』も多少恐怖しつつ、『マザーグース』がいる法廷がある扉の前に到着する。


「わ、私が案内できるのは、ここまでヨン……どうするかは、貴方次第ヨン」


 意味深に言い残し、彼女は姿を消した。

 深呼吸をした後、レオナルドはゆっくりと重厚な扉を開く。

 軋む音が響きながら開かれた扉の先は――まだ深淵が広がっている。一つ違うのは、僅かに蝋燭の火が灯っていること。

 レオナルドは傍聴席を通り抜け、証言台に近づいた時。

 裁判官席の深淵から若い男の声が聞こえた。


「バンダースナッチか……」


 だが、直ぐに別の声が深淵より聞こえる。


「違うぞ。知らない奴だ」


 今度は子供っぽい声が喋る。


「人間だ! 人間がいるぞ!!」


 それからも老若男女、様々な声が飛び交う。


「どこから入って来た!?」


「使えない糞餓鬼ね! 人間一匹取り逃がすなんて!!」


「もしかしたら、仲良くなれるかも」


「殺せ、殺せ!!」


「人間は信用しない」


「ヒソヒソヒソ」


「嫌だ、死にたくない」


 支離滅裂な台詞ばかり流れていく。

 最初に聞こえた若い男の声が、他の声を押しのけ、ハッキリと聞こえる。


「お前の名を名乗れ」


「俺はレオ……小鳥遊怜雄だ」


 すると、ざわざわと声が静まり返っていく。

 先程よりかはまともな話が出来そうだと、レオナルドにも分かった。

 『マザーグース』はこの程度で警戒心を緩めない。続けて質問をしてくる。


「何をしに来た」


「一言で済ますのは難しいな……俺はお前と気が合うんじゃないかと思って、話をしに来た」


「妖怪が人間と気が合うと思うのか」


「似たような被害にあってるから、多分」


 レオナルドが真実を語っているからだろう。『マザーグース』は沈黙をする。

 気が合う。

 だから友達になれるかも。

 そんな単純なものじゃない。レオナルドは更に続ける。


「俺は俺なりに考えたんだ。でも、なんだ、俺の考えを聞いてどう思うのかって、知り合い相手でもしないんだよな。小難しいし。楽しくないから」


「………」


「ああ、勘違いしないでくれ。俺は、自分の状況をお前に解決して欲しくて来たんじゃない。話を聞いて欲しい。妖怪は違うかもしんねーけどさ。人間って話すだけでも気持ちが軽くなるんだ」


「………」


「妖怪の価値観ってのもあるだろーし。俺自身、興味があるんだ。……話してもいいか?」


 なんだか一方的に話をしてしまったとレオナルドは気まずさを覚える。

 永遠と感じるような沈黙を破り『マザーグース』が告げた。


「私はお前の手助けはしない」


「うん」


「話を聞くだけだ」


「わかった。えーと……色々説明することあるんだよなぁ」


 そうして、レオナルドは自身の周りで起きている出来事を、妖怪の――NPCにも分かるよう上手く説明していった。

 実際、ゲームのバックストーリーで展開されていた『マザーグース』に対する人間の迫害が、どのような内容かは分からない。

 少なくとも、共感は出来るんじゃないか。レオナルドは考えていた。


 一通り話終えて、レオナルドは一息つく。

 ただ一方的に話してしまったが、不思議と知らない相手に事情を明かすのは悪くない。

 推理小説の犯人が悠々と自供し始める優越感に似ている気がした。


 レオナルドの話を聞き終え、『マザーグース』が一言感想を述べる。


「いつの時代も、人間は変わらない」


「そっか。お前の時と似てたか。あ、無理に昔の話はしなくていいぞ」


 レオナルドが慌てて『マザーグース』を制してから、話を続けた。


「ってことは、うん。やっぱり俺の考えてた通りなんだろーなぁ」


「どうするつもりだ」


 『マザーグース』はどこかレオナルドを期待している風に尋ねる。

 彼の様子を確かめてから、酷く落ち着いた態度でレオナルドは宣言した。


「どうもしねーよ。何したって意味ねぇんだもん。これから、どうするって、俺は普通に店戻って、明日の準備して、これからもムサシとルイスと一緒に生きてくよ」


「何を言う。お前たちを迫害する人間は? どうするつもりだ。放っておくのか」


「放っておくしかねぇんだ。実際、話して分かったよ。アイツらは自分が正しいと思ってたり、単に俺を精神でボコれるから調子乗ってたり、感情的になって冷静に判断できなかったり。いくら俺の事情を説明しても、俺のこと好きになってくれないんだから、何言ったって無駄なんだよ。仕方ねぇんだ」


