第30話 奇跡
目の前には、虚ろな瞳を浮かべるリューリの姿。
そんな彼女からハッキリと告げられたのは……これまで何とか隠し続けてきた、俺の正体の看破。
まったく予想だにしなかった事態に俺は衝撃を受け、思わず、「正解」と答えんばかりの反応を返してしまう。
「…………なん、で……?」
「……色々と、思い当たる節はあったけれど……一番は、面影、かな……?長光君と、死神……二人の顔をよく見るようになってから……何となく、似ている……ううん……よく見たら、同じだなぁって、そう思ったの……」
「……」
何だろう、嬉しいような、不安なような、とてつもなく複雑な気分なのだが……彼女の驚異的な考察力に、返す言葉が見つからずに戸惑っていると……。
「……ねぇ、私をからかってて面白かった……?『亡霊』の私が、無様に足掻いている姿を見ているのは、すごく滑稽だったでしょ……?」
「……滑稽?」
リューリは、読み語りのように、ポツリポツリと語り始めた。
まるで、自分の愚かさや不甲斐なさを、わざわざさらけ出すかのように……そうやって、自分の心を徹底的に痛め付けるかのように……。
「……私なんて、居なければ良かったって……私じゃあ、何も守れないって……私なんか、最初から存在する価値も無かったって……散々、言われちゃった…………ははっ、あははははっ、ほんとうに、その通りだよね……見てよ、まるで現実から逃げるみたいに、身体もこうして消え掛けてる……なんで、私って、こう…………どうしようもない存在、なんだろうね……」
声が、何も笑っていない。
今にも消え入りそうな小さな声は、雨に掻き消されそうなくらいに弱々しい。
この大雨の中、一瞬でもリューリの気配を見失えば、その時点で目の前から本当に消え去ってしまいそうで……俺は、なんとか会話を紡げる為の言葉を投げ掛ける。
「……それは、リューリがそう思い込んでいるだけだ」
「……違う、事実だよ……」
「いいや、思い込みだ」
「……ちがう……」
「違わない」
リューリが『亡霊』であることは、俺たちの方はあくまで推測に過ぎなかった為、不覚にも、グウェナエルに先を越される形になってしまった。そこで何を吹き込まれたのかは不明だが……彼女を追い詰めるような解釈を突き付けられたのは間違いない。
それを、なんとか払拭しようと声を掛け続けていると……。
「────だったらッ!!なんで力を使っちゃったのッ!?私なんかじゃ頼りないってッ!!そう思ったからでしょッ!?」
突如、リューリは顔を上げて怒号を発し、俺のことを思い切り突き飛ばした。
その衝撃で傘を落とした俺は、バランスを保って体制を保ちつつも、雨に晒されてずぶ濡れになりながら彼女と対峙する。
「……そんなこと、思っていない」
「私はッ!!あなたのことを守りたかったッ!!シオのこともッ!!エルトンさんのこともッ!!それなのにッ、私がどうしようもないせいでッ、私が亡霊なんて不甲斐ない存在のせいでッ、色んな人を危険に晒してッ、その挙げ句ッ、誰もッ、守れない……ッ……あなたもッ、それが分かっていたんでしょ……ッ!?これまでもッ、今回もッ、あなたはッ、ずっとそうだったんだから……ッ!!」
「リューリ……少し、落ち着け。俺は、そんなつもりで力を使ったわけじゃ……」
「じゃあ何でなの!?あなたの口からハッキリ言ってよッ!!お前なんて最初から存在している価値なんて無かったってッ!!お前なんかじゃ何も出来ないんだってッ!!そうすれば私は消えるからッ!!誰にも迷惑が掛からないように消えるからッ!!だからッ、もう……ッ!!」
今の、リューリの心情を全て吐露したような言葉を聞いて、彼女の気持ちは痛いほどに伝わってきたが……同時に、どうしても聞き逃すことが出来ない言葉もあった。
だから、俺は思わず顔をしかめてから……。
「────少し、黙れ」
「ッ!?」
それ以上は、絶対に言わせない。
リューリの口を塞ぐように鷲掴みにして、死神らしく、いつものように低い声で脅し立てる。
「良いだろう。そんなに消えることを望むのならば、一人の死神として……俺がこの手でお前を抹殺し、今すぐに消してやる。だが、その前に……俺の方から、ハッキリと言いたいことを言わせてもらうぞ」
「な……に、を……ッ」
その時、俺はリューリに正体を見破られており、長光圭志と死神の心情が混在していた。故に、上手く自分の感情を制御することが出来なかったのかも知れない。
「────消えたいなんて、言うな」
だから、つい、出てしまった。
長光圭志らしくも、死神らしくもない……ずっと、心の中に押し込んでいた、本当の感情が。
「…………え」
