第19話「誰でも故郷の味は恋しくなるという話である。」


「実家から届いたのを分けさせてください。差し入れとして」


 職場にやってきたのは、営業に出かける前。いつものスーツ姿の姫城。

 珍しく車で職場にやって来たかと思うと、男手として谷川の力を借りて数個の段ボールを持ってきた。


「おっ、イチゴか」


 段ボールには沢山のイチゴが入っていた。

 真っ白い段ボール。スーパーなどでも箱買いようのモノとしてよく見かけるモノだ。側面には“イチゴ”とデカデカと書かれている。


「沢山とれたらしいので、職場の皆さんにもおすそ分けしておいでと、母親から」

「そうかそうか。それはありがたい。お母さんにお礼を伝えておいてくれ」


 随分と太っ腹なことをしてくれたようだ。


「姫城さんの実家って、農家?」

 シナリオ造りに詰まっていた工多であったが、イチゴの話を聞きつけて一度席を立つ。これだけの量のイチゴを前に、ふと上渡川へと質問した。


「ああ、そうだよ。栃木のバリバリ田舎民」

「……上渡川さん。否定はしづらいんですが、堂々と言われるとちょっと」


 関東は都会のイメージがあるが、栃木だとか茨城だとか群馬だとか、関東の中で唯一の田舎だという場所もある。何処か一番田舎なのかという論議があった番組を、一度は見たことがあった。


「栃木、田舎、民……」

 工多はじっと、姫城の顔を見る。

「な、なんだ。どうした、宇納間」

 突然凝視されることに少し戸惑う姫城。彼が興味津々なこともあって、なんとなく新鮮な空気に戸惑いを感じている。


(栃木って方言があるんだよな。結構特徴的な)

 昔、栃木弁で漫才をするお笑い芸人を見たことがある。

 それ以外にも、深夜の調査番組などで栃木の村に顔を出していた調査スタッフに話しかける、お爺さんお婆さんも何度か。


 凄い特徴的な喋り方をしていた。

 しかし、それに比べて栃木出身であるはずの姫城は標準語がペラペラ喋れている。普段のイメージも相まって、とてもじゃないが田舎出身とは思えない。都会生まれの都会育ちのキャリアウーマン、そんなイメージだ。


 変に思われないように、標準語を勉強したのだろうか。

 田舎民とは思えない姫城を前に、関心とした表情で工多は口を開く。




「日本語、上手なんですね」

「馬鹿にしてるのか、貴様」


 言い方に問題があった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 姫城が営業に出てすぐ、工多はさっそくイチゴをつまんでいた。


「そういえば、槇峰さんの実家とかは聞いたことあったけど、他の人たちの事は知らないな」

「おっ、お前にしては珍しく他人に興味を持ってるんだな」

 

 隣の席の上渡川が興味深そうに工多の方を向く。


「お前も人間だったと知れて安心したよ」

「俺を外宇宙の侵略者みたいな言い方するな。人を馬鹿にするのはよくないぞ」

「頬に立派な手形付けられるような事を堂々と言ったお前にだけは言われたくねぇよ」


 工多の頬には、上渡川の言う通り、真っ赤な手形がついていた。

 そうだ。もしかしなくても怒られた。姫城からのストレートなビンタをお見舞いされたのである。女性からのビンタは肉体的にも精神的にもダメージがデカイ。


「まあ、一人を除いて割と普通じゃね? 谷川さんの実家とか普通にタバコ屋だし」

「許可なく他人の実家事情喋るな」


 話が聞こえていた谷川から返答が来る。

 あの言い方をした当たり、どうやら谷川の家がタバコ屋なのは本当のようである。最近見かけなくなったこともあり、今時としては凄く珍しい。


「うちの祖母ちゃんが続けてるんだよ。親父は安定の工場職だし、母ちゃんは専業主婦。まぁ、本当に普通だよな」

(この人、母親の事を母ちゃんって呼ぶんだ)


 どことなくイメージ通りで工多は笑いかけてしまった。


「一番信じられないのはコイツの家だぞ。上渡川の両親、婦警に警視総監だからな」

「あっ! テメェ!! 他人の実家事情を勝手に喋るなッ!!」


 ___お前が言うな。

 その場にいた全員がきっと思ったことだろう。


「両親が、警察官……ッ!?」

 先輩相手にため口で反抗以前に、信じられない事実に工多は顔をゆがめる。

 電撃が走った。オーバーリアクションかもしれないがそれぐらい信じられないことだった。


「……何をどうやったら、国の秩序の象徴から、国の汚物が生まれるんだろう」

 思わず、心内の言葉が漏れるくらいには。

「手形一つどころか風穴空けてやろうか」

 コークスクリューで目元を殴ってやろうかと言わんばかりの表情で上渡川は拳を鳴らし始めていた。


 だが、普段から失礼極まりないこの女が言えたことじゃない。


「……チラッ」

「おい、コラ。流れ的に私の実家事情も言いたげな顔はやめたまえ」

 谷川からの視線を感じ取ったのか、大淀は筆を止めた。


「別にいいけれど」

「いいのかよ」

 割とあっさり承諾されたことに谷川はズッコケそうになった。割と実家の事は喋りたがらない人が多い中、ここの職場は割とオープンである。


「何、よくある飲み食いのお店だよ。たまに私も手伝いをしている」


 飲み食いのお店。

 となると定食屋だろうか。それとも喫茶店か。もしくはラーメン屋か。どのようなお店なのだろうかと興味がそそられる。


「ちなみにどんなお店なんですか?」

 工多は興味津々に聞いてみた。



「“オカマバー”だが」

 答えが返ってくる。


「……大淀さん。男だったんすか」

「んなわけあるか。お前の口を三つに増やしてやろうか」


 要は風穴を二つ空けてやろうかという意味である。上渡川からの暴言の上位互換だ。見た目の割には肉体派な先輩だからこそ、事実実行しそうで恐ろしい。


「違う。うちの父親と兄だよ。二人でお店を経営していてな。売り上げはいいんだよ、常連もいるし。私は裏でお母さんと一緒に料理を作ってる」

「ちなみに昼間は健全な喫茶店を開いてるらしいぜ」

「おい、夜が健全じゃないみたいな言い方やめろ」


 ただ、飲んで喋るだけのお店なので、そういうお店ではない。

 アットホームな暖かいお店であると谷川からの指摘も入った。誤解を招きそうな言い方をするのは上渡川のお家芸と言ったところか。


 彼女の実家の両親、二人とも警察官だけど。



「……ん? お父さんがオカマだけど、女性の妻がいる? そしてその息子もオカマ。うん、ん?」


 クエスチョンマークのジャングル。

 ふと、気になったことに工多が首を傾げまくる。


「ふっ、愛にはいろいろな形があるのだよ。そこに水を差す無粋な真似はやめておけ。それこそ失礼の極みというものだろう」


 満面の笑みで上司の大淀は言う。


「幸せだとも。私も家族も」

「……ふふっ、言ってくれるじゃねーか」


 ペンを片手に顔を赤くし縮こまる大淀。そんな彼女を見て谷川もまた、鼻の下を人差し指で擦りながら照れ臭そうに笑っている。


「へへっ」


 そんな幸せそうな表情の二人を、上渡川は祝福するように笑みを浮かべていた。



「ん、んん~……?」


 謎多き上司・大淀奈津菜。

 工多の頭上の“ミステリーダイアリー”にまた、新たな一ページが刻まれることになった。

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