「…………」


「仕方ねぇんだよ。分かるよ。納得できないよな。優しい人間ってのは、いるよ。自分で言うのもアレだけど、俺も似たような人間だ。でも、今の世の中、優しい人間は住みづらいんだ。自分勝手で他人を平気で傷つけられて、独善的な奴が生き残れるんだ」


「………」


「いいよな。俺、ああいう奴らにスゲー憧れてるんだ。だってさ。親しくしてた相手を何とも思わないで躊躇なく裏切って暴力振ったりできるんだぜ。俺には絶対できない。ほんとスゲーよな!」


「………」


「俺もさ。アイツらみたいに、欲望とかあれば、自分に好きなもんがあれば、ああいう事できるようになんのかなって。でも、ないんだ。俺には。情けねぇよな。俺は他人の為にしか意欲が湧かない。駄目な人間だよ」


 熱烈に語ったレオナルドに対し、酷く狼狽した『マザーグース』の声色が聞こえた。


「お前は………間違っている」


 レオナルドが自然に見上げた深淵の奥では、何かが蠢いている。

 震える声で『マザーグース』が吠えた。


「いい訳がないだろう……! こんな腐った世界!! ふざけるな! ふざけるな!! お前は正しい人間だ! それを……! 馬鹿な事を考えるな、世間知らずが!!!」


 『マザーグース』の怒号は悲痛な叫びにも聞こえた。

 レオナルドの表情は複雑である。

 彼は今日に至るまでの人生。

 様々な人間、様々な場面を傍観し、悟った末に導き出した真実を疑わない。

 レオナルドも、『マザーグース』も、腐った世界では『弱い存在』で『屑共』のサンドバッグに最適なのだ。

 そんなレオナルドに、『マザーグース』は告げる。


「お前には責任がある。お前自身が取り巻く状況を理解している。ならば、お前自身が立ち上がるべきだ。訴えるべきだ。抵抗をしなければ、お前は出る杭の一本として取り除かれるぞ」


「俺は何もしない」


「この偽善者が!」


 突如、深淵から『マザーグース』の醜い腕が伸び、法廷に並べられていた蝋燭をなぎ倒した。

 野太い毛むくじゃらの腕。

 その腕に不気味な形相の顔が無数に貼りついている。

 どれも統一性ない、若い男から、老人、老婆、真っ黒すぎる肌の男。


 図体が現れると、真っ先に飛び込んでくるのは『なまはげ』の仮面だった。

 黒と青が混ざった体にも様々な顔が貼りついて、人間以外にも梟やウサギがボソボソとしきりに何か呟いている。

 それを除けば、ベースとなっているのは『なまはげ』の仮面と白く染められたつけ藁の衣装。


 メインクエストボスには勿論、元ネタになった妖怪等がいる。

 『マザーグース』の場合は――『ブギーマン』。

 世界各国、あらゆる場所に共通して存在する『子供をさらうか、殺す』特徴を持つ、悪い子供を恐怖させる怪物。


 悪を制する妖怪だからこそ、悪を根絶しようと喚くのだ。


「お前は無責任だ。他の者にも迷惑を与え、傷つけ、疲弊させる! 全てお前のせいだぞ!!」


「そうかもな。でも、俺は何もしない」


「お前は正義を為せるのに、他人を救わず、自分勝手に満足しようとしている! 本気で独善的な屑に成り下がるつもりか!!」


 レオナルドは冷酷に告げる。


「だって、お前が失敗したんだから。俺に出来る訳ないだろ」


 『マザーグース』は突如黙った。レオナルドは更に続けた。


「お前がそんなんになっちまうのを見たら、尚更やらねぇ。反面教師って奴だよ」


 だが、何も今に始まった話ではない。

 正義感ある人間が『マザーグース』のように成り果てるのを、目にしてきたからこそ、レオナルドは拒絶するのだ。正義を掲げる事を。

 立て続けに、レオナルドは言った。


「人間に説得しても謝罪しても、訴えても、何一つ上手くいかなかったんだろ? だからこれでいいんだよ。不安になるのは分かるけど、お前の判断は正しいよ」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 絶叫と共に、『マザーグース』の歪な手元に『出刃包丁』が出現する。