「なんで力を使ったのか?そんなの……お前を、守りたかったからに決まっているだろうが」
「……そんな、の……おかしいよ……なんで……なんで、こんなわたしのことなんか……!」
「何事にもひたむきで、一生懸命で、誰にでも優しくて、逆境に立ち向かう強さを持っている……そんなお前が、『無価値』か?」
「……っ!」
「いいか?『人の価値』なんてモノに、最初から意味なんて無い。そんなモノに縛られている奴は、ただの『物』だ。お前は、自分の心や気持ちを持つ『人』だろう────だったら、自分の『それ』を信じろ。『ワスレス』だろうが、『亡霊』だろうが、『死神』だろうが、『悪性』だろうが……『人』として生きるってのは、そういうことだろうが……ッ!」
気付けば目の前で、リューリは今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で歯を強く噛み締めながら、俺のことを真っ直ぐに見上げていた。
全身はもう殆ど透けた状態で、完全に消失するまで一刻の猶予もないのが見てとれる。それは、恐らくリューリ自身も分かっているのだろう。
「……ッ……だ、けどッ……もう、私……ッ」
「……お前は、どうなんだ?」
「ぇ……?」
「『ワスレス』とか、『亡霊』とか、そんなものは抜きして、リューリ自身は“どうしたい”んだ?このまま、何も守れず、何も成せず、散々な目に遭わされたまま……消えてしまって、それで本当にいいのか?」
だからこそ、敢えて問い掛ける。
リューリが、このまま消えてしまいたい、と望むならばそれでも構わない。そうすれば、彼女は消失という名の安楽を得ることが出来る。それ以上の幸福は、この世界には存在しないだろう。
だが、それでも、もしも……彼女が、彼女自身で、本当に望むことがあるのならば……。
「……………………よく……な、い……ッ」
「……」
「……くやしい……悔しいよッ……私だって、頑張ってきたんだッ……色んなもの、乗り越えてッ……ようやくここまでッ、やってきたんだよッ……それなのにッ、どうして、消えなくちゃならないのッ……どうして、あんな酷いこと言われなくちゃならないのッ……」
「……悲観するだけか?」
「……いや、だよッ……まけ、たくないッ……負けたくないッ……まだ私はッ、道の半ばなのにッ……きえたくないッ……消えたくなッ………………い、や……ちがうッ……そう、じゃないッ……わた、しは……」
次にリューリが顔を上げた時……そこには、恐怖の色で染まった虚ろな瞳があった。
しかし、悲しみの嗚咽と絶望の感情を懸命に堪え、滲み出した雄叫びの奥底には……紛れもない、決意の焔が灯っていたのだ。
「私は、こんなところで────“消えるわけにはいかない”んだ……ッ!!」
仮に、辿り着く場所が、消失という名の『死』だけだったとしても……リューリならば……いいや、リューリだからこそ、きっと……それに挫けないだけの強さを見せ付けてくれると、そう信じていた。
「……その言葉が、聞きたかった」
だから、俺は心の中で笑みを浮かべ、彼女の強い意志に答えると決心。
目の前で小刻みに震えながら立つリューリの両肩に、ゆっくりと、優しく手を置き、意識を集中させた。
次の瞬間。
リューリの全身からバチバチッと紫色の稲妻らしきモノが迸り始める。まるで、身体を内側から突き破ろうとするような勢いに、彼女は顔を苦痛で歪めて声を漏らした。
「くッ、ぁ……ッ!?な、にッ、こ……れ……ッ……はッ、ぁ……ッ!?」
「条件は揃った。リューリ、しっかりと意識を保て。そして、今だけは俺に身を委ねろ。そうすれば────俺が、奇跡を起こしてやる」
そう、『奇跡』だ。
今、自分でも到底信じられない現象が、目の前で起ころうとしている。ただ、それが実現するかどうかはの保証はなかった。
だが、もう時間がない。
リューリが消失するより前に……全ての命運を自らの『死神』の力と彼女の根性に懸けて……『それ』を、彼女の身体に発動させた。
「はッ、はぁッはぁッは、ぁッ……ぎッ、ぃ……ッ!あ、ァッ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァッ!!!」
一層激しさを増す稲妻と共に、リューリの吐き出す悲鳴が降り注ぐ雨をも弾き飛ばすように拡散していく。
痛々しい悲鳴を発しながらも、必死に俺の身体にしがみついてくるリューリを抱き締め……俺は、罪悪感を押し殺しながらも、『それ』を続けた。
そして。
全てを洗い流すように降り続けていた雨が止んだ頃には……そこにはただ、静寂だけが残るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます