第38話 幼馴染のお母さんに呼び止められる
教室に戻ると、僕の席に座っていた光右がスッと場所を開けて、自分の席に戻ろうとする。その際、僕の顔をじっと見つめたまま、ゆっくりと、無言のまま首を横に振った。
……誰と、何を話したかは、もう想像がついているみたいだけど。
何も口にしないからこそ、光右は本気で日立さんから手を引いて欲しい、そんな願いが伝わった。
それが、僕と、恐らくは日立さんのためになると信じて。
小木津さんも、光右も、根っこの部分では日立さんのことを考えているのだろう。
ここまで正反対の結論になるのは、なかなか凄いことだと思うけど。
小木津さんは僕になんとかして欲しい。光右は放置したほうがいい。
じゃあ、僕は……、僕は、どうしたらいい、って思っているんだろうか。
正直、街に伝わる恋忘の呪いにかかって、日立さんが最終的にどうなるかなんて、僕は知らない。どっちが正解かなんて、わかるはずがない。
そもそもが神様のイタズラだとするなら、それこそ答えは神のみぞ知るって奴で、人間がどうこうできることなのだろうか、って諦めに近い感情も抱きたくなる。
……地元の神社は、縁切りで有名。さらに別名は恋忘神社。こんなの、神様の仕業じゃなかったら、逆に何なんだ。……そうじゃないほうがむしろ怖い。
でも……。
諦めていいものなのか?
たった数分足らずの思考で、決めるようなものなのか?
それに。……日立さんは、何があっても僕を待ち続けるような子だ。春に一度だけあった、図書室で待ちぼうけにさせたこと。
あのとき、彼女は、
──へ? なんでって……。たっくんは絶対来るって思ってたし、もし私が帰ってからたっくんがここに来たら、たっくんだってちょっと悲しくなるでしょ? そういうことだよ。
当然のように、そう言い放つ子なんだ。
まだ……まだ、何かできること、あるんじゃないだろうか。諦める前に、まだやれることが──
「高浜―。何ボーっとしているんだー。もう授業始まっているぞー。いつまで机の上に弁当箱置いているんだ」
「──あ、あっ、す、すみませんっ」
……五時間目の先生の声で我に返った僕は、慌てて机に教科書とノートを広げる。
「…………」
一瞬光右の目線が飛んできていたような気がするけど……。とりあえず。
諦めるっていう判断は、いつでもできるんだ。それを、今する必要は、ない。
光右には悪いけど……もうちょっとだけ、粘らせて欲しい。
それからというもの、ひとまず僕はまず日立さんと会おうとする努力をした。……結果は、ことごとく空振りに終わったけど。
よく待ち合わせ場所に使っていた図書室に放課後ずーっと待ってみたりもしたし、帰りのホームルームが終わるなりすぐに一年生の教室に向かったりもした。朝、ちょっとだけ早く家を出て、日立さんが学校に向かうのを待ってみたりもした。放課後、日立さんの家に行ってみたりもした。
けど、僕の行動がお見通しなのか、図書室には来なかったし、教室にはもういなかったし、朝家の前に行ってみたら日立さんのピンク色の自転車はもう消えていたし、放課後に応答してくれた日立さんのお母さんには「帰ってからまたどこかに出かけちゃったみたいで……」と言われた。
……これだと、もう処置なしだよなあ。
そろそろ一学期の終業式だし、学校がなくなると、本格的に会えるチャンスがなくなってしまう。手詰まりになってしまう。
心のうちに焦りの二文字を募らせていると、ひょんなことから事態が動き出すことになった。
学校から帰って、玄関から二階の部屋に向かおうとすると、何やら紙袋を持った母親が僕のもとにやって来た。
「おかえり廻。ちょっと、茉優ちゃんのところにお使い頼んでいいかしら?」
「え? ま、まあ……いいけど」
「まだ調子悪いんだってね、茉優ちゃん。お母さんから聞いたけど。おばあちゃんからパイナップル届いたから、持っていってあげてくれる?」
……日立さん、今日も学校には来ていたはず。母の言う調子の悪い、がどのような意味をしているのかはいまいちだけど、
「……わかった」
多分、本当に僕の言う通り、夏風邪を引いているなんて思ってはいない。親同士で話したって言っていたし。
カバンを床に置く代わりに、母親からパイナップルの入った紙袋を受け取って、制服のまま僕は隣の日立さんの家へと向かった。
いざ、インターホンを押そうとすると、
「あ」
これから訪れようとしている家の玄関が開けられて、最近話すことも、姿を見ることすらできていなかった日立さんが外に出てきた。
「ひっ、日立さんっ」
僕はすぐに声を掛けてみたけど、そもそも僕の声はもう聞こえないはずなので、反応できるはずもない。そのままスルーした彼女は、自転車のかごにプラスチックの入れものを載せて、鍵を外していた。
このチャンスを逃したら、次はないかもしれない──!
声も駄目なら、直接視界に入り込むしか手段はない。
僕はインターホンに伸ばしかけていた指を引っ込めて、すぐさま日立さんのいる自転車のそばへ駆け寄る。半袖半ズボンの軽装でしゃがみ、鍵を開けている彼女の目の前に、僕は飛び込んだ、はずだった。
目と目が、確実に合っていたはずだった。少なからず、僕は彼女の穏やかな垂れ目を、真っすぐ見ることができていた。
けど。
「……も、もう……」
当の日立さんは、僕は文字通り眼中にないみたいで。確かに目は合っている。合っているけど、焦点は僕ではなく、僕の向こうにある、民家だったり、はたまたちょっと曇りかけている空だったり。そういうもので。
「……見ることも、できない……の?」
僕が乾ききった小さな嘆きを、放り投げた瞬間。
「──えっ、あっ、あれっ、ひっ……んん。た、たっくんっ? いっ、いたのっ? きゃっ!」
ようやく僕を視界に捉えたのか、しゃがみ込んでいた日立さんは、驚きのせいかその場に尻もちをついてしまった。
「だっ、大丈夫?」
日立さんの目の前に僕は手を差し出してみたけど、彼女はそれを取ることはせず、逆に、
「……うそ……」
怯えるような口ぶりで立ち上がっては、サドルを蹴り上げ、僕の側から猛スピードを出して自転車で逃げ出していった。
「あっ、ちょっ……」
「茉優―? また出かけるのー? あらあ、廻君じゃない。何かあった?」
日立さんの悲鳴を聞きつけたのか、娘さん以上にほんわかとした空気のお母さんが様子を見に来た。すぐに僕のことを見つけて、話しかける。
「は、はい……。祖母からパイナップルが届いて、おすそ分けに……」
「ああ、そういえば、今度持っていくって言ってたわねえ。茉優も、今日は家にいるって言っていたのに……。とりあえず、上がっていく? 廻君」
「へっ? あっ、で、でもっ」
「……それに、言っておかないといけないことが、廻君にはあるの。だから」
柔らかい口調から一変、諭すように、僕に告げた。
「は、はい……で、では……お邪魔します……」
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