 盛大に振り下ろされる出刃包丁の軌道を見切り、レオナルドは微動だにせず、じっとした。

 出刃包丁は、激しく幾度も床に叩きつけられる。

 レオナルドに目掛けて振り下ろされてはいなかった。無茶苦茶な軌道で、法廷内にある台や席を薙ぎ払っていく。


「俺は妖怪だからだ、お前は違う、私は失敗した、お前は違う」


「違わないって。人間と同盟組んだのは、自分の為じゃなくて、『家族』の為にやってたじゃねーか」


「アイツらは私を何とも思っていなかった……! 私を都合のいい奴と利用していたんだ!!」


「利用されたくないから、縁切ったんだろ?」


「違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う……」


「俺も、母親に二度と会いたくないって縁切られちまったんだ。俺の事、産みたくなかったって言ってたし……」


「お前の話は聞きたくない。何もかも間違っている」


「あー、じゃあ……俺の父親の話するよ。俺の出産に立ち会う前に事故で死んだんだ。道の真ん中に動けなくなった猫、助けようとして。母さんは『私より猫の方が大事なのか』ってキレて、父親も俺も嫌いになったんだよ」


「お前の母親がキチガイだ!」


「んなことねーよ。どうかしてんのは父親の方だよ。俺は父親に似て、そーいうの放っておけない性分になっちまったと思う。そのせいで、人生色々損してんだ」


「いい加減にしろ! 誰もお前に正しい事を教えなかったのか! お前は間違っていると、たったそれだけの事を誰も!?」


 レオナルドは少しムキになって『マザーグース』を睨む。


「でも、考えてくれよ。このままだと、俺も猫が放っておけなくなって、事故で死ぬかもしれない。―――今の自分から変わりたいんだ」


 それとも、レオナルドが尋ねる。


「変わらない方がいいのか?」


 ケダモノの『マザーグース』は一旦深淵に戻り、ゆっくりと述べた。

 先程まで激情は嘘のように。

 最初に聞こえた若い青年の声で。


「お前は……変われない」


「………」


「私がそうだからな。お前も変われない」


 レオナルドは少し残念そうな反応を見せ、聞いた。


「じゃあ、どうすればいい?」


「……私に聞くな。私にも分からない」


「そっか」


 本気で残念だったレオナルドは、仕方なくこんな話を持ち出した。


「じゃあ……いいや。楽しい話しようぜ。なんでもいいよ」





 それからは本当に関係ない話ばかりした。

 ゲームを誘ったレオナルドの友人やルイスたちの話。

 今朝、ニュースでやってたパンダの赤ちゃんの話。店にいるジャバウォック達の話もした。

 レオナルドはそこで、ゲーム設定だけでは把握できなかった妖怪達の情報を、『マザーグース』から聞くことができた。


 バンダースナッチは『マザーグーズの子供』の中では一番上、長男に属するらしい。

 燃費の悪さから、何度も死にかけ、何度も機械体を自力で改造し、どうにか今の形態で落ち着いたようだ。

 ゲーム上では最難関になる強さを誇るだけあり、信じられない過去。


 だからだろうか、自分よりも他の兄弟を優先して、『マザーグース』から与えられた食事も成長の乏しかったメリーや、出て行った『スパロウ』、そのスパロウが産み落としたクックロビン隊に与えていた。

 レオナルドからバンダースナッチが少し食事をとった話を聞き『マザーグース』は「そうか…」と安堵した返事を漏らす。


 『マザーグース』は、スティンクがクックロビン隊を育てているのかと尋ねて来た。

 異次元に身を隠す事ができても、人間に化けるようにならなければ駄目だと彼は言う。


 話を聞き、レオナルドは、クックロビン隊の歪な形に納得した。

 「今、一生懸命頑張ってる」とレオナルドは告げた。

 彼らが、部分的にでも人間に化けようと特訓しているのだと分かったからだ。


 クックロビン隊が言葉を喋れるように手伝っているとレオナルドが伝える。

 しかしそれは、今の今までスティンクは何もしてこなかったのを意味している。

 レオナルドは「自分の家に、一緒に住まわせてるだけで十分頑張っていると思う」とフォローした。

 苛烈な性格の彼女が嫌々仕方なくでも最低限度の事を守っているのは、凄いと。


 次に『マザーグース』はロンロンの事を尋ねる。

 この時の声色は決して良くない雰囲気だった。

 幾度も人間に橋を破壊されるほど、ロンロンの思想は危険そのもの。反面、ロンロンの接触したものを橋の一部に変換する能力が厄介で。幾度も再生を繰り返し、あの渓谷でオルゴールを鳴らし続ける。

 自身の子供だから、破壊する事を躊躇している『マザーグース』は人間に「近づくな」と警告するしかなかった。


 レオナルドは「性格も含めて、なんか人間に人気だぜ?」と教えた。

 女性の感性を理解できないレオナルドにはピンと来ないが、実際にロンロンは性格の屑さや顔の良さで女性人気がある。SNSでゲームの情報収集をしてた時も、ロンロンのイラストがしょっちゅう流れて来るほどだ。

 案外、ああいうタイプはもてるんだろうか。とレオナルドも首を傾げる。

 レオナルドが嘘を言っていないからこそ『マザーグース』も理解に苦しんでいる様子だった。


 メリーに関しても『マザーグース』は心配していた。

 容姿は不気味だが、性格や言動はレオナルドや他プレイヤーが知っての通り、可愛らしく感じられる。

 人間にとっては好意的だが、妖怪としては致命的だった。

 妖怪は恐怖が糧。詳しい生態は不明だが、妖怪は人間から恐怖を吸収できなければ消滅……死に至る。

 なので、将来を考えると不安でしかないらしい。


 レオナルドは以前、メリーが縄張り争い云々を語っていたのを思い出し。

 「ちゃんと分かっていると思う」と告げた。

 『マザーグース』に寄生して縄張り争いをせずに、楽している点は堕落しているようなものだが。

 無鉄砲に物事を考えていない点や、妖怪図鑑に載ってたように、妖怪の振る舞いは心掛けているようだと。


 リジーとボーデンに関しては独立し合った方がいいと『マザーグース』が言う。

 彼ら以外も、『マザーグース』から独立しないだろうかとぼやいていた。

 『マザーグース』が知る限り、家を飛び出した『スパロウ』を除いて、自立して好き勝手やっていると思しきはジャバウォックとロンロンのみ。

 根本として『マザーグース』が人間と再同盟をする意思はないようだ。


 レオナルドは「ボーデンは独り立ちしたいって言ってたから。すぐには無理だけど、意思はあるから、これからだな」と教えた。

 他にも、バンダースナッチが『スパロウ』を探したい事や。皆は『マザーグース』の琴線に触れたくないから話そうにも話せないんだと、レオナルドは語った。


 一通り話を聞いて『マザーグース』は呆れの溜息をつく。

 自分の子供たちに対してではなく、レオナルドに対してだった。


「どうやったら、あの屑共を都合よく善人に解釈できるんだ。お前は」


「善悪なんて考えてないし、善悪なんて無いと思ってるぞ。俺は。アイツらはああいう奴らなんだって受け入れている。人間相手だって同じだぜ」


 すると、レオナルドにだけ場違いな効果音が聞こえる。

 初めて聞いた音なので、思わず周囲を見回したレオナルド。淡白な機械音声メッセージが述べた。


『残り時間 五分経過。制限時間までクリアできなかった場合、クエスト未達成となります』


 これはどうなるのだろうか。

 つまり、ロンロンと同じボスの手から逃れればいいのか?

 「どうした」と尋ねる『マザーグース』に、レオナルドは上手く伝えようと言葉を選ぶ。


「そろそろ時間なんだ。もっと話したいけど……帰らなくちゃいけない」


「……ああ、仕方ないな」


「また来るよ。……俺たちの店に来る? 今は人間が押し寄せているから、しばらく経った後の方がいいぞ」


「どうしようか………分からない」


「そっか。外に出るのは、その気になったらでいいさ。また来るよ。今度は、お前の好きなもん用意するから。何が好きなんだ?」


 長い間の後、『マザーグース』は答えた。


「私は……音楽が好きだな」


 結構、難しいものを頼まれたが、流行りの曲のリズムでも覚えようかと考え、レオナルドは「分かった」と返事する。

 それから『マザーグース』はレオナルドを引き留めるように話す。

 

「お前に一つ教えておきたい」


「なんだ?」


「私の名前だ。『ダウリス』。『ダウリス・マザーグース』」


 所謂、フルネームという奴だ。

 ゲーム内では『ダウリス』の名がないどころか。その名がある事すら知られていない。

 ゲーム世界の人間も把握しているか怪しい。

 

「ああ。じゃあな、ダウリス」


 レオナルドは真っ直ぐ、深淵を見据えて明るく別れを告げた。

 法廷から出る最後までレオナルドは背後に手を振り続ける。

 最後に、レオナルドが無事に脱出を果たし『スペシャルクリア』のメッセージが表示される瞬間。

 ポツンと真っ白な人間の形をした何かが、深淵の中に取り残されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る